デート
ガタン…ゴトン…
昼間の2両編成の電車は、そこそこ混んでいる。桐ヶ丘駅から2つ先にある駅近くに女子高があるようで、そこの生徒さんがたくさん乗っていた。普通の親子連れや老人もボチボチ乗っている。小さな私鉄沿線とはいえ、利用客は少なくないようだ。僕と由香は、出入り口ドア横で、並んで立っているのだけれど。
「由香、もっとこっちにおいで。次の駅でまた学生さんが乗ってくるよ。」
次に停まる野々宮駅にも、高校があるんだ。…ああ、車内から学生さんたちが並んでいるのが見えるな。ずいぶん、乗ってきそうな予感がする。
「つり革はちょっと手がきついんだよね。出入り口の持ち手の近くがいいんだけどなあ…。」
僕が今立っているのは出入り口横の持ち手のすぐ横で、ここには座席はない。車両運転席がすぐ横にあるのだ。運転席はチェーンで仕切られているだけなので、すぐに侵入できそうなのが少し怖いというか、フレンドリーなつくりになっているというのか…。
「じゃあ僕が持ち手を持つから、由香は壁際の方に凭れて…僕の腕掴んでたらいいよ。さ、こっちに。」
由香を壁際に追い込んで、持ち手を持つ僕の手で囲い込んで、立つ。はは、なんか独り占めしてるみたいだな…あれ。由香が赤くなってるぞ…。
「ねえ!!なんで彼方ってこう、その、いちいち全部タラシてるっていうかっ!!」
「たらしてない。」
駅について、学生さんたちが乗り込んできた。男子学生が少ないような気もするけど、こういうもんかな?混みあってきたので、すかさず由香を自分の方に引き寄せる。引き寄せた時に、由香の髪が僕の腕に絡んで…乱れてしまった。
「ごめん、ちょっと触るね?」
由香の髪を指先でクルリ、クルリとねじって、ふわふわカールを元に戻す。毛先だけカールのかかったやわらかい髪が、僕の指先でかわいらしく丸まった。
「っ、うう…こういうとこ…。」
「え、何言ってるのか、よく聞こえないよ?何?」
僕が由香の耳元に顔を近づけると。
「「「きゃあああ!!」」」
なぜだ。座席の女子高生たちが、声をあげてこっちを見ていた。よくわかんないけど…かわいいので笑っておくと、何やら下を向いてしまった。なんだい、あれは。
二両編成の電車がガタンゴトンと派手な音を立てて閑静な住宅街を通り抜けると、アーケードが広がる商店街が現れた。柳ヶ橋商店街は、少しレトロな雰囲気を纏った県内屈指の繁華街で、若い人たちからも注目を集めているスポットなんだ。僕が毎朝通学するときはこの駅を抜けて、終点までのってしまうから下りたことが無いんだよね。
「柳ヶ橋~柳ヶ橋、お忘れ物ございませんようお気を付けください。」
僕と由香は繁華街横の、大きな道路の真ん中にある駅で下車した。乗車中は気が付かなかったけど、すごい駅だ。片側三車線一方通行の道路の真ん中に線路が2本並んで、この駅ですれ違うようだけどバスレーンもあるから車同士のせめぎあいがすごい。アーケード側に渡る信号待ちをしている今も、車と電車がぶつかりそうだ。…このあたりで自動車免許はとりたくないな。
「ね、お店はあっちだけど、ちょっとだけ一緒に散策しない?」
「散策?どこかにいい見どころでもあるの?」
由香が僕を見上げている。僕はこの辺りには詳しくないから、由香に任せておけばたぶん大丈夫なはず。
「柳ヶ橋はね、流川があってね、そことお城をつなぐ景色がちょっとしたスポットになってるんだよ。彼方は柳ヶ橋初めてなんでしょう?見ておいてほしいかなって思って。」
「由香のおすすめなら、間違いはないね、連れてってくれるの?」
「うん、ちょっと歩くけど、すごく見晴らしがいいよ!」
由香がニコニコしている。僕もつられて、ニコニコしておく。
「じゃあお願いしようかな。」
由香の案内で、少しざわつく街並みを歩く。アーケード街とは反対方向に、大きめの道路が走っていて、おしゃれな店とレトロな店が混在しているのが見ていてとても楽しい。…へえ、駄菓子屋さんもあるのか。僕はこう見えても駄菓子が大好きで…。
「ねえねえ!彼方!ちょっとお菓子買ってっていい?私このお菓子大好きなんだ!」
由香の選んだお菓子は、僕が子供の頃よく買っていたオレンジシガレットだった。一般的にはココアシガレットなんだけど、僕はこっちのほうが好きなんだ。好みが似てるなあ。
「ちょっと買っていこうか。僕も駄菓子は好きなんだ。じゃあ、おやつだから…200円まででね。」
「うん、わかった!」
ちょっとした遠足気分だ。僕はオレンジシガレットと、ミニドーナツ、金平糖にかば焼きシート…あとは何を買おうかな?あ、ビンラムネがある、これにしよう。
由香を見ると、オレンジシガレットに串カステラ、袋入りの綿菓子にヨーグル…フルーツ餅。
駄菓子屋の前にベンチがあるので、座って一緒におやつを頂くことにした。
「ふふ、彼方がビンラムネ!」
「由香だってヨーグルの小さいスプーン、ずいぶんかわいらしいじゃないか。」
