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…窓際には、君が  作者: たかさば


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におい

「…なんかカナキュン、美味しそうなにおいしてない?」


 二時間目のテーブルマナーの教室に行くと、食いしん坊の大崎さんが食いついてきた。しまったなあ、消臭スプレーでもかけてきた方がよかったかも?自分じゃ気が付かないけど、結構匂うみたいだ…。端っこの方で由香と森川さんが数人に囲まれているのが見える……、ああ、あっかりんたちも寄って来てるぞ、これはかなりのゼミ勧誘力を発揮するに違いない。


「ああ、東洋美術史のゼミの懇親会にお邪魔して、餃子をいただいてきたんだよ。」


 僕もなんとなくこう、不本意ではあるものの、ゼミの布教活動を、少々。まあ、食べた分ぐらいはね、役に立っておかないと、寝覚めが悪いというか。


「ええー!何それ!!うちも食べたかった!!」

「いいなあ、それって何、タダ?食べ放題?」

「もしかして餃子作ったの?すごい!!!」

「なんかカナキュンのそばにいるだけでおなかすくんだけど!!」


 秋元さんが思いのほか詰め寄ってくるぞ!!大崎さんの目が激しく輝いている!川村さんの目は本気だ!……ちょっと、笠寺さん!!!僕をにおうのはやめてくれない?!


「今日は東洋美術史ゼミの懇親会があってね、僕は三年になったらゼミに入ることを希望しているから参加させてもらってきたんだよ。ゼミに入りたい人は歓迎するって言ってたから、もし興味があるなら来年の懇親会に参加したらいいんじゃないかな。参加費はね、学校から出るらしくて、タダだったよ。」


「ええー東洋かあ、なんか地味なんだよねー、興味あるふりして餃子だけ食べに行こうかな!!」

「うちは行ってみたいな!一応三年のゼミの二つ目、東洋にするか美学にするか迷ってるし!」

「アッキーもカナキュンも、もうゼミのこと考えてるの?!すごい!!私興味ないけど参加してみようかなあ。でも、どっちかというとデザイン系希望なんだよね……。」

「あたし全然東洋に興味ないんだけど、どうしよう!!てゆっか、ゼミ全般に興味ない!!」


 餃子人気はものすごいけど、東洋の人気はさほどでもなさそうだ。餃子を食べたい人を連れて行って誰もゼミに入らないという展開と、東洋に興味のない人たちを排除する方向で誰一人懇親会に参加しないという展開、どっちが望まれているのだろうか……。いずれにしても河合先生は落ち込むことになりそうだな。助教授として、人間として、成長をしなければ今後の東洋美術史ゼミに人を呼び込むことは難しそうなんだけど、あのおっさんには相当な無理難題というか、なんというか。


「ゼミの裏話も少し聞けたよ。懇親会はどのゼミでも開かれているらしくてね、美学はかなり人気で、お菓子とお茶だけだったんだって。日本史はそこそこの人数で、日本庭園で茶会をやったそうだよ。僕個人としては、興味のあるゼミに顔を出した方がいいかなって思うけど…東洋は人気ないみたいでさ、勧誘して来いって河合先生がうるさくって。」


「ええー、美学って確かものすごいおじいちゃんの先生なんでしょ?なんか入学式の時にふがふが言ってた人!そこが一番人気?なんか意外……。」

「あの先生ね、めちゃめちゃ温厚で、絶対怒らないらしいよ。美学一の癒し系キャラなんだって先輩が言ってたもん。」

「優しい先生の方が人気はあるよね、二年間お世話になるんだからおかしな先生だと困っちゃうもんねえ。最悪卒業できなくなるかもだし!」

「あの授業内容じゃあねえ……、東洋はないわ……。」


 この不人気っぷりと言ったらもう。最悪僕しか入らないんじゃないのか、東洋美術史ゼミ……。いくらなんでも、一対一は嫌だぞ……。


「来年の四月に懇親会やるみたいだから、その時は声かけるね。とりあえず餃子だけ食べにきたらどう?かなりおいしかったよ。僕あんな大きな餃子初めて食べたんだ、……見る?」


 僕は先ほどスマホに収めた、ぶりっぶりの餃子の画像を皆さんの前に差し出し


「ギャーーー何これ!!餃子?!うそー、こんなの餃子じゃ……ない!!!」

「一見おいしそうじゃないのに、この肉汁溢れる感じ!!絶対おいしいやつ!!!」

「大きすぎない?!こんなの一個食べたらおなかいっぱいじゃん!」

「すごい、手作り感が…すごくてすごい!!!」


 ぼ、僕のスマホをうばって凝視する面々―――!!!





