お花見と誕生日パーティー
二年生の前期の講義が始まる日を来週に控えた四月四日、僕と由香、森川さんと布施さんは、柳ヶ橋商店街を抜け、流川にかかる大橋の上を散策している。ここは去年由香と一緒にデートをした場所で、少々思い出深い。まあ、何度も歩いている道ではあるんだけどね。なんていうんだろう、初デートの思い出っていうのはさ、美化されがちというか。
「うわ!!すごく綺麗!!めっちゃバエル!!ユカユカ、写真撮って!」
「あっちに撮影スポットあるから、みんなで撮ろうよ!」
「いいねえwwwその前に橋の上から一枚とるべwww」
橋の上から望む景色はかわいらしくほのかな桜色に染まっており、所々に色鮮やかな桃色や紅色が混じって、実に鮮やかだ。心なしか山の頂上にあるお城が照れているように見えるのは…気のせいかな。
「おー、バーベキューやってるwwwすげえな、クソ寒いのに川で遊んでるやつもいるwww」
「天気いいからね、日陰がないと結構暑くなるんだよ。昨日は長兄も海で泳いでいたし。」
橋の下では、いわゆるリア充の皆さんやファミリーがバーベキューを楽しんでいるのが見える。時折いいにおいがしているのは、このせいだな。お昼が近いこともあっておなかが鳴りそうだ。
「へえー、バーベキューできるんだ!じゃあさ、今度はみんなでバーベキューしにこようよ、楽しそうじゃない?」
食いしん坊の布施さんらしい提案だ。だけど…少々由香の表情が、硬い。確か去年、バーベキューの話をした時も、少し悲しそうな顔をしていた。たぶん、何かいやな思い出があるのだと、推測できるのだけれども。踏み込んで聞く勇気が、ないまま一年が過ぎてしまった。……今年は、少しは聞くことができるだろうか。
「あのね!バーベキューは準備がすごく大変なんだよ!コンロにタープ、炭にトングに網に割り箸、着火材に椅子、さらに食材!!いくらふーちゃんが行動派だからって、並大抵の意気込みではとても決行できないからね?!」
「なに、かわらの石積んでかまど作ってさあ、焚き火で釣った魚焼いたらいいんじゃないの?」
「ワイルドすぐるwww」
「釣堀ならいざ知らず、川釣りはかなり難しいよ。流れがあるとすぐにウキが流されてしまうからね。」
布施さんを諭すように話をする由香の表情は…うん、少し強気のいい顔になっている。友達と話して気分が紛れることは、あるよね。辛い記憶があるのであれば、楽しいイベントの記憶で塗り替えていけたらいいと思う。今年はなるべく友達を巻き込んで由香を色んな界隈に連れ出そう、よし、決めた。
年頃の女子四人…僕は女子に見えないかもだけど……まあいいや、集まって、これからどこに行くのかというと。
「ここが一番の絶景ポイントなんじゃねwwwも~さ、ここでいいじゃん花見と誕生日会wwwあそこにベンチあるしwww」
「こんな橋のど真ん中で?!ダメダメ、今日は菊城に行くって決めたんだから!せめて桜祭り会場行くよ!」
ああ、ベンチに腰を下ろした森川さんが、布施さんに腕を取られて…よたよたと歩き始めたぞ。チビッ子で歩幅が狭いからなあ、ここまで歩いてくるだけで疲れちゃったんじゃないの。ちょっとぐらい休ませてあげないとかわいそうな気がしないでもない。
「彼方、おべんとう重くない?持つもの変わろうか?」
「僕は大丈夫だから、森川さんのバスケット持ってあげて?」
……今日はみんなで、ハメをはずしましょうというお話になっているんだ。僕がお弁当の袋を持って、由香が敷物一式、布施さんがドリンク類、森川さんが取り皿一式を持って、準備万端でこの地に乗り込んできた次第でさ。森川さんお手製の花見弁当をいただきながら、盛大に花見をしつつ……僕の誕生日をお祝いしてくれることになっていてだね。