二人で並んで駄菓子を食べていたら、近所の子供たちがたくさんやってきた。くじ引きをするようだ。ここはいろんなものが置いてあっていいなあ。僕の家の近所の駄菓子屋はずいぶん保守的というか、どこででも買えるような袋菓子ばかり置いてて、つまらないんだよ。
駄菓子を食べ終わって、市街地を抜けると、大きな橋が見えてきた。ずいぶん開けているな、空が広い。橋の向こう側には山々が見える。天気がいいから頂上のあたりもくっきり見える。どうなんだろう、冬になったらスキーに行けたりするのかな?山は近くに見えて結構遠いからなあ…。
「ここが流川だよ。大きいでしょ、向こう側に渡ると、お城も見えるよ。」
「お城があるんだ、へえ…。」
橋の中央まで来て、広い川を一望する。砂利の多い川なのか、細い水流が何本か流れている。釣りをしている人もいるようだ。端の方では、タープを広げている人も見える。
由香が橋に手をついて、遠くを見つめている。ふわふわの髪が、風になびく。遠くを見る目が、少し切なげなのは、気のせい…?いや、気のせいなんかじゃ、ない。由香の大きな目が、少し潤んでいる。
「由香、何か思い出してるの?」
「っ、ううん、…ふふ、風が少しだけ、目に染みたかも?景色が奇麗すぎて、瞬き忘れちゃった。」
強がってるのが、よくわかる。けれど今、踏み込んでしまったらきっと由香は悲しみに包まれてしまうだろうから。気付かないふりをして、にっこり微笑みかける。
「そっか、ちゃんと目は閉じないとね。ああ、でも、僕の目の前で不用意に目を閉じたら唇がヤバいかも?…なんてね。」
「っ!!だから!!もうっ!!!」
よし、悲しみが吹っ飛んだみたいだ。
橋を渡り切って、振り返ると、山の頂上に城が立っているのが見えた。所々ピンクになっているのは、今が桜のシーズンだからだろう。花見イベントも行われているようだけど、週末だけの模様。土日はアルバイトが入っているからな、行けそうもないのが少し残念だ。…来年は休みを取って一度くらい見に行きたいな。
流川を散策した後、柳ヶ橋商店街へと向かった。アーケード街は夕方という事もあって、人通りが多い。スーパーや量販店、アパレルショップにホビーショップ、ずいぶんいろいろあるんだなあ。若干飲食店が多いかな?おしゃれな居酒屋が何件かある。古本屋も何件か見つけた。なんだなかなか魅力あふれる商店街じゃないか。また時間を見つけて絶対に来ることにしよう、うん。
「あ、このお店だ、彼方、ここよ、行こ!!」
最近できたというアパレルショップは、新装オープンの香りがした。新しい店のにおいっていうのかな。ずいぶん明るい、カジュアルなお店みたいだ。でもマネキンが着ているのは、由香によく似合いそうなフェミニンなものが多いな。うーん、この淡いブルーグラデーションのワンピース、色がクールな割にレースがちゃんと配ってあって、しっかりかわいいから絶対由香に似合うと思うんだけどな。由香はパンツをセレクト中みたいで、こちらには気が付かない様子。
「何かお探しですか?」
ショップ店員さんが声をかけてきた。シンプルなシャツにデニムパンツ。ソバージュのきつい金髪が、片側でまとめられておろされている。派手な髪型がシンプルな装いを華やかにしているのか。すごいテクニックだ。
「いや、僕はあそこでパンツを見ている彼女に似合う服だなあと思ってみてたんですよ。…このワンピース、かわいいでしょう?」
「ああ、彼女さんのですね、これはですねって…女子?!」
店員さんが僕の胸のあたりを見て、驚いている。なんだ、またこのパターンか。仕方がないなあ…。
「ええ、僕は女子なんですよ、ほら、胸あるでしょう?僕に合いそうなTシャツありますか?」
「あわわ…超絶カッコイイですね、びっくりしました。ええと、こちらに…。」
さすが新装オープンだ。かなりいいものがお値打ちでそろっている。僕はあまり派手過ぎないものを2枚選んで購入することにした。僕が支払いをしていると、由香も選び終わってレジにやってきた。
「良いの選べた?」
「うん、ここすごく良いお店だった、また一緒に来よう。」
「ありがとうございます!」
ニコニコの店員さんは、僕と由香におそろいの靴下をおまけでくれた。シンプルな黒いソックスだけど、つま先にハートが一つプリントされている。こういう遊び心のある感じがいいんだよ。
店を出ると、辺りは少しだけ薄暗くなっていた。楽しい時間は過ぎるのが早い。
「僕との初デートはいかがでしたか?」
「ふふ!楽しかったよ!また行こうね!!」
僕の甘言に由香が慣れてしまった。…よし、次からはもっとグレードを上げていこう。
僕の決意などまるで気が付かず、由香はにこにことしている。…二両編成の電車が車とぶつかりそうになりながら駅に停車した。反対方向からも、電車がやってきた。
「じゃ、また明日。」
「うん、また明日!」
僕と由香は、反対方向の私鉄沿線に乗り込んだ。