友達
「あたしも学生会だし、行った方がいいよね。」
桜井さんが徐に…立ち上がる。
「え!!何それ!!桜井いつ入ったの?!」
「はあ?!選出待ちなんじゃないの?!」
朝イチで学生会入会申込書を投函した川村さんと大崎さんが、桜井さんの言葉を聞き逃さなかった。
「桜井さんはさっき河合先生に直訴したんだよ、それでOKもらっちゃったんだけど
「何それ!!ずるい!!じゃああたしも行く!!!」
「フェアじゃないじゃん!!何あのデブむかつく!!」
めちゃめちゃ興奮しているぞ。僕のセリフが完全に上塗りされている。
「学生会は選考会をすると決めて
「頭使わないと出し抜くことはできないんだよ?」
どこか得意げな桜井さんの言葉が…場の空気を、さらにヒートアップさせる。
「はあ?!そんなのちょー裏技じゃん!!ルールとか守らないわけ?!」
「つか出し抜くって卑怯じゃね?!厳重なる審議をするって書いてあったけど?!」
「まあまあ、落ち着いたらどうなの!!」
「…。」
ヒートアップしている女子三人は、僕の言葉を最後まで聞く気がないらしい。口すらはさめない状況に困惑する事しかできないな。派手なやり取りに笠寺さんと秋元さんがちょっと引いているぞ…。どうしたもんかと腕を組む。
「石橋君なにもめてんのwww」
騒ぎに気が付いた森川さんが、河合先生のところには向かわず、僕のところにやってきた。
「河合先生が適当なこと言うからもめちゃって。昨日学生会選考やるって決めたばかりなのに、この…桜井さんに学生会に入っていいって断言しちゃったんだよ。」
「なにそれ。」
騒ぎの元凶となった張本人は、教卓のところで丸っこい体をぷよぷよさせながらスライドをざぶざぶと段ボールに詰めている。そんな入れ方するから毎回毎回準備の時にてんてこ舞いすることになるんだよ…。無駄な時間を作らないことが一番の手際の良さを作るってことを知らないのかな、あのおっさんは。
「おい!!これ持って四階!早くしないと飯買えなくなるぞ!!」
「はーい!」
桜井さんがいい返事をして…河合先生のところに行ってしまった。もうすっかり学生会の一員として認識しているみたいだ…。
「なにあれ!!ねえちょっと、カナキュン、ホントなの?こんなのさあ、暴動起きるって、マジで!」
川村さんはカンカンだ。ヤンキー寄りのギャルを怒らせると、割と怖いな…。
「…桜井ってたまにこういう暴走することない?なんかさあ、前もこういう事あったし。」
いつも恵比須顔の大崎さんが…般若みたいな顔をしている。こういう表情もできるのか、知らなかった。
「ああー。八木沼っち事件とか?あれは正直引いたよね…。」
「・・・うちはあの件に関してはまだ許してないけど!」
…僕の知らない事件があったらしい。ヤギーはたまにはっちゃけるけど、基本ずいぶんおっとりとした、温厚な人だ。秋元さんの言葉から察するに、おそらく桜井さんは持論を…ヤギーに叩きつけて、叩きのめして。このグループから、抜けていったのだろうなと、推測できる。…推測できるくらい、僕は桜井さんの攻撃性を、知ってしまったというか。
「僕は選考の事もあるし、そもそも…桜井さんが学生会に興味あるなんて思いもしなくて。正直困惑しかできなかったんだけど、河合先生が何も考えずに許可しちゃったんだよ。」
「そんなの許されるの?!」
「マジふざけんな!!!」
「いや許されんだろwwwふざけすぎだwww学生会はスイーツ先生だけの組織じゃないんだしwww」
森川さんの意見に心底同意する。
「だよね!!!てゆっかさあ…!!!」
「マジこういうの見逃がしちゃだめだって!大体ねえ…!!!」
ほとんど面識のない森川さんに対してまるで臆することなく、大崎さんと川村さんが何やら文句を言っている。この二人は人と人の垣根がないというか、人懐っこいというか、常に素直というか、隠し事ができないタイプというか…。あの飄々とした森川さんがちょっと押されてるじゃないか、パワーは相当だ。
「おーい、あと四神鏡だけ持ってっといて!!鍵かけて学生会室シューゴーね!!!」
河合先生と桜井さんは連れ立って教室を出て行ってしまった。
…さんざん東洋美術をディスっておきながら、東洋美術史の専門の先生に媚びを売っているようにしか…見えない。なんだい、あの桜井さんの変わり様は…。
「なにあれ!!!ぶりっ子かよ!!!」
「あざとすぎて引くわ…。」
「こういうのって賄賂っぽいよね…。」
「学生会ってこんなにも黒いの…?なんかうち…すごくヤな感じ。」
・・・。
・・・なんだろう、この、違和感?
