混乱
新入学のあわただしい日々がようやく終わり、今日から通常の授業が始まる。僕は学ぶならば学べるだけ手を出したい方なので、必修、選択必修はもちろんのこと、自由選択科目もみっちりと時間割に入れ込んだ。意外だったのは、履修科目を極力少なめに考えている人が多かったこと。土日が休みだというのに、平日にも休みを設けたいと思う人がかなりいることに驚いた。
「彼方も水曜日一限目ないんでしょ?通学どうするの?」
「僕は水曜日はあさイチで図書館に行こうと思ってるんだ。自習でもいいし。」
僕と由香は、一限目の英語の授業がある教室の窓際の席でおしゃべりを楽しんでいる。朝運動場エリアを散策してから、早めに教室に入ったのだけど、一番乗りの教室は締め切られていて少し空気がよろしくなかったため、窓を全開にした。
…勝手に開けて怒られるかな?でもまあ、空調もまだ入っていない時期だし、大丈夫だと、思われる。心地よい風が教室内に広がって、少しだけ木々の香りがする空気が流れ込んできてふわり、ゆらりとカーテンが揺れている。
「水曜だけ混みあう電車で来るのもちょっとって思ってて…。私もそうしようかな。」
「由香は水曜は運動場のトラックで走り込むっていうのもいいんじゃない?あの運動場は部活用らしいから授業のある時間帯は空いてるはずだし。」
…ああ、由香のふわふわの髪も風を受けて揺れているな。ちょっと手を伸ばしていたずらしたくなる。怒るかな?…怒るよね、やめとくか。…いまは。
「一人で走るのもね。」
「僕、走ってもいいよ?ひと汗かいた後、一緒にシャワー浴びるのもいいかも?」
体育館にはシャワールームが完備されてたから、使わない手はない。パウダールームも併設されてるから化粧直しもできるしね。まあ、僕はすっぴんだから関係ないんだけれども。…おや、由香の様子が。何で顔を赤くしているんだ。
「し、シャワールームあったもんねっ?」
「トレーニングルームもあるから、走った後筋トレしてもいいんじゃない。一緒にマッチョ、目指す?」
「目指さないよ!!もう!!」
なんだ、プンプンする由香もかわいいじゃないか。
一限目が始まるまでの時間を楽しく過ごしていた僕だったけれど、いつの間にか授業を受ける学生で教室内はにぎわいはじめ、気が付いたら僕の周りは騒がしいことになっていた。僕は落ち着いて授業が受けたかったんだけどな。なかなかそういうわけにいかないみたいだ。
由香は一限目こそ僕の隣で授業を受けていたが、二限目以降は離れた席に座るようになってしまった。…地味にショックだ。僕の近くにいたら授業が受けにくいってことだよね?!僕が!!一番!!授業妨害をしている集団の中心にいるんですけど?!さりげなく注意してもまるで、まるでっ!!完全スルー、いや!!声をかけた途端にテンションが上がってしまう子ばかりでっ!!
みんなが落ち着いて、学生の本分は学ぶことだという事に気が付いてくれるのを待つしかない…。
午前中の授業が終わったので、お昼を一緒したいという皆にごめんと頭を下げて僕は学生会室へと足を運んだ。手には学食のトレイ。今日僕が選んだのはチーズハンバーグ定食。学食のお姉さんにトレイごと持ち出していいか聞いたら、ラップをかけてくれたんだよ、この気遣い、僕も見習いたいものだ。
学生会室は運動場エリアのクラブ棟にある。入り口入ってすぐの部屋だと聞いているんだけれど。…ああ、ここか。僕は学生会執行部のプレートがかかる部屋のドアを開けた。
「こんにちは。」
学生会室は、広めの会議机と棚が二つあるだけのシンプルなつくりになっていた。棚の中には青い背のファイルがいくつも並んでいる。卒業アルバムもたくさんあるな。大学設立当時からありそうだ。時間があったら見てみよう。椅子に座っている三上先輩が僕を見上げる。なんだ、こう、失礼だけど、ハムスターみたいだ…。
「あ、イケメン。」
むむ。その言い方はちょっとやめていただきたい。サンドイッチを口にしながら僕をイケメン呼びした会長にくぎを刺しておくことを忘れてはならない。このままイケメン呼びが定着したら大変なことになるよ!!