……地味に友達に祝ってもらうのは初かもしれない。春休み中だからさ、友達に祝ってもらう機会がなかったというか。だいたいいつも、誕生日を聞かれてはもう過ぎちゃったんだねと言われるパターンがだね。…決して友達がいなかったわけじゃないけど、多くはなかったというか。イベント好きな友達がいなかったこともあるな……、なんていうんだろ、プレゼントをもらう事はボチボチあったけど、仲のいい友達が集まって祝ってくれるとか、そういうはしゃいだ、砕けた感じの事は、初めての事で…若干、いや、かなり、戸惑っている自分がいる。こういうのって、どうやってはしゃいだらいいのか良く分からないというのが、本音だ。
照れくさいような、くすぐったいような、なんともいえない感情を持ちつつ…、僕は花見会場である炎葉山に向かっている。この山は標高300メートルほどで、山頂には菊城というお城が聳え立つ。なだらかな傾斜のある山は徒歩で登ることが可能だけどロープウェイも架かっており、景色を気軽に楽しめる観光名所となっている。県庁近くにあるというのに自然が豊かで、地元民に愛されているそうだ。すぐ横にはリス園があって、餌やりなどもできたりするんだって。この橋を渡るたびに由香が薀蓄を教えてくれたから、知識だけは増えてしまった。今日は実体験をぜひこの身に刻んで行きたいと願っていたりするわけなんだけれども。
この時期は毎年この辺り一帯で桜まつりが開催されているので、せっかくだしみんなで行こうという話になったんだ。橋の上には、ド派手なのぼりがいくつもはためいている。出店や催し物もかなり多そうだ、ここに来るまでの柳ヶ橋商店街もずいぶん活気づいていて、人通りが多かった。…桜が満開且つめちゃめちゃいい天気で、絶好の行楽日和だからなあ。帰りにケーキバイキングに行こうって話になってるけど…入れないかもしれない。
「わあ!!わたあめ売ってる!!いちごあめもある!!うわあ、クレープめっちゃでっかくない?!ちょっと買っていこうよ!!」
「うわあ、じゃがバタ美味しそう!!ちょっと待って、スティックワッフルだって!うわあ、ねこのクッキーのってる♡」
「ひー!何この肉巻きおにぎり棒wwwつかレインボーフードって何ぞwww買うかwww」
橋を渡り終えてすぐの沿道に立ち並ぶ、色とりどりの屋台にくぎ付けになっている女子がおよそ三名いるぞ。いつもの慎重さが、イベント会場のハイテンションな雰囲気に押し流されておかしなことになっているみたいだ。僕がしっかりしないと大変なことになるに違いない。
「ちょっと待った!!目移りが激しい所だけど今日は森川さんのお花見弁当があるからね、あとにするよ!!…あ、ほら、あの芝生のあたり、良いんじゃない?」
おなかが減ってるから出店に引き寄せられてしまうんだよ。お城まで行くのにお弁当は重いからね、ふもとの景色の良いところで早く食べてしまいたい。……森川さんの絶品料理を早く食べたいという気持ちもある!!僕はお弁当の袋を持ったまま、花見を楽しむ人がたくさんいる芝生の方へと足を向けた。
「はーい、石橋君お誕生日おめでとうwwwビバ二十歳!!」
「ふふ!おめでとう!どうですか、成人した気分は!」
「おめでとー!!!」
「あ、ありがとう。」
桜吹雪が舞い散る中、お花見兼誕生日パーティーが始まった。
周りには大学生と思われるグループにファミリー、高校生と思われる集団もいるな、あれは敬老会かな、やけに年齢層の高いグループもいる。わりとみんな大人しく花見を楽しんでいるなあ、土地柄なんだろうか?うちのあたりの花見は、それはそれは大騒ぎで酒飲みが溢れていて、毎年流血騒ぎがあったりするから…ちょっと感心してしまうな。まあ、海の男たちの宴会だから、血気盛んなのは仕方ないけどさ。山の人たちは穏やかなんだな……。
