足りない
ああ、今年もこの場所には、桜の花びらが舞っている。
緑色が混じり始めた桜の木から、風を受けて散りゆく、花びら。一年前、この場所で由香と出会ったことを思い出す。……初対面で、男性と間違えられたっけなあ。あの時の由香は、本当にかわいかった。いや、今もかわいいけど。
「何ニヤニヤしてんのwwwかわいい子でもいたのかねwww」
今日は入学式。体育館に続く渡り廊下を、初々しい姿の新入生たちが…緊張した面持ちで目の前を通り過ぎていく。
僕と森川さんは、入学式の案内係としてここに立っている。ここまで来れば体育館までは一直線なので、あまり意味がないと言えばないんだけど、まあ先輩として、皆さんの入学をお待ちしておりました的な雰囲気を出しておきたい?らしくてさ。学生会の腕章をつけ、いつもより少しおしゃれをした面々で、新入生の皆さんをお出迎えしているのだ。
駐車場にはお手伝いの皆さん、大学の正門には三上先輩と早瀬先輩、本校舎付近にはティアと佐藤さん、渡り廊下付近には僕と森川さん、体育館入り口には柴本さんと東浦先輩、体育館の中には楠先輩と相川先輩、おっさん二人が配置されている。
「女の子は…みんなかわいいと、常々言っているでしょう?もちろん、その中に森川さんも含まれているよ?とても似合っているね、……髪飾り、手作り?」
新入生の皆さんに笑顔を振りまきながら、横に立つ森川さんに言葉をお返しする。ヘーゼルアイが際立つ、落ち着いたカーキ色のスーツがよく似合っている。ちなみに僕は、ジャケットにスキニージーンズを合わせてカジュアルにまとめてきた。スーツはもうこりごりって言うか。
……いつもすっぴんなのに今日はナチュラルメイクが施されていて、実にこう、お姉さんぽいオーラが漂っているな、おかしな口調が似合わない感じだ。地味にこの人化粧換えするんだよね……。ついつい物珍しくてまじまじと見つめてしまったら……なんだい、その大きく開けっぱなしになっている口は。
「あのね、あたしの事はいいって言ってるでしょwwwいくらユカユカがいないからってね、あんまりタラシまくるとチクるぞwww」
「はは、それは怖い。でも……、僕は由香の事しか眼中にないからさ。」
今日の学生会の仕事は、新入生の受付と誘導、挨拶のみ。学生会の会長あいさつは相川先輩がすることになっていて、朝からカンペを穴が開くほど見つめつつ何度も復唱しているのがなかなかの見ものでさ。新会長の偉大さを見せてほしい所だけど、どうなる事やら。
お手伝いの人は四人、全員卒業式に手伝ってくれた人で、みんな謝礼のクオカード狙いという、実にしっかりとしたみなさんばかりだ。意外とさ、結構な値段分のカードがもらえたんだよね、卒業式の時。いいアルバイトになるというので、はりきってお手伝いをしてくれているんだけど、いまいち名前が覚えられないんだよなあ。今後もお世話になるかもしれないし、あとできちんと確認をしておかねばなるまい。
なお、謝礼が出るのは、年間行事のうち卒業式と入学式だけらしい。親睦旅行は旅行代金がかかるし、学園祭は売り上げが出るので学生部からは何も出せないとのこと。経費をケチっているんだか太っ腹なんだかよく分からない。
入学式は午前中で終わるので、お昼に学生会メンバー全員で集まって学食でランチをしながら年間計画を話し合うことになっている。何でも羽矢先生の奥さんが入学式弁当?を作ってくれたらしい。
「ユカユカも大変すなwwwこんなにグイグイ来られたらそりゃあプンプンもするわwww」
ムム、それはもしや、桜祭り会場でベストカップル賞にノミネートされた時の事を言っているのかい。
昨日その前、桜祭りの会場でさ、僕はずいぶん由香を怒らせてしまってだね。わりと機嫌を直してもらうのに苦労してしまったんだよね。
みんなで菊城を見学した後、出てすぐのところで、祭りスタッフの人に呼び止められちゃってさ。一旦は断ったんだけど、茶席に座ろうとした由香をエスコートした時、やっぱりどうしてもって懇願されて…断りきれなくて。二人で東浦先輩の上がったステージに登ることになっちゃって。まあ、そのステージ上でだね、うん、そうだな…ちょっと、やりすぎた。
―――彼女の魅力を一言でお願いします!
―――うーん、由香の魅力は僕一人が知っていればいい事なので、内緒にしておきます。モテたら困っちゃうでしょう?僕、独占よく強いんで。
―――~~~っ!!!
―――はい、おなかいっぱいですね、堂々と惚気られるとはねえ!ありがとうございますっ!!ひー熱い熱い!ここ、真夏だったっけ?!
