反省会
「なに、なんかあったのwwwちょっと笑ってるけど。」
どうやら、隠しきれない喜びが漏れ出しているらしい。生姜焼き定食を持って学生会室に向かう僕の顔を見て、やけにニヤニヤしている森川さんが横にいる。
「結城先生の奥さんのカウンセリング効果がすごかったって事さ。」
おそらく、もし今日、奥さんと話せていなければ。僕は今頃、暴走車に巻き込まれてまた何も言えなくなっていた、はず。今頃、何も言わずに、ただ一方的に吐かれ続ける言葉を、げっそりしながら聞き流していたはずなのだ。隣にサンドイッチを抱えている森川さんが並ぶことはなかったはずなのだ。
「それは良かったwww具体的にどんな感じなのさwww」
「あの人のおかげで桜井さんに対抗することができたんだ。今日はおいしくご飯が食べられそうでさ、思わずご飯大盛りにしちゃったってわけ。」
学食のごはんは無料で大盛りにできるんだよね。スポーツ推薦で入学した学生がわりといるので、食欲旺盛なカロリー消費者支援としてサービスしているらしいんだけど、運動をしない学生も気軽に大盛りにしていたりする。布施さんなんかいつも超大盛にしてもらっていたりするんだよ。マイふりかけまで用意しているから恐れ入るというかなんというか。
「ああー!ごめんごめん、遅くなっちゃった、待った?!」
「いえ、今来て、足が止まったところです。」
「どもーwww」
学生会室のドアを開けようとしたら、後ろから少し甲高い三上先輩の声が聞こえてきた。学生会室の鍵は三本あるんだけど、一本は会長、一本は担当教諭、一本は大学事務局が持つことになっていて、基本昼休みの時は三上先輩が開けることになっている。
「今日相川、見学入ってるらしくて、来れないっていうから……募集箱見に行ってて遅くなっちゃった。」
「ああ、そっか、幼稚園行くやつ?」
「そうそう。」
相川先輩は来年度の学科選択を控え、幼稚園教諭コースか小学校教諭コースかで迷っていたりするのだ。曰く、青田買いをするなら小学校教諭コース、現ナマを求めるなら幼稚園教諭コース。六年生のイケメンに唾を付ける気満々、このところ増加傾向にある男性幼稚園教諭をゲットする気満々らしい。肉食系女子の恐ろしさよ……。
ガチャ
ドアを開けて学生会室に入る先輩の後についていく。独特の、ビニールっぽい、少し新しい建物のにおいがする。普段はだいたい食べ物のにおいが充満してるので、少し違和感がないでもない。前にこのにおいに気が付いたのは……そうだ、由香と一緒に、バス旅行の段ボールを取りに行った時、か。
会議テーブルの上に、学食のトレイを置き、ラップを……めくる。ふわりと香るのは、実に食欲を刺激する、香ばしい生姜焼きのフレグランス。……少しばかり感じた寂しさは、美味しそうなにおいに包まれてぼんやりと霞んだ。
「今日は三通だけだったよ、もう落ち着いたのかな?ね、この三人、よさそうなんだけど、どう思う?」
生姜焼きを一枚ご飯の上にのせてぱくりと食べてから、差し出された応募用紙を、見る。二年生が二人と、三年生が一人……あ、この三年生の人、美学の先輩だ、ちょっと気になるな。美学の先輩って、実は一人も知らないんだよね。……応募動機が、たった一言「思い出が作りたい」っていうのが、微妙に、気にならないでもないけど。
「あの、学生会役員って、いつまでやれるんですか?来年も三上先輩が会長やるんです?それとも、早瀬先輩?」
「うーん、来年は今までの歴史的に言えば、相川だね。四年生の卒業時に会長あいさつがあるから、四年生は会長になれないの。」
