頭痛
「おっ!!さくちゃんおはよう!!昨日の酒どうだった?うまかっただろ!!海の幸いっぱい食ったか?朝飯もちゃんと食べて大きくなれよ!まだまだ成長期なんだから!!」
「おはよー、うまかったよwwwマジありがとwww次はもっと大きな瓶でよろwwwあ、ついでに上の方にあるジャムの瓶とってw」
「ねえねえ見て!!なんかめっちゃおいしそうなクロワッサンがあるよ!!うわあ、なんかオムレツ目の前で焼いてくれるんだって!!!ちょっと待って、ナニあのデザートコーナー!!ヤバイ、全種類食べないとー!!!」
「朝食バイキングってこんなにも豪華なものなの?!すごいね、どうしよう厳選して取らないと…お粥もおいしそうなんだけど焼き立てパンケーキも気になるし…ね、彼方は何食べる?」
朝7:00。高級ホテルの二階にあるレストランでは、朝食バイキングがひらかれている。このレストランは宿泊者のみならず近隣住民たちも利用することができるので、シーズン中は比較的混みあう事が多く予約を取るのは至難の業だったり。今だって、レストランの入り口付近には順番待ちをしている人たちの列が見える。
とはいえ、宿泊者用の席はパーテーションで分けられたスペースが用意してあるので、時間制限もなく見晴らしのいい場所でゆったりと食事を楽しむことができるんだけどね……。
「う…、ぼ、僕はコーヒーだけで……」
みんな朝から絶好調みたいだけど・・・僕は頭が痛くて、とてもじゃないけど食欲が湧かない。そもそも、昨日の夕食が豪華すぎてまだ胃もたれしてるんだよね。整腸剤のひとつでも飲んでおくべきだったと反省しきりだ・・・・・・。
「ええーもったいない!!ていうか、朝のすきっ腹でコーヒーなんか飲んだら胃が痛くなるんじゃない?サンドイッチぐらい食べなよ!!ほら、ゼリーもあるし、アイスもあるよ!!」
「石橋君、おかゆの上澄みだけでもすすっとくとよきwww」
「炭酸水飲むと胃がスッキリすると思うよ?持って来てあげるから、座ってて?!」
どうやら僕の顔色は相当よろしくないらしい。
布施さんも森川さんも由香も、実にかいがいしく僕の世話を…うっ……、気持ちワル…。
思わず、口元に手をやり…みっともなく、よろよろと…オーシャンビューを望む、窓際の宿泊者予約席に…座り込む……。
「なんだあ?彼方はしょうもねえなあ!!二日酔いか!!そんなもんはなあ、迎え酒って言ってだな!!」
長兄のでかい声が・・・だめだ、脳天に響きすぎる・・・・・・。とてもじゃないけど、反論する気力が・・・・・・。崩れ落ちるように、テーブルの上に突っ伏す・・・・・・。
「迎え酒てwwwお酒は立ち向かうものじゃないだろwww無理、ダメ絶対wwwつか、とわっちも昨日飲み過ぎだwww制裁、制裁!!とおっ!!!」
「ぐわっ!!!さくちゃんの横っ腹パンチ、クリティカルゥ!!!わかった、もうしない、ちゃんと節度をね?!」
なんか…やけに森川さんと長兄がじゃれあっている気がしないでもないけど……とてもじゃないがツッコム、気力が……。
「お兄さんすごいね、昨日あんなにべろんべろんだったのにピンシャンしてる!!海の漢ってのは頑丈にできてるんだねえ…」
「ちょ、ちょっと裸で乱入は驚いたけどね?!お酒の力ってすごいね、うん…」
ああ・・・テーブルの上に、わずかな振動が。突っ伏した僕の鼻に、朝食らしい香りが届く。
「彼方、炭酸水にちょっとだけレモン絞ってきたの。お酒のたまってる胃袋を洗い流せるかもだから、ちょっと飲んでみない?」