「さー食えwwwさくらこたん特製の桜懐石だよんwww」
「うはあ!!めっちゃおいしそう!!すごいね、よくもまあこんなに作った!!」
「私もちょっと一緒に作ったの、モーリーの手際の良さと言ったらもう!!お母さんみたいでね?!」
大きめのレジャーシートを持ってきて大正解だった。五段に及ぶ重箱を広げてもまだずいぶん余裕がある。すごいなあ、森川さんの本気の手作りパーティー料理がずらりと並んで圧巻だ。桜のシーズンを意識したピンク色の茶巾寿司に大きなだし巻き卵、エビチリにから揚げ、シュウマイにパンプキンサラダ、お洒落なフライの串にミートボール、枝豆の炒め物にサンドイッチ、カラフルなゼリーにシフォンケーキまで!!すごいな、こんな料理を毎日食べられるとか、森川さんを嫁にもらえる旦那さんは本当に幸せ者だぞ……。
「森川さんはいい奥さんになりそうだね。僕は料理はからきしだから正直尊敬するよ…。」
「えへへwwwそおwwwてれるー!まあまあ、腹いっぱいお食べなさいwww」
「あの予算でこんなに作れるとかさ、絶対いい嫁になるよね、ねえ、唾つけといてもいい?」
「ふーちゃんは彼氏がいるでしょ?!おかしな道に走っちゃダメだよ!!」
布施さんには中学校の時から付き合っている二歳年上の彼氏がいるらしいんだよね。お酒が飲めるようになったら、みんなでコンパでも開こうかという話になっているんだけれども。…今年は行けるようになるかな?僕は別に彼氏なんかほしくはないけど、一度くらいはそういうイベントを見ておきたい気持ちがあってだね。
「この玉子焼き、最高においしい、いや、ミートボールも、カボチャも…全部おいしい!!素晴らしい誕生日プレゼントだ、僕一生忘れないよ。」
「そんな大げさなwwwまた来年もそのまた先もいつだって作るしwww」
やけに神妙な表情の森川さんをはじめて見た気がするぞ。…テレてるのかな?モグモグとサンドイッチを食べる姿がやけに可愛らしい。
「うんうん、来年もここにこよう!!お酒持ってさあ!!うわー、この茶巾寿司、もぐもぐ、美味しすぎる、ちょっと待ってこのエビのぷりぷりはいったい…モグモグ!!!」
「そうだね、みんなで乾杯、楽しみ!ふふ!」
時折、桜の花びらが重箱に入り込むのもまた乙なものでさ。日本の風流ってこういうのを言うのかもしれないな。美しい景色に美味しい食べ物、かわいい女子…楽しい時間を共に過ごす友達に、居心地のいい……
どた、どたどたどたどた!!!
「ああー!やっぱり!!石橋君と桜子ちゃんじゃん!!!なに、お花見?!あ、彼女もいる!ええとあなたは知らないな、はじめまして!!」
感傷に浸っていたら、ずいぶん重みのある歩みの音が聞こえてきて!!!なんだと思った次の瞬間、ずっしりとした甲高い声がして!!シュウマイを口に入れたままふり返ると、そこにはゼッケンをつけた東浦先輩の姿が!!!…何かのイベントに出るらしい、エントリーナンバー三番って書いてある。やけにハデなスタイルをしているぞ、いくらお祭り騒ぎだからって、ちょっとやりすぎなんじゃないかい。即刻突っ込みたいけど、先輩だからな…。
「は、はじめまして??」
「布施さん、この人はね、学生会の東浦先輩だよ。」
「なに、ももちゃんなんかイベント出るのwww」
「うん、もうちょっとしたら中腹にある桜ステージで桜餅の大食い大会が開かれるんだけどね、それに出るの。ドリンク飲み干しちゃったから、買いに来たんだ。」
「ええ!!すごい、ねえ、見に行こうよ!!」
……優勝する展開しか予想できないんだけど。