舞台下でチーズハットクをかじっていた東浦先輩が、あんぐりと口を開けたままにしているのを、僕は赤いカーペットの上からしかと見た。伸びたチーズが地面に落ちる瞬間もばっちり見させていただいた。その横で森川さんと布施さんが手を取り合って赤くなっているのをばっちり確認したのち、真横で真っ赤な顔をして涙目で僕を見上げる由香に目を向けると…ポカポカとやられて。それをまた、司会者にいじられてだね。
舞台上だし、マイク向けられているから、痛いよという事もできず、やめてほしいなあって気持ちを乗せつつ、小首を傾げてじっと由香を見つめたら、司会者が赤い顔してこちらを凝視するとかさ、会場から悲鳴?が聞こえるとかさ。なかなかできない経験をだね、させていただいてだね。
「おかしいね?僕は由香を怒らせるつもりは毛頭ないんだけど。」
「いけしゃあしゃあとwww」
うーん、なんでいつもこうなるのかな、なんていうか、僕ってひょっとして…ずいぶん、やらかしていたりするんだろうか。
「……どうしたら由香は僕の気持ちを受け取ってくれるんだろう?いつも真剣に気持ちを伝えているのに、どうも空回りするんだよね…。」
「……何、それは本気のやつなの、それともいつものリップサービス的な奴なのw」
……うん?なんだか、いつものへらへらした森川さんの語尾が、少しだけ真面目になった、ような?
「そうだね…、なんていうんだろう、僕はずいぶん、いや、まるで恋を知らないから、よくわからないというのが、正直なところで。由香は大切な人だよ。けど、好きという言葉では、気持ちを表せないというか……これが、恋なんだろうか。友達としての慕う気持ち?いや、違うな……。」
何だろう、この、うまくいえない、感じ。
まっすぐ見つめることはできるけれど、まっすぐぶつける心が、定まらない、感じ。
可愛いなと思うけれど、ただの可愛いとは明らかに違う、でもどう違うのかはっきりしない、感じ。
由香と同じ時間を共に楽しみたいと願う気持ちと、自分の心が平行しない感じ。
恋というには、何か、大切なパーツが、足りていない、感じ。
友情というには、違う感情が混じりすぎている、感じ。
「石橋君、ユカユカをからかってるわけでは、ないんだよね?恋に落ちる覚悟ができていないってことなのかも?あたしは偏見はないけど、世間一般では、女の子同士の恋は……風当たりが、強いよ。石橋君に、その風を受け止める自信、ある?」
笑いのない、真剣な言葉が、僕に届く。
まっすぐ僕の目を射抜く、真剣な、眼差し。
友人として、真面目に、僕に問うているのだ。
由香が、悲しむことの、ないように。
僕が、悲しむことが、ないように。
「僕はもう、由香を泣かせることはしないって、決めているよ。……でも、ただ、それだけで。風が吹くのを、待っているというか、…うん、僕は多分、とても、ずるいことを、していると、思う。」
「あたしは、石橋君もユカユカも二人とも大切だから、二人が幸せでいて欲しいと思うよ。……もし、誰かが泣くようなことがあったら、遠慮なく怒るから、覚悟しとけwww」
ちょっぴりほっぺたが赤くなっているのは、照れているから?……真剣なアドバイスと、思いやりのある言葉に、僕も胸が熱くなってしまうな。……森川さんは…大切な、友達だ。大切なことをたくさん教えてくれる、かけがえのない、友達……。出会えて、仲良くなれて、本当によかったと、しみじみ思う。
「じゃあ、僕が泣いたら、由香のこと怒ってくれるんだよね?…頼りにしてるよ、はは。」
「へいへい、まかせろwww」
「石橋くーん!もうじき入学式始まるから、中はいろー!」
いつもの調子で軽口を返されたところで、渡り廊下にずしずしと地響きが。
どうやら間も無く入学式が始まるということで、各所に散らばっていた人員が体育館に向かべく集合したらしい。
「おつかれ!ねね、今年の入学生にあたしより大きい子いたよ!見た?」
「……れ…ま、です。」
「おつかれサマーでーす!」
「お疲れ様、相川の勇士、みんなで見に行こうか。」
「あああ!私心配で心配で!!大丈夫かなあ、泣き出したりしないかなあ!」
「ゆうちゃんは案外キモ座ってるからwww」
「無事終われば、おいしいご飯が待ってるだけだもんね。」
去年、一人でここに来て、仲のいい人ができるのか、不安を覚えたのを思い出す。
一年で、こんなにも気を許せる仲間ができたことに…はは、驚きだ。
……来年は、どうなっているのかな?期待が胸に広がるのは、気のせいなんかじゃ、ない。
「まあ、相川先輩の無事を、皆で祈りましょう。」
僕は、桜舞い散る渡り廊下を…大切な仲間たちと共に、騒がしく後にしたのであった。




