学生会
本校舎エリアは6階建てになっている。一階が学生たちが集い自由に過ごすエリア。二階は特殊教室が並ぶ。視聴覚室、音響室、パソコンルームにディスカッションステージ、造形ルームもある。三階は通常の教室が並ぶ。四階は美学学科のエリア、五階は英米学科のエリア、六階は人間関係学科のエリアだ。
今、僕がいるのは一階。テラスが広がる、明かりの射しこむ学食と、学生が休憩できるロビー、購買部、自販機コーナーなどがあり、この時間帯は少々雑然としているようだ。…奥の方に休憩室もあるな、学食ではなくお弁当を持ってきている人や購買部でサンドイッチなどを買って食べている人がいる。生徒用に開放されているスペースなんだろう。
「あ、彼方。ご飯食べた?」
サンドイッチを持った由香に声をかけられた。これからご飯なのかな?
「うん、僕はさっき学食で。由香はこれからなの?」
「さっきまで図書館に行ってたの。今日は開館してるよ、あとで行く?」
図書館開いたんだ、気が付かなかった。これは見に行っておきたい。
「今からちょっとだけ見てこようかな。今日の午後は由香とデートだから、時間減らしたくないし。」
にっこり笑って由香を見たら、あれ、真っ赤だぞ。
「ちょっ!!だからなんで!!そういうタラシ発言をっ…!!」
タラシも何も。楽しい時間を減らしたくないって思うのは事実なんだからさ。僕はポンと由香の頭に手をおいた。ふわふわだな。
「タラシてない。待ち合わせ、してなかったよね?このあと会えなくなると困るから、決めといていい?」
「じゃっ、正門横のベンチでっ!!」
「了解。」
僕は、ポンポンと二回、由香のふわふわ頭をタッチしてから本校舎を出た。
図書館へ向かうと、サークルの勧誘をする先輩方がわんさかいた。まずいな、これは下手に動いたら勧誘されるパターンでは?声をかけられないよう、人のいない空間を選んで進んでいく。
派手な法被を着ている人や、演劇部?ドレスを着ている人たちもいる。見ている分にはとても目に華やかで、楽しいな。
「あら、あなた。話題のイケメンさんですね。」
眼鏡をかけた、少しふくよかなお団子の女子に声をかけられてしまった。150センチなさそう、僕のことを下から見上げている。かわいいけど、目力がすごい。やや大きめのアヒル口はピンクのリップでつやつやと光っている。
「私学生会の会長をしている三上と申します。あなた、執行部にご興味ありませんか。」
「ええと、すみません、僕は家が遠いので、ちょっと無理ですね。では。」
申し訳ないけど、時間が惜しい。河合先生は食べるのが早そうだから、20分以内に図書館を見て、戻ってこないといけないんだ。まあ、多少遅れてもあの先生なら大丈夫だとは思うけどね。
「私のカンでは、あなたはたぶん、ああ、ちょっとー!!!」
何か言ってるチビッ子の先輩を置いて、僕は図書館へと向かった。
昨日まで閉まっていた図書館入り口が開いている。入り口には、新刊入荷の案内や、おすすめの本の情報がイーゼルにみっちり書かれていて、司書の人のやる気と人柄がビシビシと伝わってくる。どんな人なんだろう。本のピックアップがちょっとだけ僕好みだ。
「数字に恋した私の運命」「解剖論」「いつかあなたにかかと落とし」…全部読んだことあるな。けど、また読み返したくなるようなレビューが書いてある。
中に入ると、人はまばらで静寂に包まれた心地良い空間が広がっていた。グリーンが多いのか。観葉植物がいたるところにある。…人工観葉植物かな?いや、でもあのパキラはたぶん本物だ。ずいぶん大きい。蔵書は大学内図書館という事を考えれば、かなり多い方だと感じた。壁際は180センチの棚がみっちり並んでおり、中ほどに並ぶ棚は130センチほどの高さのものを取り入れているから見通しが良く、圧迫感もないし、探しやすい。
奥の方には自習コーナーが80席ほど。ペアで座れるようになっている。向かい合わせになった時に顔が見えないよう棚を挟んでいるのか。そこに荷物を置けるようになっている。テーブルライトも完備している。すごいな、至れり尽くせりだ。試験前には混みあいそうだな。
ふと、貸出カウンターの上の時計を見ると12:30、ああ、まずい。13:00から履修登録が始まるから、ちょっと急いだほうがいいな。司書の人と仲良くなるのはまた今度でいいか。ちょっと気になるけど、本を借りる時に仲良くなれる、はず。今まで僕は地元の図書館の司書のお姉さんたちとずいぶん仲良くさせてもらってきたからね。こういう予感?は当たるんだよ。
本校舎四階の河合先生の研究室は、ずいぶん狭かった。四畳半ないんじゃないのか、ここ。棚が二つと、少々汚れたテーブル、折り畳み椅子が四脚。なんだ、教授の部屋ってこう、広々としてソファがあって、そういうものなんじゃないのか。ちょっと期待外れだな。
「ずいぶん狭いんですね。ものが多すぎるんじゃないんですか。」
そう、この部屋狭いのに変な土器や埴輪がいっぱい置いてあって…ん?よく見るとこれは跪射俑では?四神鏡もある!!僕は古代東洋美術史に少々興味があって…。
「ちょっと前に研究発表があってさ、まだ片付けてないんだよ。まあ、ちょっと座んなさい。」
「おじゃまします。」
この先生はいったい何を研究しているんだ。やけにこう、ざっくばらんなものの並びをしているようにも思うんだけど。
「あのさ、学生会、入んない?」
「なんです、いきなり。学生会?僕は家が遠いからそういうのはいりませんよ。」
学生会?…ああ!さっきのチビッ子の!!
