襲撃
ガタン・・・ゴトン・・・
早朝の私鉄沿線は今日も空いている。
僕一人しか乗っていない小さな車両には、すっかり顔なじみになった車掌兼運転手のお兄さんしかいない。僕しかいないのに、丁寧に一駅一駅アナウンスをしている。
『桐ヶ丘、桐ヶ丘です』
いつもの様に定期券をお兄さんに見せ、電車を降りる。
…反対車線に、電車が入ってきた。いつもならば、由香が降りてくるはずだけれど。…今日も、その姿は…なさそうだ。
今日は、朝から森川さんと作戦会議をすることになっている。昨日、四時間目が終わった後に一緒に帰りながらさ、決めたんだ。問題が起きてからでは遅い、出来る限り対策を練って備えるべきだってね。
通い慣れた道ではなく、横道にそれて、見慣れない道を進む。森川さんのアパートに寄るためだ。
森川さんのアパートは桐ヶ丘駅から歩いて五分ほどの場所にあり、今までにも何度かお邪魔させてもらっている。地味に森川さんは女子力が高くてさ、行くたびに美味しいお茶とかお菓子をごちそうしてくれるんだよね。ちなみに、向かいにあるアパートには相川先輩が住んでいたりする。
アパートの三階右端の部屋、何も書いていないシンプルなドアの呼び鈴を、押す。
ピンポン♪
「うぃーっす、おはおは、ちいと入りたまえwww」
ドアが開いて、前髪を上げてピンでとめてる森川さんが出てきた。相変わらずの美少女フェイスだ、なぜ普段からそのヘーゼルアイを出さない…。
「おはよう、おじゃまします・・・。」
一歩、部屋の中に入ると…なんだ、めちゃくちゃ甘いにおいがするぞ!このにおいは…!!!
「今さ、スコーン焼いたの、食べてく?」
「いただきます!!!」
森川さんのスコーンは本当においしくてさ!!!
「ロイヤルミルクティで良き?」
「よき!!!」
森川さんのロイヤルミルクティは本当においしくてさ!!!
初めてごちそうになった時、由香と二人で大絶賛して!!聞けばいずれカフェをやってみたいというじゃないか、二人で太鼓判を押したんだ。来年海の家で販売したらどうかって話になってだね…!!!
「これさあ、いっぱい作ったから賄賂渡そうかと思ってwww」
「もぐ…賄賂?」
くっ!!このスコーンのホロホロ加減と、ロイヤルミルクティのまろやかさ!!おいしすぎて話が見えてこないぞ!
「結城先生、割とひどいけどけっこうスゴイってわかったし、これでユカユカ守ってもらおうと思ってさwwwいざというとき、逃げ込める場所あった方が良きwww」
…森川さんはこう、飄々とした空気が常に漂っているんだけど、時折、こういう…なんていうんだろう、お母さん感?優しさ?そういうのが、ぶわっと、出ることがあるんだよ。お姉さんっぽいとでもいうのか…。世話を焼き過ぎないで、見守ってる感じというか。
「すごく名案だ、このスコーンなら必ず結城先生を動かすに違いないよ!!」
「つーことで、荷物運びお願いwww」
「任せなさい!!!」
僕は力強く、自分の胸を叩いた。
森川さんと一緒に図書館に向かったものの、まだ開館していない。もうそろそろ八時だから、でっかい荷物を持ったおっさんがのしのしと歩いてくるころなんだけどな…。
「あっちで座って待ってようか。その間に作戦を…」
森川さんの焼き上げたスコーンの袋をテーブルに置き、図書館から少し離れた位置にあるソファに座りこんだ、その時!
「ああー!!!!さくらこちゃあああああああああん!!!!」
・・・はい?
なんか…体育館側の通路の方から、やけに元気な声が聞こえてきたぞ!!!