爽やかな香りが・・・ああ、由香の思いやりの言葉と交じり合い、僕の上に優しく降って・・・ダメだ、胸のうちの言葉選びすら決まらないぞ・・・・・・。
「ありがとう、由香・・・・・・」
のそのそと起き上がり、目の前に置かれた・・・氷入りの、ストローの刺さった飲み物に手を伸ばす。指先を濡らす結露が、アルコール慣れしていないのに限度を測れず撃沈してしまった結果翌朝まで熱を逃しきれない未熟な体を冷却し・・・ああ、ダメだ、いつものスマートな発言なんかできやしないぞ、こんなんじゃ。
余計なことは口に出すまい、恥をかくくらいならば黙りこんでおこうと決め、由香特製ドリンクを、ひと吸い。
……爽やかなレモンの風味と、口の中にちくちくと刺さる炭酸の刺激、ほてりの残る体内に冷たい温度が落ちてゆく。ああ…こういうのがスッキリするっていうんだな。
「これっておかわり自由なんだよね?デザートは絶対リピートしたいからお寿司はやめとこうかな」
「時間制限はないって朝食チケットに書いてあったよ。チェックアウトが11時だから、10時半ぐらいまではいても良いと思うけど…三時間も食べ続けるの?!午後からはまたお店に立つんだよ?!」
「あたしは軽く食べてこのあと露天風呂にいくよwwwとわっち曰く山から見える太陽が海を照らしてその輝きは女神のようにだったかな?意味わかんないから確かめにいこうとwww」
「モーリーさあ、その女神ってのはwww」
「ふふ、いいなあ・・・ごちそうさまwww」
「へへへwwwつか、このパンケーキうまくない?あたしゃ作り立てバター追加でもらってくるだよではごきげんようwww」
「ああー、逃げるなんてずるい!!てゆっかあたしもパンケーキもう一枚もらってこよ!!」
「あ、私は生クリームが足りなくなったからもらいに行こうかな?ごめん、彼方一人になっちゃうけど、行って来ていい?」
「ああ、うん・・・僕のことは気にせずに、いってらっしゃい」
朝からみんな元気で何よりだ・・・。僕は元気じゃないけど・・・。
もう一度テーブルに突っ伏そうか、しかしそれでは場の雰囲気を悪くしやしないか、何か気の紛れるような景色でも見ようか、そんなことを思いながら、視線を延ばすと。
「もー!!室長お酒弱いんだから!!!しっかりしてくださいよ!!!そんなんで酒精使った化粧水の開発なんてできると思ってンの?!」
「まあまあ!!石橋君もがんばってたよ、今はね、無理して呑む時代じゃないから!!」
「遥キュンの痛ましい姿・・・これは社内報に載せねばなるまい!広報クラブ副部長としての使命、使命いいいイ!!!」
「部長、このおかゆおいしいですよ、干物をほぐしてまぜると最高です」
「ここイイッすねえ!!来年も絶対来ましょうね、企画書出しとくッス!!」
「売り上げもかなりあったからなあ…商品開発部の親睦旅行の経費にしたけど、社員旅行にすれば二回来る事ができるかも?」
「部長、ここの地酒気にいってましたもんね、ひれ酒は確かに最高でした」
「しつちょー!!来年の予約入れといて下さいよ!!身内割で!!」
「ご、ごめん…みんな、もうちょっと……声を、小さく・・・・・・」
つい一分前に、自分がしていたポーズで、みっともなくテーブルに沈んでいる次兄の姿が!
髪の毛の長さこそまるで違うが、どう見ても僕とそっくりだ!!
だらしなく机の上に伏せるというのは、あんなにもみっともない姿になるということなのか、これは絶対に由香に見せてはならないぞ!!もうさっきちょっとだけ見せちゃったけど!!
俄然気力が湧いてきた僕はグラスの炭酸水を飲み干し、焼き立てパンコーナーで並んでいる友達の輪に混じるため、席を立った。




