バスレク
大型の観光バスは、大学敷地内を抜け私鉄沿線の電車と並走している。手を伸ばしたら二両編成の電車にさわれるに違いない。こんなに接近して街中を運転するとは、バス運転手のテクニックっていうのは侮れないな。
「彼方、このスケジュールの紙、配っていいの?」
「うん、お願いしていいかな。僕は後ろまで行ってバスレクの書いてもらったものを集めてくるよ。」
揺れるバス車内を座席の上の持ち手を握りしめながら移動する。笑顔を向けることを忘れずに、と。…なんだかんだで、パワフルな子も多いけど、やっぱり女子って華やかでいいよね。どの子もみんなかわいい。
「今から、今日のスケジュール表が前の方から回ってきます。それを一人一枚づつ取ってもらって、目を通しておいてほしいな、あと、この、小さな紙、これ回収します!!僕回収していくので、必ず手渡し、してね?それと、名札なんですけど、これ、乗り物乗り放題のチケット代わりになってるので、外さないでください!」
一番後ろの席から順番に。
「はい、古川純さん、初めまして、石橋彼方です。」
「よ、よろしくお願いします…!!!」
紙に書いてある名前を読みあげながら、にっこり笑って、目を合わせてと。握手をして、隣の女子へ。
「はい、和田真由美さん、初めまして、石橋彼方です。」
「は、はい…よろしく…。」
一人当たり15秒で回らないといけないからね。高速に入るまでに全回収しなければ。しかし急いで悪印象を与えるのもまずい。ここらへんが僕のコミュニケーション能力が問われるところに違いない。気合を入れていかないとね。
途中なかなか手を放してくれない子もいたけど、なんとか紙を回収できた。あとはこれを使って、バス内レクを楽しまなければ。…あ、重要なことを忘れてるじゃないか!!
「由香!!紙もらってないよ!」
「あ、渡すの忘れてた…。はい。」
僕は由香から紙を受け取って…。
「はい、三浦由香さん、いつもありがとう、石橋彼方です。」
手を差し出すと。
「っ!!!よ、よろしくね?!」
赤い顔をしてそっと差し出された由香の手をぎゅうと握りしめた時、バスが高速に入った。よし、順調だ。次はこの紙を使ってバスレクをすすめなければ。
「はい、皆さんあたたかい握手をありがとうございました、それでは今から、さっき集めた紙を使って、皆さんとより親密になっていこうと思います。」
先ほど集めた紙には、名前と、ニックネーム、趣味、好きなタイプ、今日乗りたい乗り物の項目があり、書けるところを記入してもらっている。
「今から、僕がこの紙を見ながらニックネームを呼ぶので、呼ばれたら、立ってね。ニックネームのない子は、今日、皆で付けちゃいましょう。今日、今ここで、四年間呼ばれる名前が、決まっちゃうんだよ?」
≪≪≪エ――?!≫≫≫
バスのあちこちから声が響いてくる。結構みんなテンション高いな。よし、これはイケる!
「じゃあ、呼ぶよ?!ノンちゃん!!はい、立ってくださーい!!さあ、みんなで呼ぶよ?せーの!!」
≪≪≪のんちゃーん!≫≫≫
「は、はーい!」
野々村やえさんが、恥ずかしそうに立った。僕はマイクを持って、ノンちゃんの横へ。どこかのインタビュアーみたいだ。
「はい、元気よくお返事できました!ノンちゃんはなんとアロマのプロらしいよ!僕はカモミールが好きなんだけど、ノンちゃんは何が好きなの?」
「私はえっと、ダイエットもしてるので、グレープフルーツの香りに凝ってます!!」
「アロマでダイエット効果もあるんだね、詳しいことはノンちゃんに聞いてみようね!」
≪≪≪はーい≫≫≫
「はい、ノンちゃん、ありがとう!じゃあ次は…吉永あかりさん!吉永さんはニックネームがないそうですよー!はい、いいニックネーム、つけてあげて!!」
≪あーちゃん!≫≪よしりん≫≪あっかりん!≫≪ぽにこ≫・・・
「なんでポニコ?ああ、ポニーテールだから?髪下ろしたら困っちゃうね!吉永さんは、どれがいいかな?早く決めないと、変なのが出てくるかも…。」
マイクを向けつつ、ちょっと脅かしてみたりして…。
「あ、あっかりんでお願いします!!」
「はい、じゃあ、皆で呼ぶよー?せーの!」