あれ、この先生、学生会の顧問?
「いや、学生会はさ、サークルじゃないから基本昼休みのみの活動で済むんだよ。君、生徒会やってたって言ってたじゃないか。ぴったりだと思うよ。何よりね、あのランチの様子!!はっきり言って、君学食行くの、きついと思うよ。毎日あんなに囲まれて飯食うの?…俺はね!!君を救おうと思って声をかけたんだよ!!わかる?!」
「ちょっと何言ってるのか、わからないんですけど。」
何だこの先生は。僕に無理やり学生会をやらせようと画策しているとしか思えないんだけど。うーん、生徒会はさ、確かにやってはいたけれど、ツレが会長やってて、そのサポートをしてただけだからあんまりこう、自主的ではなかったんだよな…。そもそも副会長なんてのは書記や会計みたいに役割がはっきりしてるわけじゃないからさ、誰かのフォローしたり、周りを見たり、そういう感じの穏やかさに包まれたぼんやりした存在であって。
「俺去年から学生会の顧問やってんだけどさ、全然人入ってくれなくてマジで困ってんだよ。今会長と書記と会計しかいない。去年一気に卒業しちゃってさ、マジでヤバいのさ。助けてくれないかな?頼む、頼めない?」
「頼みたいならまずその旨先に言ってくださいよ。恩を着せるような物言いから入っていくのは、ちょっとずるいというか…残念なイメージが沸いてしまいます。お昼の件は、まあ、助かるといえば助かりますけど、うーん、どうしようかな…。」
―――コン、コン
「はい!!入って!!」
「失礼します。」
ドアが開いて、入ってきたのは、あれ…チビッ子!
「あ、いた。」
「よう、会長!!今口説いてるわ!!会長も口説け!!早く!!!」
この先生はいったい何を言っているんだ。
「私と一緒に学生会を盛り上げていきましょう。盛り上げるつもりはないですけど。」
「盛り上げないなら僕が入る必要はないんでは?」
「消滅したらまずいんだってば!!!現状維持!!」
学生会ねえ。今会長と書記と会計しかいないってことは…副会長はいないってことだよね。そのポジションなら、まあ、やってもいいかな?だけど、こう、河合先生の思惑にすぽっと入っちゃうのが、気に入らないというか。
「あの、ほかのメンバーはどんな人なんですか?」
「会長の私は英米三年、会計の早瀬は人間関係三年、書記の相川が人間関係二年。顧問が美学の河合先生と、図書館司書の結城先生。それだけ。」
司書の先生が顧問?!
「やっても、いいですよ。」
「マジで!!ヒャッホウ!!!よし会長!!みんなにラインだ!!」
「らじゃー!」
会長はスマホを取り出し何やら忙しそうにしている。先生は奥の方に行って…なんか書類をいっぱい持ってきたぞ…。
ばさっ!!!
「学生会執行部へ、ようこそ!では、こちらの書類を進呈します。」
狭いテーブルの上に、コピー用紙?がわんさか積まれてるんだけど。…親睦旅行進行表?
「親睦旅行のさ、日程表と、計画表と、バス振り分け表と、バス内レクの計画表かな。」
「ちょっと待ってくださいよ!僕は参加者であってですね、運営側ではないのでは?」
一年生のためのイベントなのに、一年生が仕切っちゃまずいんじゃないの、これ。
「バスがね、6台出るのよ。で、バス一台につき、学生会役員が一人乗らないといけなくて。会長、会計、書記、先生二人。あと一人、どうしても足りなくて、困ってたのよね。ありがとう!!助かります!!!」
今更断るわけにもいかないか。しかたがない。
僕は乱雑に広げられた書類をひとまとめにし、一枚づつ、目を通し始めた。