「うわ!マジでキタ――(゜∀゜)――!!ちょ、石橋君、この人ゆ
「あんたがイケメンだな?!何やってんだ!!!マジ説教だ!!!聞け、聞けええええええええええ!!!」
ちょ、何この女子、なんで僕女子にいきなり詰め寄られてるの?!ソファから見上げる女子は、森川さんよりもちびっ子くて、やけに強気な表情で、大きなまんまるのつり目が…っていうか、なんかこの女子、見たことが…。
「おっ!もぐもぐ、おはよう!!」
おっさんが、シュガードーナツの砂糖で口の周り真っ白にしながらやってきた…ああ!!!この女子、さては!!!!!!!!!よーく見ると…肌にみずみずしさが…ない!!かなりの…年上!!!
「ゆ、結城先生の奥さん!!!」
「そーよ、そーともさ!!!あんたのヘタレっぷりを聞いて乗り込んできたともさ!!!あんた何考えてんだ!!あのね、嫌いな人に気使ってどうすんの!!好きな人特別扱いしなくて何やってんの!苦手な人思いやってどうすんの!!どうせ仲のいい人には遠慮するんでしょ?!こんなことしてたら嫌いな奴に好かれて好きな人に嫌われてくに決まってんじゃん!あんた今過ちに気付かなくていつ気付くの!今気付け、ハイ気付いた、ハイ今から変われ!ハイ変わった!!」
勢いがすごすぎて立ち上がる事すらできないぞ!!僕まだあいさつもしてないんですけど?!
「あの、僕は争いごとが苦手というか
「で、付け込まれるパターンじゃん!争いたくない人と争う気満々の人が戦ったら、争う気満々の人が勝利するに決まってんじゃん!勝てる相手見つけたら勝ちたい奴が張り切って勝ちに来るに決まってんじゃん!!気の強い話聞かない奴と穏やかに平和に一緒に過ごせるわけないじゃん!強気のやつにつぶされて何も言えないやつじゃん!潰されることわかってんのにわざわざ自ら身を捧げるわけ?生贄かよ!!この現代に?!バカなの?ああバカなんだ、ふーん・・・。」
どうなの、これ。僕が口挟んだら逆上してくるとしか思えない…何も…いえないんですけど!!
「その、あんまり怒らないでくださいよ、凹みま
「ばっか!ホントバカだね!!凹んでいいんだってば!むしろ凹め!!落ち込めっての!!!で、周りを見ろ!!そういうときに横にいてくれるような人、励ましてくれる人!!それが友達だったり彼氏だったりするんだよ!!あんた一人で解決しようとするからこんなんなっちゃったんだよ、あんた一人が気を遣う必要はないんだってば!ねえ、あんたさ、もっと周り見なよ!!周りにはあんたの横にいてくれる人はいっぱいいるんだよ、気付いてあげなよ、気付けよ!!周りにいる人に失礼だよ!!反省、しろおおおおおおおお!!!」
テーブルをガツンがツン叩きながら、力説する女子!!!
声の勢いの力強さとその大きさにダメージを受けているのもそうだけど、非常に僕の耳が、痛いのは…。
実に、確信をつく、事を、言われているからで…。
僕は、…僕、は。
「すげえな、石橋君がけちょんけちょんだ。」
「この人ね、羽矢君のことマジ泣きさせたこともあんの!!ちょー怖いでしょ!!このあと突撃してくんだって!!」
結城先生が、図書館の鍵を…開ける。
ドアが、開くと。
・・・由香!!!
由香が、こちらを振り向かずに…図書館の中に、入って行った。
ドアの向こう側で、一言、二言、結城先生と言葉を交わしているのが、見える。何を話しているのかは、わからない…。
「・・・大切な人が離れていくのって悲しいよ?」
ぽん、ぽん・・・。
ああ、僕は今。
チビッ子い、女子に。
頭を、撫でて、もらって、いる。
…撫でてもらうのは、初めてかも、知れないな。
僕はいつだって、撫でる側の、人間だった。
僕はいつだって、気を遣う側の、人間だった。
…僕は、いつだって。
「…派手な対面となりましたが、初めまして、私結城の妻の早季と言います。かつてこの学舎で児童心理学の教授をしておりまして。」
「へっ?!セ、先生だったんですか?!あの、僕は石橋彼方と言います、は、初めまして…。」
さっきまでのマシンガントークが夢だったかのような、この…豹変はいったい?!
混乱が…ハンパないんだけど!!!