≪≪≪あっかりん!≫≫≫
「は、はははいっ!」
「あっかりんは、今日お化け屋敷はいるんだって!一人で入るの怖い人は、あっかりんに一緒に入ってってお願いしてみてね!」
≪≪≪はーい≫≫≫
なんだこれは、結構楽しいぞ!…一番前の席で由香もノリノリで返事してる。ひょっとして僕、こういうのむいてるのかな。
ノリノリで進めたレクは順調に進み、途中休憩で寄ったSAでも迷子や遅刻者を出すことなく、バスは大型遊園地に無事到着した。時刻は11:00、今から14:00まで自由時間となる。
「楽しいバスレクも皆さんのおかげで完了しました、ありがとうございます。バスは、目的地「無二球ダイランド」に到着しました。今から14:00まで、目いっぱい楽しんでください。もし何かあったら、僕に電話ください。集合時間に遅れたら…そうだな、帰りのバスでアカペラで校歌をうたってもらうからね?」
≪≪≪ええー?!≫≫≫
「遅れないように、気を付けてください!じゃあ、遊びに行く準備をして、バスをおりましょう!」
僕と由香は先に降りて、バス出口の横で参加者のチェックをしながらお見送り。由香はゴミ袋を持って、ゴミを回収してくれている。さすがだな、優秀過ぎる。
「バスレク楽しかったよ!カナキュン!!ユカユカもお疲れ!!」
「あ、ありがとう、はなまるくんも遊園地楽しんできてね。」
…大盛り上がりで無事終了したのはいいんだけどね!僕、僕のニックネームが!!カナキュンって!!なんで満場一致しちゃったんだ!!!おかしい、おかしいぞ、でもここで笑顔を無くしてしまってはせっかくの親睦旅行が!!!
僕の心のうちを知らない参加者たちはみんなニコニコしながら園内へと向かっていった。一人参加組もなんだかんだでバスレクで仲良くなったみたいだ。良かった、うん、良かったけどね?なんだろう、僕の心は少しだけ疲れてしまったよ…。
「カナキュン、お疲れさまっ…ふふ!!あは、あはは…!!」
由香が笑いをこらえて…こらえきれてない!!
「由香!!由香だけは普通に呼んでくれないか…!!!」
「わかった、わかったよ、彼方!!お疲れ様!なんかちょっと声が枯れてない?休憩しようよ、あそこにカフェあるし!」
正直しゃべりすぎて少しのどの調子がへんかなって思ってたんだよ。由香は本当に優秀だな、気が付くというか、やさしいというか。
「良いの?メッサイイヤン乗りたいんだったら今から並ばないといけないんじゃない?」
メッサイイヤンってのは、この遊園地一番人気のジェットコースターなんだ。今日は平日だから比較的すいてるとは思うけど、「休みの日は90分待ちもざらなんだからね」とは、相川先輩の談。由香はバスレクの紙に、メッサイイヤンに絶対乗るって、書いてたんだよね…。
「うん、大丈夫。あとで彼方が一緒に並んでくれるって信じてるし!」
「僕も乗るのか…。」
確かに、今のどを潤しておかなければ、メッサイイヤンに乗った時に声を張り上げることもできないかもしれない。そうだな、飲んでおこう、のどを潤そう、そして今のうちにのどを労わっておこう、うんそうだ、それがいい。乗らないという選択肢は…。
「メッサイイヤン、楽しみだね!!」
僕にはない!!
僕は意を決して、カフェに向かい、そのドアを開けると。
「うぃーっす!なんだ、イケメンもケーキバイキング?!」
「行きのバスレクどーだった?いやーうちは盛り上がんなくてさあ!!!」
駄菓子をもぐもぐしてる熊みたいなおっさんとレジ横のケーキのショーケースに見入ってるおっさんが、二人仲良く並んでいた。ああしまった、おっさんじゃない、図書館司書と大学教授でしたね、うっかりしてたよ。
「いや、ちょっと話し疲れたのでお茶を…。」
「お茶だけで足りるの?ケーキも食おうぜ!!俺10個はイケる自信ある!!」
「ここさあ、ケーキバイキングのくせにパスタめっちゃうまいんだわ!!」
聞いてるだけでおなかがいっぱいになりそうだ。
「彼方ケーキ食べるの?」
「食べてもいいけど、バイキングというほどの気分じゃないな、由香は食べたいの?」
由佳はケーキのショーケースをじっと見ている。ケーキ好きなのかな?
