王子様
「うわあー!これ懐かしい!小学校の時に集めてたなあ…え、ウソ、一個10円?!買っちゃお!!」
「ちょっと見て!!この棚まだきれいじゃない?お兄ちゃんの部屋に良さそう!」
「このキグルミまだ新しいのに300円だって!祐くんのパジャマにしよっかな!」
「ものすごいフェルトの束が500円!!」
「カッコいいお兄さん、このぬいぐるみこんなに大きいのに100円でいいの?!」
「はい、大丈夫ですよ。お買い上げでよろしいですか?ありがとうございます、ええと袋は…、ちょっと待ってね…」
「あ、彼方、こっちに大きい袋あるよ!」
暑くもなく寒くもない、時折穏やかな日差しが雲間から差し込む心地良い秋の日の学園祭初日の午前…、僕は由香と一緒に学生会ブースの隅で不要品バザーの店番を務めている。
昨年汗をかきながら日焼け止めを何度も塗り重ね、接客対応に追われながらふとましいおっさんたちのマイペースに振り回されて大変だったことを考えると、ずいぶん恵まれているというか…うん、去年がひどすぎたんだな。
今年は原西さんと大下さんの几帳面コンビが細かくスケジュールを組んでくれたおかげで、時間ごとにキッチリ人員が配置されて…全員に自由時間が設けられているのが素晴らしい。大幅に学生会の人数が増えたこともあり、ゆっくりと会場をまわる時間が取れるようになったから楽しみにしているんだ。昼食や休憩を兼ねた自由時間があるから去年みたいに腹ペコをおしながら急いでテントの裏で菓子パンを齧ったりしなくて済むし、おっさんの無計画のせいで水がなくなったと憤ったりする心配もなさそうだし、写真撮影で時間がかかって干物が真っ黒こげになるという悲劇も起きないと思われる。
「おーい!!彼方、こっちちょっと来て!!写真のお客さん!!」
「…ごめん由香、兄さんが呼んでるからちょっと抜けるね?」
…とはいえっ!!!
「はーい、行ってらっしゃい、王子さま!!」
ゴージャスな衣装を着こんでの接客がね?!
衣装製作チーム(東浦先輩と志田さん)による、渾身のゴシックデザインプリンスだそうでね?!
信じられないくらい、人の目が集まってね?!
構想に一週間、製作に一週間、着こなし指導にまる二日…、今朝は集合早々写真撮影時のポージングをみっちりと叩き込まれ!!!
頭には森川さんの作ったゴージャスなティアラ、肩にはモップみたいなフサフサ、そこからボタンに伸びる楠先輩お手製のチェーンみたいなやつ……、どっかの歌劇団のトップスターみたいな…いや、羽根を背負っていないから二番手…いやいや!!あんなにスパンコールはついていないからまだ一般人!!違う、そうじゃ…ない!!!やけに王子様王子様した、僕、僕っ!!!
ちなみにメイクブースにいる次兄は僕と同じデザインの王子様フルセットを色違いで身につけていたりするんだけど…学園祭開場前にアニメ研究会の人に同人誌を出したいからインタビューさせてくださいと懇願されてね?!ちょっとした修羅場があったというか、時間が押しちゃって結局断りきれず、冬の決戦場で白と黒の双子の王子様本がね?!発行、発行されっ!!!ねえ、もしかしてこれ、盛大な黒歴史って奴になるんじゃないの?!
にっこり笑ってメイクブースの参加者の女性軍と並び、次兄と息を合わせてシンメトリーな決めポーズをしながら、頭の中は混沌極まりない大混乱でいっぱいでね?!
ふと横を見れば、次兄も得も言われぬ顔で遠くを見つめているじゃないか…少し離れた位置には、会社の同僚らしき人がニコニコして写真をバシャバシャ撮っているぞ!!ねえ、これ何の公開処刑……?!
「次三名様はいりま~す!石橋せんぱ~い、指先集中!!兄者はもっとリラックスして笑って!!」
「しつちょー!!こっち一旦目線くださーい!!」
「石橋君、バザーの方混んできたみたいだから、私三浦さんの手伝いに入るね。相川が来たら伝言だけお願い」
「…っふ、ふふ!!佐々岡さんね、私じゃなくてメイクアップブースの写真を撮ってくれる?!部長の晴れ姿なんだからさ!!太田の整形メイクも撮ってくれないと困るよ!!」
「志田さん、お客様の荷物持ってあげてくれる?ちょっと手を取ってあげたくて…。早瀬先輩、お気遣いありがとうございます。あとで僕もフォローのお返ししますね」
おかしいぞ!!余裕があってゆったりと楽しめるはずなのに、なんでこんなにも余裕がないんだ!!!
「彼方お疲れさま!今年もなんかすごいね!!お兄さんとのコラボ、大成功じゃない?仕上がりがハンパない!これは確かに…ふふ、みんな記念に写真撮りたくなるよね!」
写真撮影の波が引き、ようやくバザーブースに戻った僕を見る由香の目が…、やけに温かみを増しているのはどういうことだい。……さては早瀬先輩が大げさに報告をしたな。すれ違った時にクールキャラらしからぬニコニコ顔をしていた理由がわかったぞ。
「はは…、僕は着せられてるだけだよ。衣装担当者とプロデューサーたちの力あってのものだから。由香のメイクの方がアンニュイな秋という季節にぴったりマッチしていて、うん、いつも以上に可愛らしさが引き立ってるよ?…そうか、秋コスメの落ち着いた色合いが学園祭独特のはしゃいだ空気にさらされて、悪戯心を隠しきれなくなったレディの魅力を際立たせているんだね。ただでさえこんな衣装を着せられて戸惑う僕の心なのに…、全力の【かわいい】でかき乱すのは…由香、キミの重い罪だよ?どう責任とってくれる?」
「もう!!か、彼方のその…恥ずかしかった時にめちゃめちゃな理論でごまかそうとする癖、なんとかなんないの?!あたしが困るの、見たいだけでしょ!!」
ほっぺたを赤くしてプンプンする由香、こちらには目もくれずバザー品に夢中な地元住民のお客様、そしてこちらを口を開けたまま見つめる当大学の生徒と思しき女子の皆さん…はは、ずいぶん楽しいじゃないか。自然と笑みがこぼれてくるのは…僕もこのお祭り騒ぎで、かなりはしゃいでいるからに違いない。
「茉奈!これ見てよ!!あたしの…寝袋だ!!」
「…ほんとだ。どうする?買っていく?」
ちゃきちゃきした和風女子と、ハイトーンカラーのストレートヘアが印象的な二人組みの…女性。
学生会室の魔窟から掘り出された緑色の寝袋を持って、何やら話し込んでいるようだ。
「あたしが買ったのに!!3980円したんだけど?!ちょっとハヤッチに抗議してくる!!」
「…一旦落ち着こうか。これは置いてったものでしょ?今まで忘れてたくらいだし」
おそらく卒業生…学生会関係者?だよね、多分……。少し年上に見えるけど、何代くらい前の役員なんだろう。ちょっと気になるな……。
「あの、もしかして持ち主の…学生会の先輩でしょうか?」
僕は、ニッコリ笑って、声をかけてみた。