「え、ちょっと待って、じゃあ、かいちょー、もー今年でお別れなの??聞いてねえだよ……ぐすん」
四年生が会長になれない?なにげに初耳だぞ。森川さんも落ち込んじゃったじゃないか。
「ううん、来年もいることはいるよ。四年生は10月末で勇退することになってて……学園祭が終わったあとお疲れ会やったでしょ、今年は四年いなかったからやらなかったけど、いつもは一緒に学生会役員卒業パーティーもやってたの。なので、もうしばらくは仲良くしてね!」
「わーい!!よかったよかったwww」
手を取り合って喜んでいるちびっ子が二人!!!三上先輩と森川さんはずいぶん仲がいいんだよね。身長が同じくらいだと、見る世界も感覚も、共にしやすいらしい。よく背の低すぎる悩みや愚痴を言い合っているのを見かけるというか。二人で並んで購買部の高い所にある雑誌に手を伸ばしていたのを見た時は、思わず写真を取ろうかと思ったぐらい、こう、かわいかったんだよね。思わず吹き出してしまって……由香に怒られたんだった。
「学生会がフルパワーで動かないといけない年間行事は、入学式とバス旅行、学園祭と卒業式だけだから
「ういーっす!!おつおつ!!あのね、三浦さんさあ、芝さんと近所の〈いちばん〉行ったよ!」
「……今日はいないな?!よし、うまい飯食お!!!」
騒がしいおっさんが二人でそろって乱入してきた。由香は〈いちばん〉に行ったのか。あそこは学食よりは高いけど、めちゃめちゃおいしい洋食屋さんでさ、僕も一度だけ食べに行ったことがあるんだ。照り焼き御膳のおいしかったこと!!デザート付きで870円、早く行かないとすぐに満員になってしまう、人気のお店で……。
「あ、みんなもう揃ってるね。今日の募集箱どうだった?」
早瀬先輩がテーブルの上の応募用紙に手を伸ばす。……先生二人はテーブルの上に目を向けることすらせず昼ご飯に夢中になっているというのに、先輩の真摯でまじめたるや!!!
「一時通過でいいと思うよ、今石橋君と森川さんと話してたの。」
「ふーん!じゃあさ、遅くなったけど反省会やろ!!はい、イケメンから学園祭の反省点言ってー!相川君いないから、早瀬君かわりに書いてってね!!」
「はい、了解……石橋君、どうぞ。」
ちょ、いきなり?!
「い、イモは焼かない方が良いと思います、海鮮は煙がきついという苦情もあったので、来年は飲茶とかいいと思うかな?メイク企画は良かったけど、次兄は来年エステ体験とかやらせてほしいと言ってました。あとステージ企画はもう出ません。以上です。」
「あー、確かに芋は失敗だったわ、あれはナシだな。つか俺生イモ食って腹壊したんだよ!!」
「もぐもぐ、やむちゃってなにー?」
「肉まんとか海老焼売とか、蒸して食べるやつだよwww」
「ああ、エステ良いね、お兄さん来年もお願いできるなら通したいね。」
「ええ?!一緒にまた司会やろうよ!!!飲茶はいいねえ、桃まん食べたい!」
「早瀬くん、書いた?じゃあ次、森川くんどぞー、もぐもぐ。」
「海鮮は海なし県のここで大人気だったから捨てんのもったいないwww場所もっと融通してもらえんのかなwwwステージ企画、石橋君は脇役に置きたいね、そしたら絶妙に客寄せになる。主人公に置いちゃうとヒロインになりたい人が暴走するんでwww」
「ま、まあ、進行役くらいならやっても、良いけど……。」
「確かに黒焦げでもうまかったな、あの大あさり!!」
「いっそテント周りを囲うってのもいいかも?真ん中にコンロ置いて、端っこでみんな食べてもらうとか。」
「ごきゅ、ごきゅ…んぐ!そうだね、羽矢君にでっかいテント貸してって頼んでみるべフー!!」
