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06.指輪

すみません。タイトルを変更……というか短くしました。

 翌日、悶々としながらクラウスの腹部の感触にどきどきしながらも、マルタは無事に王都に辿り着いた。そして、早速宮殿へと向かった――のは良いものの、なんと憲兵に止められる事態に陥った。


「待たれよ。何者か? 書状を見せよ」


 憲兵のその一言にマルタは口を歪ませた。

 本来であれば、謁見する場合には事前に通達をし、許しを得た書状を貰わなければならない。それはマルタも知っている。


 けれど、そうした正規の手続きは取れなかったのだ。


 火急の用だからという事もあるけれど、それ以上に、そもそも物理的にも不可能だったと言うのが理由だ。事前に通達する書類には公爵家の紋章判を押す必要がある。でも、火災でその判も当然に焼失しているのだ。


 とはいえ、名が上に伝われば、話をして貰うぐらいは出来ると思っていた。しかし、そこまで至らないかも知れないという暗雲が立ち込めている。


「ファルハーン公爵家が息女、マルタ・ファルハーンよ。国王陛下、あるいは王太子殿下とのお目通りを」


 こうして家名を出して見るものの、憲兵は「はぁ」と溜め息を吐くばかりだ。


「公爵家の者が来るという連絡は受けていない。公爵家の名を騙った不届き者か?」

「ち、違うわ本当よ。屋敷が燃えて父上も亡くなってしまったのよ。だから事前申請も出せなかったの。それで、そのことでお話が――」

「――確かにそのような噂はある。しかし、まだ現地の確認が済んだわけではない。噂に乗じて何か企んでいるのではないか?」

「企んでなんか……」

「ならばファルハーン公爵家の証拠を出すが良い。本当にその家柄の者であれば、戦乙女の紋章入りの指輪を持っているハズだ」


 家柄を示す指輪を出せ、と憲兵は言う。しかし、マルタはその指輪も持っていない。大事なものだからと部屋にしまっていたので、紋章判と同じく火災と共に失って――


「――これでいかがか?」


 と、ここで、話の推移を横で見守っていたクラウスが、戦乙女の紋章入りの指輪を差し出した。それは確かに公爵家であることを示す指輪であった。マルタは驚いて目を丸くする。


「クラウス……」

「お屋敷から抜け出す際に、必要になるのではないかと思い、この指輪だけですが探して持って来ておりました。お嬢さまの身分を証明する唯一の物ですから」


 思わずマルタは泣きかけた。クラウスには感謝してもしきれない。マルタは目端に溜まりつつあった涙をぐしぐしと拭いつつ、「ありがとう」と伝えた。すると、クラウスはいつも通りの表情で「いえ」と返して来た。


 色々とありすぎて心が不安定になりがちな時に、いつも通りの表情と対応をされると本当に安心する。マルタの心の内側がじんわりと温かくなった。


 そして――安心は好意と密接に関係している感情でもあるので、そのせいもあって、もとよりクラウスに惹かれつつあったマルタの心がより強く鮮明になりそうになった。


 とはいえ、今は頭の中を桃色にして良い状況ではない。マルタは努めて冷静に「こほん」と咳払いを一つして邪念を振り払い、憲兵を改めて見据えた。すると、憲兵は指輪を見て顔色を変えていた。


「……こ、これは……いやしかし、偽物の可能性もある。しばし待たれよ。紋章官に確認させる」


 憲兵が奥から男性を呼び寄せた。けだるげにのっそり歩く男性――紋章官は、片眼鏡をくいくい動かしながら、指輪を隅から隅まで眺めると頷いた。


「……本物ですね」

「……そうか」

「間違いありませんよ。……それでは、確認が終わりましたので俺はこれで」


 ひらひらと手を振って、紋章官は宮殿の中へと戻って行く。きちんと本物だと分かって貰えて、マルタはホッとした。


「お疑いをかけてしまったこと、陳謝致します。申し訳ありません」


 憲兵は先ほどまでの態度を一変し、急に頭を下げて来た。

 マルタはどうにも釈然としない気持ちにはなったものの、憲兵はただ職務を履行しようとしたに過ぎず、それぐらいは理解出来ているので責める気は無かった。


「分かって頂けたようで何よりです。……それで、お目通りは」

「それについては、すぐにとは参りません。日程の調整もありますゆえ」

「今しがた伝えた通りに、お屋敷も燃えてしまって、火急なのよ。出来れば早めにお願いしたいわ」

「そのようにお伝え致します。……それでは、日時が決定次第、こちら側から使者を出させて頂きますので」


 公爵家だと分かり、火急の用であるとしても、すぐには会えないようだ。予定を組んでの謁見となるらしい。


「お待たせする間の滞在費は、こちら側がご用意致します」


 どうやら宿も用意してくれるようだし、こればかりは大人しく待つ他には無さそうだ。





 用意された宿は、歴史と由緒を持つ王都一番の宿であった。

 王族が来客向けに頻繁に使用することで有名な趣あるこの宿は、いわゆるロイヤル・ワラントの一つとしても名高い。


 かつては城であったというこの建物は、泊まる者はおろか、前を通り過ぎるだけの人々をも魅了するという触れ込みではあるものの……今は時期が悪いのか、大規模な修繕作業の真っ最中であるようだった。趣の良さは半減となっていた。


 まぁ、観光に来たわけではないので、別に趣はどうでも良くて。だから、そうした事よりも、泊まるにあたって支配人から受けた、修繕作業に伴う次の説明の方が問題であった。


「すみません。なにぶん突然なお話であったもので。……もうすぐ修繕も終わるのですが、しかし現在は都合上お一部屋しかご用意が出来ず」


 なんと! 一部屋しかないと言うのだ!

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白そうですが、まだ序盤なので、評価はこれからでしょうか。 予想外だったのはストーカーがあっさり退場したことでしょうか。 過去戻りにもかかわっているかと思っていたのですが。
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