「あああ!!ごめんごめん、今開ける、今開けるから!!!」


 テーブルマナーの授業が終わって、学生会室に向かうと…いつも通りに三上先輩が駆け寄ってきた。……毎回思うんだけど、そんなに急いで走ってこなくてもいいんだけどなあ。開いてなくたって、待ってることは別に苦にならないんだし。扉の前で待ってるのがいけないのかなあ、今後は隠れて待っていようか……。


「あ、はわわ、ししばし君、もりかばさん、先ほどはずいぶんお世話になり!!無事完了しまして、ご安心、ご安心!!!」


 学生会室のテーブルに買ってきたばかりのコーヒーを置くと、なんとも落ち着きのない、慌ただしさ満載の自信なさげな声が聞こえてきた…。なぜこの人はこうも追い込まれているのだろう……。僕なんか焦らせるようなこと言ってるのかなあ。


「楠先輩、落ち着いてください。お世話になったのはこちらの方で…ありがとうございました。」

「うっぷwwwあたしゃまだ腹がいっぱいで今にもこう、こみ上げるもんが・・・。」


 チビッ子なのに僕より多く食べてたからなあ、森川さんがおなかをなでなで、口を押さえているぞ。保健室に行って胃薬でも貰ってきた方がいいんじゃないの。食後ってさ、わりと胃袋が膨張するんだよね。食べたものが水分を吸って膨らむっていうか。僕もテーブルマナーの授業中おなかが苦しくってさ、大変だったんだ。


「Hi!!さくらこちゃん、どした?かなり気の毒だねー、サイダーでも飲みますかー!」

「いやむりwww気持ちだけもらっとくww」


 ティアが水滴の付いた炭酸水を差し出しているけど…そんなの飲んだら逆噴射間違いなしだ!!


「・・・ぁの、これ・・・・・・、・・・みます・・?」

「おおwwいいの?!これいつも飲んでる百田健胃タブレットだ!ありがとー!!!」


 あれは…コンビニでよく見かける、水なしで飲める胃薬…かな?そういえば、柴本さんは恐ろしく小食で、少しご飯を食べただけですぐ胃もたれするとかなんとか言っていた。なるほど、不測の事態のためにいつも胃薬を常備しているのか。…確かに、東浦先輩や結城先生の爆食を見ているだけで相当おなかいっぱいになるもんなあ。僕も分けてもらおうか…このお昼の爆食風景を乗り越える自信がないぞ……。


「ういーっす!!なんかさあ、佐藤さんうっぷ来週来るって!今日退院して、今週いっぱい休んでから顔出すって電話かかってきたよべふー!!」


 いつもよりおなかまわりがはち切れそうなおっさんが現れたぞ……あれは相当餃子を食い荒らしたに違いない、何だあのテカテカと輝くほっぺたは!!…油にまみれた中年の輝きなんか求めてないぞ!時折不愉快な吐息をまき散らしながら、ドカンと椅子に座った、その手には…六個入りのまんじゅう?!まだ食べるつもりなのか!!!


「おつー!……なんかいいにおいしない?焼肉でも食べに行ったの?」

「違いますよ、ゼミの懇親会で餃子を作った残り香ですね。僕と森川さんと、楠先輩に結城先生、あと河合先生が匂うんで、すみません。」


 東浦先輩が鼻をクンクンさせながら…おにぎりを食べ始めた。まさか学生会室内の匂いをおかずに食べてるんじゃないだろうね。……すごいぞ、トートバッグの中から色とりどりのおにぎりが次から次へと出てくる、なんだいあれは。もしかしてこの頃はやりの無限収納ボックスとか言う奴なんじゃないの。ひい、ふう、みい…机の上に8個、まだかばんに手を入れているところを見ると、まだまだ出てきそうだ。見ているだけでおなかが…、気のせいか、こみ上げるものが、些か。柴本さんに薬を分けてもらおう……。


