03.どきっ
――悲しみは時間が解決してくれる。
そういった言葉が世の中にはある。けれども、その時間が指す期間と言うのは、決して一日や二日ではない。もっと長い年月が必要なのだ。
マルタもそれは例外ではなく。
「……」
泣き止みこそしたものの、どうにも落ち込んだ気持ちは元に戻らない。クラウスが朝と夕に運んでくれる宿の食事をどうにか取るので精一杯であった。
「お嬢さま、本日のお食事をお運び致しました。……お屋敷にいた時と赴きが違うものばかりで、お口に合うかは少々不安がありますが」
出される食事は、吹かしただけの穀物や、僅かな塩で味付けされた山菜のスープ等だ。屋敷にいた頃よりも随分と貧しいものばかりである。
気と自尊心が強い貴族であれば、下手をすれば投げつけて怒り狂うかも知れないメニューだ。
けれども、マルタは文句を何一つ言わずに食べた。
元からそこまで気位は高く無かったし、それに――食べ物に関しては、前回の人生で望まずともたらふく食べて来たので、良い悪いを論じるのはもう飽いていた。
「……ところで」
出されたものを完食しつつ、マルタはクラウスに向き直る。クラウスは一礼すると、「はい」と返事をした。
「いかがなさいましたでしょうか」
「……私はこれから、どうなるのかしら」
マルタは未だ落ち込みからは脱し切れていない。しかし、現在の自分の立場や立ち位置について考える必要があることにも気づいてはいた。
「……それはについてはお答えしかねます。ただ、いずれにしろ、王族の方々とはお会いになられた方がよろしいかとは思います。旦那さまは前国王の第五子であらせられました。ですから、その名を出せば多少の便宜を図っては頂けるかと」
マルタは全てを失ってしまった。
あの火災で人は勿論のこと、金品も含めて全てが燃え尽きてしまったのだ。
だから、クラウスの提案を飲み王族を頼り庇護を得るか、もしくは今までの名と立場を捨て市井の人々として生きていくか。
それを選ばなければならなかった。
(……あれ、そういえば)
ふいに、マルタは疑問を一つ抱いた。今泊まっているこの宿の代金はどこから出ているのだろうか、と。お金は無くなっているハズなのに。
「……それでは、私はこれで失礼致します」
そう言って頭を下げて退室していくクラウスの背中を、マルタはただ眺めていた。そして察した。恐らくクラウスが工面してくれているのだ。
なんだか急に申し訳なくなった。
だから、完全にクラウスの背中が見えなくなる前に声を出した。
「ご、ごめんなさい」
「……お嬢さま?」
「ここの宿代とかも、全部、クラウスが払ってくれているのよね。……何も返してあげられるものが私には無いの。お給金だって払えない」
マルタは伏し目になって伝えた。すると、クラウスが振り返った。
「気にする必要はありません。私は言ったではありませんか。『お嬢さまが望まれるのであれば、この身が塵あくたとなる日まで、お仕え致しましょう』と」
それは心が暖かくなる言葉であった。
嬉しくなって、マルタはゆっくりと顔を上げる。
すると、クラウスが微笑んでいた。
――どきっ。
と、マルタ心臓の鼓動が反射的に高鳴った。
若返った事で美青年となったのがクラウスだ。
だから、安心感を抱ける言葉と合わせて微笑みを出されてしまうと、破壊力が中々に凄かった。
(な、なにこの感じ……。駄目よ。見た目は美青年でも中身はお爺ちゃんなんだから……)