肉食系ランチ
新入生がひしめき合う体育館の中は、少々温度差があった。学校の指示だから仕方なく席についている新入生は、面倒くさいものに参加させられている空気に包まれている。
テンションの高い壇上を見つめつつ、みな気はそぞろだ。早く家に帰りたいと思ってるんだろうな…。中には、真剣な目を向ける生徒もいるけれど、数はそんなに多くない。部活紹介って、こうも温度差があるのか。いかに新入生を勧誘するか、その熱意がすごい。けど、その熱は、完全にこちらに届いていない。僕は、頑張っている先輩方には申し訳ないけれども、完全に冷え切った眼差しで壇上を見つめていた。
…出てっちゃ、まずいかな。部活に入る気がないものにとって、この時間は非常に、苦痛だ。
「ねえ、彼方くんは部活入んないの?」
大崎さんが僕に尋ねる。朝、僕と由香がそろって体育館に行くと大崎さんが待ち構えていて、僕の横にぴったりマークされてしまった。逃げ出したい気持ちもあるけど、そこまで無下にするのもどうかと思っていたら、由香が離れて行ってしまった。…どうやら、由香は騒がしい集団は苦手なようだ。僕と一緒だな。
「うん、僕は家が遠いからね、入る時間はないかな。」
壇上ではバスケットボール部が華麗にパスを交わしている。楽しそうだとは思うけど、ね。
「ええー!一緒に何か入ろうよ!!合コンとかも行ってみたくない?」
「合コンって!!彼方くんに一番似合わない言葉じゃん!!」
僕の反対側から声がかかる。細身のミディアムボブの金髪の女子、川村さんだ。昨日めちゃめちゃテンションの高かった子。今日もハイテンションなのかな。ちょっとだけ、警戒してたりして…。
「彼方くんいるのに、わざわざイモ男子と出会う意味わかんないし!」
「イケメンいたらものすごい目の保養になるじゃん!!並んでみ?すごいことになるよ!!」
イケメンって。まだ出会ってもいないイケメンと僕は、並ぶことが確定しているのか。そもそもイケメンってのがよくわかんないんだよなあ。こう、好きな顔?そういうのって、全然ピンと来ない。余りにも男子と共にあり過ぎたせいなのか。…そもそもの問題としてさ、なんだろう、部活ってこう、楽しむためのものなんじゃないのかな?出会いを求めて入るもんなのか?よくわかんないな…。
「彼方くんいたら合コンの必要なんてないよ!男子なんていらない!!」
「確かにそうだけれども!!」
僕はもしや、この大学で男子の代わりをしなければならないという事なのだろうか…。
≪あ!!すみませーん!!≫
マイクを持つ進行の女子が、何やら謝っている…あれ、ボールがこっちまで飛んできたぞ。テニスボールだ。ぼーっと聞いてるうちにいつの間にかテニス部の紹介に移っていたみたいだ。一番前の席で座っていた僕の目の前でボールが止まる。投げ返すか。拾って、壇上のテニス部の人にボールを投げる。
≪ありがとう≫
「いえいえ。」
…なんだ?テニス部の人がみんなこっちを見ているぞ?僕なんかした?
「ちょっと!彼方くん!!イケメンオーラ放ちすぎ!!!」
「え、何それ、僕は普通に…」
ボールを投げ返しただけでこんな感じになるとか、完全に想定外だよ。女子大って、女子しかいない学校って、ここまでこう、飢えてるのかな…。僕に何を求めてるんだよ。…イケメン?勘弁してほしい…。
げっそりしていたら、部活紹介が終わった。
≪今からサークル見学会を12時まで行います。サークル棟、クラブ棟、各教室で説明を受けることができますのでぜひ興味のある方は顔を出してください。≫
興味がないから、顔を出す必要はないか。…今、11時。お昼には少し早いけど、結構立派な学食があるようなんだよね、どうしようかな。混む前に軽く食べておこうか。ロビー横には購買部もあったな。そこでお弁当を買うのもいいかも。入学したばかりだと、勝手がわからなくてどうも落ち着かない。どちらかというと、僕は落ち着いて行動したいタイプ、なんだけど…。
「ねえねえ!彼方くんは見学行かないんでしょ?ご飯食べに行こうよ!ここの学食メニューすごくいっぱいあるよ!」
「あ、私も行く!!ここすごく安いの!!ケーキもあるんだよ?!」
「あ、私も行きたい!!」
「じゃあさ、テーブル一個確保しちゃおうよ!!」
「そうだね!!行こ行こ!!」
僕の手が!!大崎さんにとられて!!引っ張られて!!ちょっと…これ、どういうこと…!!!