「何この部屋―!すごい、チャーシューの匂いがする!!!」

「四月にもこういう事あったね。」


「は、はわー!!四月?!それは前期の東洋びじゅくしの懇親会の時でつね、あの時は焦げもあって今より香ばしく!!!」


「うーす!!お、イケメン!森川嬢!!ねえねえ、みんな東洋美術史ゼミ入りたいって言ってた?ちゃんと勧誘した?どれだけ集まった?いいから早く報告して!!!」


 やけにつやつやとしたおっさん二号の登場だ。その手にはケーキの乗ったトレイが。すごいな、どれだけ甘いモノ好きなんだ……。


「なんかみんな餃子は食べたいってwでも、東洋美術史はあんまり興味ないらしい…二人ほど春の懇親会参加希望あったけどw」


 ああ、心なしか森川さん独特のへらへらした笑みが減っているような。それほどまでに餃子の膨満感は威力を発揮しているというのか…、…あれ、机の上に突っ伏しちゃったぞ、大丈夫なのか。


「僕の周りでは、餃子食べたい人…四人くらいいたかな?参加したいのはどうだろう、一人か、二人くらい?」


 報告をしている最中、ガッツガッツとケーキを貪るおっさん…実に正視に耐えない、見苦しい食べっぷりに…ヤバイ、せり上がってくるものがあるぞ……。さりげなく、窓を開けに行くふりをして立ち上がり視線をずらしにかかる。


「ええ―マジで!!!あとは嫁の方にかけるしかないな、頼むよマジで……第一回ゼミ調査まで一か月切ってるんだからさあ!!!」


 そうか、もうそんな時期なのか。だからこんなにおっさんが必死になっているんだな、通りでいつも以上に厚かましくて図々しいと思った。

 四月の新入生説明会の時、12月の第一週、美学学科の一年生全員に「第一回ゼミ希望調査カード」が配られると、確かに聞いた覚えがある。まだまだ先の事だと思っていたけど、時の過ぎるのは早いものだ。あの頃は確か、東洋美術史の単願を決めていたんだけど……。目の端に映りこんでくる、見栄えの大変によろしくない塊を見て……考えを改めたくなっている自分がいる!!


「だ、第一回はほとんど意味ないです、なぜらら、美学も建築学も西洋美術史も日本美術史も受けてらせぬので!盛り返しは二年の冬れす、はひ。」


 そうなんだよ、この調査、実にこう、無意味の匂いがプンプンする。三年時のゼミの調整のためにアンケートを取るらしいんだけど、まだ習っていない授業が半分くらいあるんだ。東洋美術史、デザイン、芸術学の授業は今学んでいるけど、日本美術史、西洋美術史、建築学、美学については二年生にならないと学べないんだよね。映像学は夏休みの集中講義こそ受けたものの、通年で学んでいないし。単なる学生たちの趣味嗜好を確認するためだけっぽいんだよなあ。そんなものの結果に固執しないといけないなんて、わりと気の毒な気がしないでもない…と思ったけど、汚らしくケーキにかじりつく様子を見て、気のせいだと気が付いた。


「人間関係も似たような感じだったよ。一年時の調査では、児童心理学のゼミが一番人気だったんだけど、三年になってみたら羽矢先生のゼミが一番人気でね。今、40人在籍しているんだよ。」

「40人?!そんなんでゼミは成り立っているんですか?」


 30人でも大変だって聞いてるんだけど、大丈夫なのか…。いや、しかし美学の教授はずいぶんお年を召した方っぽいし、その点では羽矢先生の方がフットワークは軽いように思う。見た目的にも大喰らいの図書館司書と変わらないくらいだからなあ、たぶん50歳くらい?年配の先生方に比べたら若いわけだし、意外と多人数をまとめ上げることが可能なのかも……。


「完全放任主義だね、おかげで大変なことになってるみたいだよ。卒論のテーマすら決まってない子が多いってもっぱらのうわさで。」

「ハヤッチは聞けば教えてくれるけど、聞かない子は完全スルーだからねえ…わりと先生の性格気にしておかないと、苦労するよー!」


「その点俺は常に学生に気を配り、気付いたことは細かく口に出して伝え、豊富な知識を惜しみなく与える素晴らしい教諭であってだな!!!ね、楠くん!」

「ひゃ、ひゃひっ?!は、はははあわ、あわわわわ……!!!へい、その通りでふぐっ、は、ははは、あはは……。」


 楠先輩はウソはつけないだろうし、本当の事もうまく言えないからなあ……。明らかに挙動不審になっている姿を見て、僕はなんというか、頭を抱えたくなってしまったのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 57/57 >>> …油にまみれた中年の輝きなんか求めてないぞ!  やたら印象的でした [気になる点] まんじゅう [一言] コーヒー、そうなんだよ、けどw ああああああふん、yyyy…
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