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…窓際には、君が  作者: たかさば


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恋に、落ちる、人

 全バスは無事到着し、親睦旅行参加者である一年生の皆さんがすべて団体入り口を通り抜けたのを見届けた。すでにお手伝いの皆さん達も園内に向かっている。このあと集合時間まで四時間の間、学生会役員の面々は遊園地内を循環しつつ自由に遊ぶことが可能だ。

 ……とはいえ、園内を回りつつ、孤立している人はいないか、困っている人はいないかチェックをし、都度声をかけて楽しい大学生活のスタートを切っていただくよう働きかけねばならないので、我を忘れて遊園地で遊びまくるというわけにはいかない。若干、陽気な英語を話しながら駆け出して行ったティアに不安を覚えないでもないけど…まあ、なんとかなる、はず……。


 写真係は川村さん大崎さんのお手伝い組と、東浦先輩柴本さんの人間関係学科コンビが主に担当する。一応全役員は、ここぞと思った瞬間があれば進んで写真を撮る事になっているんだけどね。

 東浦先輩と柴本さんは仲がいいというか、馬が合うというか…わりとフットワークが軽いんだよ。東浦先輩は豪快なブルドーザータイプではあるがエンジンのかかりが異常に早くてドッカンドッカン行動するタイプだし、柴本さんは声こそ小さいものの気が付くとキッチリメモを取っていたり抜群のポジションで見物していたりしてなんていうんだろ、ペアになることで抜群に効果が増すというのかな……。

 大崎さんと川村さんも相当活躍してくれそうだし、今年の親睦旅行の写真コーナーは華やかなものになるに違いないぞ。


 佐藤さんは体調を考慮しつつ三上先輩と園内を回るらしい。ティアに引きずり回されては体力を使ってまた入院という事にもなりかねないから、賢明な判断だ。

 早瀬先輩は友達のいない一年生を引き連れて園内ツアーを組むみたいだぞ、相変わらず頼りになる先輩だ。

 気のせいか相川先輩の姿が見えないのが地味に気になる、もしや去年の遊園地スタッフに詰め寄っていたりしないだろうね……。めちゃめちゃありそうだ、見つけ次第回収しておかねばなるまい。


「ちょっと聞いてよ石橋君wwwすげえよww楠たんめっちゃカンペ持つとマジつええのwww」


 やけにテンションが高いのは森川さんだ。よほどバスレクがうまくいったらしいぞ、これはいったい。


「みんな喜んでくれた?」


 大きな目がまんまるになってニコニコしている。心なしか興奮してほっぺがピンク色になっている、血色がいいな、いつもより可愛さが二倍増しになっている。写真撮っちゃおうかな……。時間を確認するふりをしながら、スマホのアプリを……。


「みんな喜んだのはもちろんなんだけどさあwwwバスの運転手さんがさあwwwめっちゃ褒めてて、あれはホレたね、たぶん!!あたし人が恋に落ちる瞬間、初めて見たわwww」

「さ、桜子ひゃんが去年の石ばひ君のセリフうぇ全部きゃいてくれたからできたのれす!!!ありがとう!!」


 何やらロマンス展開があったらしいぞ…これは詳しく聞いておきたい!!……さりげなく、二人で並んでいる様子をカメラに収めて、ごまかすためににこりと微笑を返した、そのとき!


「あ、あのっ…、い、一緒に…園内、回りませんか!待ち時間、暇なんです!!」


 大きなバスの向こう側から駆け寄ってきた……帽子を脱いで、こちらを…いや、楠先輩を真剣なまなざしで見つめるバスの運転手さん!!!


「いいよwwwこの人ね、慌て者だけどいい人なのwwwエスコートマジ頼むwww」

「ひゃ、ひゃひっ?!さ、さくろこつん、は、はわわ…!!!」


 実にスムーズに、楠先輩の後ろに回って背中を押したのは森川さんだ!!よし、僕も援護射撃を!


「運転手さん、…信頼してますから、よろしくお願いしますね?」

「も!!もちろんです!!!」


 テンパる楠先輩の背をそっと押し、手を振ってお見送りなどさせていただく。


「ひゃっ?!はわっ?!ひゃのっ、さくらこちゃん?!ええとー!!ひひばひきゅん、あわわ!」



「グフフwwwいってらwww」

「楠先輩、ごゆっくり」


 ……若くてやさしそうな運転手さんだ、少し背の高い楠先輩とバランスのいい身長差、ぱっと見カップルっぽく見えなくもない。…いや、ばっちり見える!