「イケメンって何ですか。石橋ですよ、自己紹介したでしょ。」
会議テーブルの空いているところにトレイを置いて、着席する。
「今日は全員揃うから安心したまえ。」
学生会に入ることを容認したはいいけど、実はまだ顔合わせが完了してないんだ。河合先生はまあ知ってるけど、会長以外は今日が初顔合わせ。僕が気になるのはもちろん…。
ガチャッ
「おぃーっす!!おわ?!何この男子!!ここは女子大だぞ!!」
なんだ、豪快なおっさんが不躾に乱入してきたぞ…。でっかいコンビニ袋の中身は…菓子パンでいっぱいだ。おいおい、全部食べるつもり?!
「ユーキ先生!女子女子!!」
「おわぁー!マジか!!すげえな!オッスオラ先生!!図書館来てね!!」
なに!!もしやこの豪傑熊みたいなおっさんがあのイーゼルを書き上げたというのか?!おすすめ本のコメントはあんなにも繊細で奥深くて…ああ、あれはそうだな、ほかの図書館司書の人が書いたんだ、そうとしか思えない、よし確認しよう。
「結城先生ですね?石橋彼方です。あの、図書館入り口のところにあるおすすめ本のイーゼル…。」
「ああ、あれ!俺書いてんの!見てくれたぁ?めっちゃいいでしょ!えっへん!!」
何だろう、とても、とても僕は頭を抱えたくなっているんだけれども!!あの文字はこんなガサツな人が書いたとはとても思えなくてっ!!立ったまま歯で袋を食い千切ってわっしわっしとクリームパンを食べているような人では…ああ、クリームパンもう食べ終わって次はシュガードーナツに取り掛かってる!砂糖がこぼれてるけどお構いなしだ!!!
「センセー!砂糖こぼさないでよ!!」
「大丈夫大丈夫!!クリーンさんがそのうち拭いてくれっから!!がはは!!!」
うわぁ…頭痛くなってきたぞ…。
ガチャッ
「あ、来てる来てる!!」
「おお、いるいる。」
僕と同じくらいの身長の女子と、やけにこう色気のある女子、その後ろから河合先生が来た。僕と同じチーズハンバーグ定食を持ってるな。ケーキが二つ乗ってるのはこの前と一緒だ。
「こんにちは、石橋彼方です。」
立ち上がって挨拶をする。先輩に向かって座ったまま挨拶をするのはいただけない。結城先生はあれだ、いきなりの事で面食らってしまったから、まあ、仕方がないという事で。
「おお、大きいな、私と同じくらいあるね、172くらい?あ、私早瀬です、会計の。」
「そうですね、172です。よろしくお願いしますね。」
早瀬先輩は涼しげな目元と長いポニーテールが印象的だな。背は高いのに、すごく細い。折れちゃうんじゃないの…。多分ノーメイクだけど、お肌はしみ一つなくて唇はつやつやしている。
「私は書記の相川です!ねえねえ、彼女とかいるの!?」
「いません、よろしくお願いしますね。」
相川先輩はこう、色気がハンパない感じだ。僕よりは小さいけど、女子にしては大きめで、ダイナマイトでセクシー?僕とはまるで違う人種だな。お化粧もばっちりで香るフレグランスは…ブルームだな、多分。今はやりのホワイトミルクティーベージュカラーのレイヤーカットロングヘア?めちゃくちゃお洒落さんだ。正直今はやりのオシャレ情報の共有をお願いしたい。僕がおしゃれするわけじゃないけどさ、女の子がかわいくなる情報って魅力的というか…。
「まあまあ、飯食いながら会議しよ!!座れ座れ!」
「俺もう全部食っちまったよ!!河合くーん、ケーキ一つくれ!!」
「やだよ!!!」
「先生、私のおにぎり一個恵んだげるよ!!そのかわりVOVE入荷したら一番に見せてね!!」
何だこの騒がしいのは!!普通さ、学生会ってのはさ、そうちょっとこう、厳か?いやいや真面目で静かなものなんじゃないの?!僕ここでやっていけるのかな…。
「石橋君、呆れてるね?」
「まあ、多少は。」
会長は盛り上げるつもりはないと言っていたけれど、確かにその通りだ。これ以上盛り上がったら大変なことになるよ!!
「先生二人がひどいからね、落ち着いた人員が喉から手が出るほど欲しかったんだよね…。」
早瀬先輩のため息が切ない。このパワフルな学生会にいたらぽっきりと折れてしまいそうだよ。いや、もしかしたらもうすでに少し折れているのかもしれないぞ…。
「できる事はしますから、ええ、させていただきます。」
「「ありがとう。」」
騒がしい先生二人とお色気担当の声が響く中、やや落ち着いた二人の先輩が声をそろえた。