「90分1980円で、このケーキの種類かあ。うーん、準備もしてないし…また今度にしようかな。」
「また?じゃあ来年も親睦旅行来てくれるってことだよね!じゃあもう君は学生会役員だな、がはは!!!」
また結城先生のごり押しが始まったよ!!!
「先生!!そういうごり押しが女性にもてないんですよ。親睦旅行じゃなくても、ここに来る機会はあるでしょう。」
「ああそうか、君らデートで来るかもしれんもんなあ。仲いいし。」
また河合先生が茶化してきたよ。由香が赤くなっちゃったじゃないか。この先生たちはいろいろと危険だ。離れよう。由香が穢れてしまう。僕が由香の手を取り、カフェの日当たりのよさそうな席に連れていくと。
「なんだ、きっちりエスコートとか、よっぽど大事なお姫様なんだな。」
「大事なんです、大切なんです、これ以上僕の由香を穢すのはやめてください。」
まったく本当にマナーを知らないガサツなおっさんは困っちゃうな。先生というのがどうにも信じられないというか、大人なんだからもっと節操を持って紳士的にさ…あれ。なんだ、由香が赤い顔をしてテーブルを見つめているぞ。
「あ、ここ日当たり良すぎて熱い?日陰の席に行く?」
「だ、大丈夫っ!!」
僕は小さなテーブルに由香と向かい合わせに座ると、ケーキセットを注文した。ケーキはショートケーキ。なんだかんだでショートケーキが一番おいしいんだよ。
由香はパンセーキセットにするみたいだ。少し前にブームになった、クリームのボリュームのすごいやつ、甘いもの好きなのかな?
「由香は甘いもの好きなの?詳しそうだね。」
「うん、嫌いじゃない…好きだよ!柳ヶ橋にね、美味しいケーキ屋さんがあってね…。」
ケーキを語る由香はかわいいな。今度一緒にケーキバイキング行ってみてもいいかもしれない。きっとおいしいケーキをチョイスしてくれるに違いない。
「バイキングしないの?腹ふくらまないじゃん!!」
僕らのテーブル横を通りかかった結城先生の手には…うわ!!ケーキが山盛りに!!!なんだい、これは!!いい大人がなんというみっともない盛り方をしているんだ。…ほかのお客さんたちの視線が!!僕の失態じゃないのに僕に突き刺さるんですけど!!!
「ふくらます目的じゃないんでいいんです。」
「そうそう、膨らますなら飯だよね!!」
河合先生の手には…うわ!!パスタが山盛りに!!!勘弁してほしいよ、ホント。この人たち、大人のフリした小学生なんじゃないの…。
「なんかスゴイね。ケーキが…ケーキが気の毒だよー!!」
「まったくだよ。パスタも気の毒すぎる。」
げっそりする僕たちの視線の先では、おっさん二人が大きなテーブルいっぱいに皿を広げて、ケーキやパスタやポテトやたこ焼きやサンドイッチ…がっつり食べている。よく見るとジュースのコップもたくさん並んでる。周りのお客さんの注目を集めてるんだけど、本人たちはまるで気にしていない。
うん、僕もあっちを気にするのはやめよう、美味しいケーキがおなか一杯になって食べられなくなってしまう。
「これ食べたらさ、メッサイイヤン並ぼうか?」
「いいの?彼方の乗りたいものがあったら先に乗ってもいいよ?」
「お待たせしました。」
目の前に、ホイップクリームが山盛りのパンケーキとショートケーキ、ポットとティーカップが二つ運ばれてきた。おや、由香の目の輝きが…。
「わあっ!いただきます!!」
「いただきます。」
クリームをひとすくいして、口に運んで。由香の目がキューっと、閉じられて。ぱっと見開くと。
「くぅーっ!おいしぃー!!!ここのクリーム、練乳いりだー♡」
…絶対由香にケーキバイキング、連れてってもらうぞ。この可愛さは何度だって見たい!!
ほっぺに手をやりながら、ニッコニコで幸せそうにパンケーキを頬張る由香を見つつ、僕は自分のショートケーキにフォークを入れた。