 ……ふわりとしたオーガニックコットンのワンピースに、ざっくり編み込みアレンジヘア、右耳には手作りのウッドビーズアクセサリ、手編みのかごバッグは素朴ではあるがしっかりと個性を主張していて…なんというか、都会の洗練されたイケてる女子とは違う方向ではあるがオシャレの最先端にいるような女子の姿が…眩しいな……。

 普段の残念ぶりがなければ、楠先輩って本当に大人女子?大学生から大人の女性に移り変わる最後の期間を楽しんでいる感じ?めちゃめちゃモテそうなんだよね……。


「楠たん、うまくいくといいなwwwあの人、彼氏できたらぜってえ変わるwwwテンパる方向性がずれたら、絶対よくなるとあたしは踏んでいるwww」


 森川さんの観察眼は侮れないからな……。この目の輝き、相当何かを予感させる出来事があったに違いないぞ。これは詳しい話を聞いておかねばなるまい。学生会は色恋沙汰の話題がわりと乏しいからなあ、かなりワクワクしている自分がここにいる。


 なんというか…僕はいわゆる恋愛というものに……非常に、縁がないんだよね。


 目の前で、恋をしている人というものを、ほとんど見たことが、ない。それなりに、同級生たちが誰が好き、誰と誰が付き合っている、そういう話は耳にした事があるけれど、どこか遠い話というか…他人事で、ずっと過ごして来てしまったのだ。恋の相談なんか一度も受けたことがないし、自分が誰かに相談したような経験も…もちろん、ない。


 ―――カナちゃん、あたしひろ君と付き合う事になったー!

 ―――へえ、それはおめでとう。


 ―――ねえねえ彼方くん、聞いた?みゆちゃんついに先輩とキスしたらしいよ!

 ―――そうなんだ。


 ―――おい!カナ!!お前俺のジュンに色目使うなよ?!

 ―――もう!あたしは陸の事好きって言ってるでしょ?!イケメン見るくらいいいじゃん!

 ―――君たち…仲いいね。



 ……自分自身、恋をした事はないし、誰かを好きになったことも、ない。

 希薄な、当たり障りのない、人間関係を続けてきた僕には、誰かを求める気持ちなんて…存在しなかった。


 ……けれど、去年、僕は。


 由香を求める気持ちを得て、手を伸ばし、捕まえた。


 捕まえてはみたものの……イマイチ、恋という感じに、ならないんだよね……。

 なんでだろう、色々と森川さんや布施さんには甘いだの熱いだの言われているんだけど、どうも……ちがう気がする。

 何かが、足りない。なんとなく、恋まで届かない。けれど、友情とは、違う気がする。


 ……今、僕が。

 由香のことを、思う、この、気持ち。


 この、気持ちが、恋なのか、どうか。

 この、もやもやとした感情の正体を、知るために。


 恋というものを、知る…いい、機会だと。


 ……バスの運転手さんに頑張ってもらいたいところだな。目の前で恋に落ちていく人を、恋に落とされた人を見ることができたら、きっと僕の中に何か得るものがあるはずだ。


「なに、一体何があったのさ?詳しいことが聞きたいな。」

「ンじゃ、あっちでうまいもんでも食いながら話そうぜwwwもーさ、あたしゃマジ感動したよwww」


 森川さんのテンションの高さが事の次第の大きさを物語るな……。なんだかんだでこの人はわりと普段落ち着いていることが多いから、ここまではしゃぐ様子を見ると、相当な出来事があったはずで!ああ、僕も同じバスに乗っていれば……!!なんかめちゃめちゃもったいないことをしてしまった気がするぞ。


「うらやましいな、めちゃめちゃ楽しそうじゃないか…。うちなんかおっさんがひどくてめちゃめちゃ疲れたのに。…由香がこんなに恋しいと思ったことはないっていうか。」

「え、そうなの?村中っちめっちゃ絶賛してたけどなwww今年もたらしまくったらしいじゃんwwwユカユカいたらヤキモチ焼いてたかもよwww」


 由香が、やきもち……?


「……はは、常に由香を最優先してる僕が、由香にそんな感情を抱かせるわけ、ないでしょう?」

「あーあーwwwそうでしたね、はいごちそうさまwww」


 軽口を叩きながら、僕は。やきもちの、定義を、思い出す。


 やきもちは、好きな相手が、自分以外の人と仲良くしていて、嫉妬するキモチ…だよね。


 由香は…やきもちを、焼いてくれるほど…、僕の、事を……好き、なんだろうか?


 ……すこしだけ、心が、痛い気が、する。


 この、胸の、痛みは……?

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