…昨日は、まだ冷静だったんだ、多分。午前中で説明が終わって、帰ることができたから。今日の、この今の状況は、どうなの!!学食の6人掛けのテーブルを囲む、肉食系女子!!!なんで僕ハーレム状態なの!!いや、そもそもこの学校には女子学生しかいないんだけれども!!僕を囲む五人の目が、ハート形になってるのが見える!!!見えていないけど、見える!!!同級生に向ける目じゃないでしょう…。
「ねえねえ!彼方くん誕生日は?血液型は?」
「え、何、プレゼントくれるの?うれしいんだけど…四月四日なんだよ。血液は、O型だね。」
「きゃあ!ちょっと遅いけど、今度渡したい!」
「あ、ありがとう。」
みんなスマホにメモ入れてるぞ…。そんなに重要な情報なの、これ。僕はため息をつきたくなる気持ちを押さえて、にっこり微笑み、学食の日替わり定食に手を伸ばす。ご飯に、ふりかけ、みそ汁、小鉢にひじきの煮物、大きなお皿にハンバーグとキャベツ。このボリュームで450円?!すごいな、学食って。ちらりと見たメニュー表はかなり充実していた。日替わりが一番安くて、高くても600円のデラックスセット。ケーキセットまである。朝から夕方までオープンしているというから、使い勝手がよさそうだな。
「わあ!!彼方くん左利きなの?!かっこいい!!」
「左というか、両利き、だね。」
「えええ!!すごおおおおおい!!!」
ダメだ!何を言っても嬌声しか返ってこない!!!
「みんな、美味しいご飯が冷めちゃうよ?一緒に美味しく、いただこうよ、ね?」
ハンバーグはあらびきのひき肉を使ってるみたいで、少し歯ごたえのあるタイプだった。テーブルに並ぶみんなのメニューを見ても、かなりしっかり作ってある学食だという事がうかがえる。パスタもおいしそうだな、タコさんソーセージが見た目にも鮮やかで、女子大のかわいらしさを演出している。…明日はパスタにするか。僕はこう見えても、かわいいものに、目が無かったりするんだよ。
「ねえねえ!親睦旅行、行くよね?!」
親睦旅行というのは、まだ入学したてで友達がいないであろう学生たちに、コミュニケーションをとってもらおうという学生会主催のイベントで、基本一年生は全員参加が義務付けられている。学科別にバスに乗り、大規模遊園地に行くんだそうだ。僕は美学のA車だったはず。学籍番号でバスの乗車席が振り分けられている。
「うん、アレは強制参加なんでしょう?」
「彼方くんは美学のAだよね?私Bなんだよなあ。現地で一緒に回ろうよ!」
「私Aだから彼方くんの横に座ろう!!」
「私もAだから駄目だよ!!私が座る!!」
なんだかまた騒がしきなってきたぞ…。僕はバスは一人で座りたいなあと思ってたりするんだけど、とても言い出す勇気はない。
「おお!!なんだ、イケメンはこんなところでハーレム作ってるのか!!」
河合先生だ。先生もこの学食使うんだな。あ、同じ日替わり定食。ケーキも二つトレイにのってる。食べすぎなんじゃないのか。
「失礼ですね。作ってませんよ。」
「どう見ても作ってるじゃないか。謙遜すんなって。」
謙遜も何も。この先生は何なんだ。やけにこう、僕に絡むというか、縁があるというか。東洋美術史の先生じゃなかったらよかったんだけどな。うまくいかないものだ。これは絶対に、腐れ縁が続くやつに違いない。
「部活かサークル入んないの?」
「予定はないですね、家が遠いんですよ。」
トレイを持ったまま、自分の座る場所を探す河合先生。…ずいぶん混んできたからな。空いてる場所がないみたいだ。…ここを譲るか。もう僕のトレイにはお茶しか残ってない。
「ねえねえ!どこら辺住んでるの?」
「どうやってここまで来てるの?電車?バス?」
「ええとね、海の近くで「きゃああ!!!夏海行こうよ!!」」
「電車で来てるんだけど「何時の電車?」」
「お前、本当にモテモテだな…ちょっとぐらい分けてくれよ…。」
「助けてくださいよ。先生でしょう!!!」
そういって、お茶を飲み干し、僕は席を立った。
「ここ、あきますからどうぞ。ごめんね、僕はちょっとお手洗いへ。みんなはゆっくり先生と食事を楽しんでね。楽しいお昼だったよ、ありがとう。」
同じ食卓を囲んでくれた皆さんにお礼を言って立ち去る。何も言わずに席を立つわけにはいかないからね。ちゃんと一人一人に、ニッコリ笑顔を向けることも忘れない。何事もイメージは良くしておきたいところだ。特に、新しい人間関係を築かなければいけない、この時期はね。
「おお、サンキュー!…あのさ、あとでちょっと俺の研究室、来れない?ちょっと話がある。」
「?いいですよ、ええと、本校舎の…?」
「本校舎四階の、美学フロアだな。よろしく。」
「じゃ、みんな、またね。」
僕は混みあう食堂を後にした。