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…窓際には、君が  作者: たかさば


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湿気と抱擁

 6月に入って、もうずっと雨の日が続いている。どうやら今年は長梅雨らしい、来週も天気予報はずっと雨だ。


 地味に大学の周りは田んぼが多くてさ、カエルたちが恵みの雨を受けてケロケロと大合唱をしていて…長閑の極みを感じるというか。去年はこんな大合唱を聞いた覚えはないんだけどなあ、今年爆発的に大繁殖でもしたんだろうか…。


「ね、もうじきモーリーの誕生日でしょう?プレゼントどうしようか!」


 初夏の小雨は、傘の表面を大人しめに撫でていて…会話を邪魔するような野暮さを持ち合わせてはいない。カエルたちのコーラスをバックミュージックに、由香の元気な声が田舎道に心地よく響いている。


「僕からは桜貝をプレゼントしようと思ってるんだ。実家の近くにクラフトショップがあるんだけど、そこでかわいいのを見つけてね。」


 6/6は森川さんの誕生日なんだ。去年の夏、海の家ではしゃいだ時に誕生日を聞いてさ、早く教えてくれたらパーティーやったのにー!って由香がすごく残念そうにしてて…今年は盛大に2年分パーティーをやろうって話になっていたり。


「それいい!モーリーならすごくかわいいアクセサリ作りそう…そうだ!私Tピンとかにしようかな?ハンドメイド用の材料だったら使ってもらえそう!」

「はは…それで、8月の由香の誕生日の時は、作ってもらったアクセサリをプレゼントされる…と。」


 なんかこういうサイクル?循環する感じがいいんだよね。あげたものがまた巡って戻ってくるようなさ。…まあ、僕の誕生日にもらったティアラは…些かこう、持てあましていないでもないんだけど。…今度の学園祭の時に付けようかな。ちょっと王子様っぽくてカッコよくなりそうじゃない?そうだ、由香にドレスを着てもらって、王宮をコンセプトにしたカフェなんかやってみたらどうだろう…いやしかし、今年も長兄が魚を卸すとはりきっていたな、煙の充満する中でゴージャスな装いは…うん、合わないな、却下だ、却下。


「ケーキはどうしよう、モーリーが作ってくれるって言ってたけど、なんか申し訳なくない?」

「森川さんは作ることがうれしいんだから、ごちそうになればいいと思うよ。前日に材料を一緒に買いに行って、支払いを僕たちで割ろうか。ちょっと焚き付けてさ、多めに買わせよう。そうしたら、おいしいスコーンとかまたいっぱい食べられるでしょう?」


「あ!それ、採用!まんもすでカゴいっぱい買わせようね!」


 いつも差し入れと称して、スコーンやクッキー、ドーナツにおにぎり…しょっちゅう恵んでもらっているからね。材料費だけでも払わせてと言っているのに、いつもへらへらとかわされてて申し訳ないことこの上ないんだよ。森川さんには本当に…胃袋をつかまれているというか、森川さんの作ったもので体ができつつあるというか。ちょっと癖が強いけど、森川さんの女子力の高さは本当にこう…目を瞠るものがある。めちゃめちゃいい奥さんに、お母さんになりそうだ。嫁にもらう人は幸せ者だな…とても恋愛とかしなさそうだけど。


「…そういえばさ、今年の夏の予定、どう?おじさんの経営してる旅館が早割りしてくれるって言ってるんだよ、一泊朝食付き一人3000円って話で…バースデーパーティーの時に正式にみんなに言おうと思ってるんだけど。」

「さ、3000円?!安すぎない?!もしかしてその、牢屋みたいなとこで、布団がないとか…!!」


「ごく普通の海の近くの旅館だよ、あいにく和室しかないけど、海の家のすぐ横だし、食事は長兄がふるまってくれるそうだよ、地酒も出すって言ってた。次兄が花火やろうってめちゃめちゃ張り切っていてね、昨日の夜ネットで色々チェックしていたんだ。」

「そうなんだ!行きたいなあ、花火とかもしたいし、みんなで泊りがけって行ったことないよね、地酒…8/1以降なら、私も飲めるかな…。」

「とりあえず、森川さんと布施さんに予定を聞いてみようと思ってる。バイトの休みの日とか教えてくれるかい。」


 一泊3000円と言っているけど、たぶんタダで泊まらせてくれると思うんだよね。去年の海の家のバイトがさ、ずいぶん好評だったんだ。1日だけだったけど、すごく助かったもんだからさ、長兄も次兄も次の日から働きたくないってごねちゃって…。未だに布施さんと森川さんと由香の働きっぷりは神扱いされているんだよ。気をつけないと一泊二日のほとんどが海の家でのバイトになる可能性すらある。


「バイトは今なら融通利くし、バースデーパーティーの時にふーちゃんとモーリーの予定にあわせて休み取るようにするよ!うわあ、楽しみ!」


 喜ぶ由香の髪が…、梅雨の湿気を含んでいて重くなっているんだな。いつもよりも控えめに、揺れた。



「なんか…廊下が濡れてる?雨が降りこんだのかな?窓…は閉まってるか…。」

「今日は気温も少し高いし、湿気がこもってるんだね。…滑るといけないから、気を付けて。」


 まだ誰もいない本校舎内の廊下が少しくすんだように見えるのは…湿気のせいに違いない。いつもならピカピカとしているのに、輝きが鈍くて…歩くたびに上靴の底にはりつくような違和感がある。昨日はこんなじゃなかったんだけどな、いよいよ梅雨が本気を出して校内に乗り込んできたのかも?

 こういう時は図書館に行くに限るな、あそこは紙がたくさんあるからか、湿気が気にならないんだよね。きっと由香の髪もふわふわに戻るはずだ。


「うん、じゃあゆっくり歩いて…きゃあ!!!」


 由香がバランスを崩して、重みのあるカールした髪が…僕の目の前で、跳ねた。


 とっさに手を伸ばして、そのまま…ぎゅっと、抱き込んだ。


 …よかった、すぐ近くにいて。離れて歩いていたら、転んでけがをしていたかもしれないぞ。

 …危ないなあ、体感を鍛え上げている由香でさえ滑ったんだ、こんなんじゃあまり運動神経のよろしくないみなさんが次から次へと転んでしまうに違いない。これは…事務局に言って廊下の拭き上げをしてもらった方がよさそうだ。事故が起きてからでは…けが人が出てしまってからでは遅いからね。

 よし、このまま図書館に向かう前にまずは学生部に向かおう。


「あ、あの!か、彼方、ありが、と…!!えっと、も、もう、いいよ?」


 胸に抱きこんだ由香が…おずおずと僕を見上げて…なんだい、やけに今日はチークの色が鮮やかじゃないか。若干梅雨を意識した涼しげなイエローカラー多めのアイメイクと合っていないな…いつもバッチリかわいく決めている由香らしくない選択ミスだ、これはいったい。


「腰とかギクッてならなかった?」

「う、うん、大丈夫!!!転ばないように、一歩一歩、気を付けて歩こう、ね?!」


 …何で由香は僕の抱擁をさりげなくほどいて…おかしな歩みで進み始めるんだ。そんなに一歩一歩力強く踏みしめなくても廊下はちゃんと歩けるのに。


 ……まあ、かわいいから、いいか。


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