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…窓際には、君が  作者: たかさば


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じゃんけん

「…別れ際は涙目になっていたそうだよ。僕、純愛って現代には存在してないって思ってたから驚いちゃって。」

「へえ!そんなラブロマンスが?そっかあ、楠先輩かわいいもんねえ…うまくいくといいね!」


 親睦旅行が終わった週の水曜一限目…、僕と由香は誰もいない教室内でおしゃべりを楽しんでいる。

 いつもだったら図書館で新刊チェックをしているんだけど、一大イベントでさんざん由香不足に陥った影響は深刻でさ、いつも以上にコミュニケーションをとりたいと願う僕がいるんだよ。やや食い気味に親睦旅行の出来事を面白おかしく報告しつつ、自由な時間を満喫中だったりする。


 朝一番に顔を合わせてからずっと河合先生の愚痴を言わせてもらって、来年度のお手伝いを懇願した後、話題の中心となっているのは…誠実な彼氏をゲットしたばかりの楠先輩だ。何気に東洋美術史の懇親会以来、由香と楠先輩は仲良くなっていて、顔を合わせてはどこぞのウッドビーズのお店がかわいいとかカントリードールの誰それがかわいいとか盛り上がっていたりするんだよね。僕はかわいいものは好きだけど、見る専門で作る方は詳しくなくて…少し話題に付いて行けなかったりするんだけれど。きゃぴきゃぴと盛り上がっているかわいい女子を見るのは…まあ、眼福というか。


 おそらく情報を得た由香は、楠先輩を見つけたらニコニコと近づいて、色々と盛り上がるに違いない。僕はイマイチ色恋沙汰に対して、どこまで首を突っ込んでいいのかよくわからなくてさ。正直何を聞いていいのか、何を自分は聞きたいのかすらよくわかっていない節がある。森川さんみたいに揶揄うテクニックもないし、ごく普通の会話の中に甘さを見出すテクニックも持ち合わせていない…ように思う。


「由香の方はどうだったの?幼馴染と久しぶりに会うから緊張するって言ってたでしょう。……楽しめた?」


 聞き上手な由香にいろいろと胸の内を吐き出させてもらって、ずいぶんささくれ立っていた心も落ち着いてきた。…次はこちらが話を聞くターンだ。


 どうも……ほんの少し、由香のお化粧がはしゃいでいないのが、気になっていたんだよね。


 きっと何か落ち込むような出来事があったに違いない。

 ……わりと由香はさ、本人は気づいてないかもだけど、お化粧に出るんだよ、キモチの落ち込みとか、テンションの上がりっぷりとか。いつだったか限定のイチゴクリームドーナツを買えたとはしゃいでいた次の日に、やたらとピンクピンクした目元で現れて…ついつい揶揄ってしまった事を思い出す。明るいお化粧の時は笑って話が聞けるけど、マットで落ち着いたお化粧の時は…ちょっとだけ、注意深く表情を見るようにしていたりする。由香は…どうも気を使ってしまうみたいで、いつだって聞き役に回りたがってしまうタイプだからさ……。


「……うん、なんていうか…ダメだった。やっぱり、どうしても…難しいね、幼馴染って。ついつい…意地っ張りになっちゃって、ケンカ腰になっちゃって。きついこと言っ…ちゃった……。」


 …なんとなく、電車から降りてきた由香の表情が硬かったのは、そのせいか。


「きつい事が言える間柄ってこともあるんじゃない?もしかしたら…幼馴染も、由香のきつい言葉を待っていたのかもしれないし。」


 あまり詳しい事は聞いていないけれど、由香には相当気の弱い幼馴染がいるらしい。ほんの少しの出来事で凹んでは泣いて、そのたびに由香に怒られてまた泣いて…そうこうしているうちにどんどん自分は気の強い女になってしまったんだって聞いたことが、ある。


 ……由香の性格を形成した重要人物みたいなんだよね、遠くの学校に通っているらしくて、なかなか会えなくなってしまったらしいけど…この連絡手段の多い世の中で、丸一年メールもラインもしないって…どうなんだと思わないでもない。冷却期間を設けたとか由香は言っていたけれど、大げんかしたわけでもないのにそこまで人間関係?をシャットダウンする必要、あるのかなあってね……。ちょっとどんな人か興味があるけど、いつか会う機会とか、やってくるんだろうか……。


「そうかなあ…、もしかして私が…ひどい人間なだけなんじゃ、ないのかなあ……。」

「ひどい人間はね、目に涙を浮かべて反省なんてしないよ。……大丈夫、由香は優しいよ?僕は知ってる。…いい子、イイ子……、お疲れ様。」


 ちょっぴり鼻の頭の赤くなった由香の頭を、ポン、ポンと…、おやこれはいけない、涙が目に浮かんでいるぞ…、そっとハンカチで押さえてと。


「う、ううっ……!!ご、ゴメンっ……!!」


 ……由香を見ていると、感情のふり幅?があって、いいなあと…漠然と思う事がある。なんていうんだろう、しっかり怒って、しっかり笑って、しっかり悲しんで……感情を、全部素直に、丸出しにできる人とでも言うんだろうか。僕は感情の揺れが激しくないタイプなので、正直…由香が、眩しく見える時がある。