「やっぱりステージ上には花が必要だもんね、司会二人で掛け合って、主役を置くのありだね。」
「早瀬くん、書いた?じゃあ次、かいちょーどぞー、もぐもぐ。」
「石橋君の司会はステージ企画中でナンバーワンだった、学園祭開催委員長も絶賛してたし!絶対外せない。海鮮は去年に比べてコスト的にも優秀だったから、またやりたい。お化粧サンプルが好評だったから、またそういうものが欲しいって思う。」
「絶賛されたならやった方がいいだろうね、学園祭のアンケートでも石橋君の名前たびたび見たし。」
「たしかにあのU字溝は良かったわ、洗わなくていいしタダだったし!」
「サンプル配ってから、サイト訪問者とフォロワーが増えたって次兄が喜んでました、多分また提供してくれるはず。」
「イモしか廃棄出なかったもんね、もぐもぐ、まあ廃棄分も食べたけど!!!」
「サンプル、地味に豪華だったwwwあれまた欲しいなwww」
「早瀬くん、書いた?じゃあ次、書きながらで悪いけど、早瀬くんどぞー、もぐもぐ。」
「石橋君は人当たりが柔らかいから、海鮮焼くよりも店先に立ってサービスした方がよさそうだと思った。ステージイベントはお客さんを上げるタイプのモノではなくて、きちんと打ち合わせをして台本を読むだけにした方がいいかもとは思ったかな。」
「ステージに上がる人が帰っちゃってすごく焦ったし、出し物っぽい企画の方が良いと思う、安心感が違うよね。」
「僕はそそっかしいから、実はあんまり焼き物が得意じゃないんだ、案内役の方が楽と言えば楽だけど……。」
「客いじりは相当な腕がないと難しいからな、マイク向けておかしなこと話されたら大変だ、出し物の方がきらくだわな。」
「バリ、バリ……ボリ、ボリ……んぐ!誰か歌のうまい人にでも歌わせたらいいんじゃないの?」
「スイーツ先生歌えばよきwwwヒトカラ行きまくってるんでしょ、フリードリンク飲みまくってwww」
「早瀬くん、書いた?じゃあ次、河合君どぞー、もぐもぐ。」
「俺はでっかいマグロの丸焼き食いてえな!!!ステージで俺の美声響かせてやってもいいぞ!!!」
「うちはマグロなんて捕れませんけど?!せいぜいサバとかカレイとかイカで!!!丸焼きならタコくらいしか!」
「あー、河合先生の美声、良いね、目隠しして聞かせたら天下取れるかも!!」
「マグロってwww焼いて食べたらもったいないwww兄さんにマッチョプレスされるぞwww」
「もぐもぐ、確かにでっかい焼き物は目立つしもぐもぐ、余ったら俺と河合君で食べたらいいね!!!」
「丸焼きは時間かかりそうだね、刺身の方が良いと思うけど、どうなんだろう。」
「早瀬くん、書いた?じゃあ次、俺ね、もぐもぐ。えっとー、食べ放題やるといいんじゃない?白いご飯炊いてさあ、おかわり自由にしておいとくの、メッチャ人気出るよ!!河合君昔歌手目指してたんでしょ、歌っちゃいなよ!」
「か、歌手?!」
「歌手wwwwwwww」
「ああ、石橋君も森川さんも知らないんだっけ、河合先生メッチャ歌うまいんだよ。」
「お前らカラオケで100点取ったことある?!俺めっちゃある!!!あ、飯の件大賛成、魚で白飯食いたくてさあ!!!」
「ご飯はジャー用意するの大変そうですね、なんか良い案ないかな……。」
実にサクサクと反省会が進む!!!
こういうところが、息があってるというか……。
「よーし、反省会おわりーべふ―!!じゃあ、それ事務局に出してもらって、今日はおしま
ガチャ!!!!!!
突然、学生会室の、ドアが、開いた!!!!!!!!!
思わず全員で、目を向けると。
そこには……。