 ……由香は、自分をひどい人かもしれないと涙をこぼしたけれど。


 自分をひどい人だと認識して、悲しんで、涙をこぼすくらい……豊かな感情を持っているのだと、思う。


 ……僕には、由香のように…豊かな、感情は。


「由香…ごめんね、ちょっと目元、ぎゅっと抑えすぎちゃったみたいだ。ブラウンのパウダーが取れちゃったから、イエローオレンジのパウダーのせてよ。…持ってるよね?僕……メイク直し、見たいな……。」


 お願いの気持ちを乗せて、じっと顔を見つめたら…はは、ほっぺたが赤くなってきたぞ。


「……彼方って…お化粧の事詳しいのにどうしてノーメイクなの?いつも私のメイク見てニコニコしてるし…自分もお化粧、したらいいのに!それだけ詳しいってことは、できるんでしょ?」


 新作のカラーパレットを取り出しながら、由香が少し唇を尖らせている。ふふ…リップグロスが外の光に反射してキラキラしている。


「僕はね、自分に化粧が似合わないってよく知っているんだよ。散々次兄にいじられて、もう絶対に顔には粉を(はた)くまいと決めたんだ。」

「……じゃあ、私がお化粧してあげようか!とっておきの甘メイク…するけど?」


 ムム……。由香がメイクをしてくれる……?ちょっとだけ、興味があるかも……。でもなあ、今日の僕の服装はどう考えても甘メイクという感じではないんだよね。モノトーンだし、かばんもメンズもの、アクセサリだってシルバーのスマートなチョーカーで…ダメだ、どう考えても無理がある。


「大変光栄だけど…、由香の目の前で目を閉じたら、そうだな…キスをねだってるみたいな感じがして、キモチが暴走してしまう可能性が。……それでも、イイ?」

「……っ!!!もう!!彼方ってば!!!すぐにそういうごまかし方をするっ!!!」


 赤い顔をしながら、カラーパレットの中をのぞき込む由香は…あーあー、ちょっとたくさんチップに色を取りすぎている。動揺し過ぎだよ、もう。


「……別に、ごまかしているわけでは、ないよ。暴走するかどうかは、キスをしてみなきゃわからないでしょう。」


 由香の、ふわふわの毛先を一束手に取り、クル、クルと…指で弄びながら、メイクパレットの向こう側の表情をじっと見つめる。ちょうど、瞳がパレットでかくれて…感情が確認できない。きゅっと結ばれた唇が、少し緊張感を思わせるのだけれども。


「じゃあ……、してみる……?!」


 パレットのふたを閉め、机の上にそっと置いた由香の瞳は…どこか、挑戦的だ。気の強そうな、でもどこか不安を隠し切れないような、そんな、目。逸らすことなく、まっすぐと僕を見つめる、大きな、瞳。


 由香は、キスに対して…あまりこだわりがないタイプなのだろうか……。けっこう気軽に、提案してきたけれども。


 ……最近は、ずいぶんキスが…気軽に交わされる風潮だからな。相川先輩なんかしょっちゅう飲み会で女の子とキスをしているらしいし。女子高育ちの川村さんは、わりとあいさつ的な意味合いでキスをしていたらしいし。


 僕はキスの経験がないからな…。軽口をたたくわりには、実戦経験がなくて…実は、少々、戸惑いの気持ちがあったりしないでも、ない。


 でも、もし。


 キスをしてみて、僕の心が、踊るようなことがあれば……それは、もしかして。


「うん、じゃあ……どっちからする?」


 髪を弄んでいた手を止め、バッチリお化粧直しのできた由香と、見つめ合う。


「……っ、じゃ、じゃん、けん……!!!」

「……いいよ、じゃあ、勝った方が、負けた方の唇を奪う事。はい、じゃーん、けーん……。」


 ……由香はいつも必ずチョキを出すからな。


 自分から奪うのもいいけど、奪われてみたい気もする…どうしようかな?……一瞬迷った後、僕が、出したのは。


「おぃっす~wwwおはおは…あれwwwごめん、お邪魔だったかもwww」


 気のぬけた森川さんの声を聞いて、ついつい……視線を教室の入り口に向けてしまった。


「も、モーリー!!おはよっ、ううっ!!聞いてよ、彼方ってばね?!」

「……由香、勝負の行方は?」


 森川さんの方に駆け寄って行ってしまった由香が何を出したのか、僕には知ることはできなかった。

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