普段仲良く一緒に行動してるけど、こんなにも、文句って出るものなのかな?…友達なんでしょう?
「選考会は公正にするからさwww安心召されよ。」
ぼんやりしていた僕の耳に、森川さんのへらへらした声が聞こえた。はっと、我にかえる。…ダメだなあ、今日の僕は、いつもの僕じゃ、ない。ふとしたことで、思考回路が…とまってしまうというか。
「頼むね?!カナキュン優しすぎるから、マジ守ってあげて!お願い!!!」
「言質取ったよ?!結果あとで絶対教えてね?!」
「わかったわかったwww」
…詰め寄られてる森川さんが気の毒だ。ぼんやりしていたらプチっとつぶされちゃいそうだ。…僕がしっかりしないと。呆けてる、場合じゃ、ない。
「桜井さんの事は今日学生会メンバーでちゃんと話し合うから。ごめんね、困惑させちゃって。ちゃんと他のメンバーたちとも話し合って、きちんと対応するから、もうちょっと待っててもらっていい?」
「カナキュンが謝る必要ないよ!!あのデブが悪い!」
本当にその通りだよ!!!あのおっさんのせいで!!僕は!!!
「そうそう!!桜井の暴走がひどすぎるんだって!カナキュンは気にしないでいいからね?!」
派手な言動とパワフルさばかりが目立つけれど、大崎さんも川村さんもとてもやさしい人だって、僕は知っている。なんだかんだで、僕の事を気遣ってくれて、さりげなく…いや違うな、堂々とゴリゴリと優しさをぶつけてくれるんだ。騒がしくしている僕たちを心配そうに見ている笠寺さんと秋元さんだって…ずいぶん、優しい人だと、知っている。
「…うち、カナキュンめっちゃ心配。桜井に振り回されそう。…もしかして、もうすでに…振り回されてる?」
「…はは、大丈夫だよ、心配してくれてありがとう。」
秋元さんの目が、まじまじと僕を…見つめて、いる。いつも脱力感を呼ぶ秋元さんだけど、わりと…かなり、観察眼に優れていることを、僕は知っている。自分の中に正義がきちんと存在して、矜持に基いて行動できる…とても、強い人だ。
「振り回されたら言って!!私たち、味方するから、ねっ!!」
「心強いよ、何かあったら相談、するから。」
笠寺さんの発言はうれしいけど…一言でも相談したら、あっという間にいろんな人にその内容が広まるであろうことが予想される。問題を共有してみんなで解決を探そうとする人だからね。親身になってくれるし、意見に同調してくれるから、安心感はあるけれど…いまいち、全力で頼りたいと思えない自分が、いる。
「お騒がせしてごめん、とりあえず僕は先生の後を追うよ。」
「わかった!…ほんと無理しないでね?!」
「…ちょっとさあ、会議しない?」
「まずご飯食べに行こ、うちおなかすいた!」
「そうだね、今日日替わりすき焼きうどんだったし。」
四人が教室を出た後、僕は四神鏡のレプリカを持って…階段へ向かう。
「河合先生の適当さの被害がすごすぎるよ…。」
思わず森川さんに愚痴を言ってしまった。普段だったらあんまりこういうこと言わないんだけどな。今日の僕は…ダメージを受けすぎていて、弱音を、吐きがちだ。
「・・・なめてかかると拗らせるパターンだ、これはヤバイ。」
やけに真面目な、空気が…漂っている気がする。普段おちゃらけているチビッ子が、こんなにも真面目な雰囲気を醸し出すようになろうとは…昨日までの僕だったら絶対に信じなかったはずだ。
「もう打つ手がないよ、学生会はこれから…手が付けられなくなる、かも、知れない…。」
桜井さんは、現状の学生会を全てぶち壊し、排除することを望んでいるとしか思えない。…そうなった時、僕は、学生会を、続けたいと、思うだろうか。
・・・。
なんだかんだ、いろいろありながらも、僕は、学生会のぬるい体制が嫌いでは、ない。…むしろ。
「・・・あたしに考えがある。石橋君は鏡もってっといてくれる、よろwww」
森川さんは、階段の手前で踵を返し…どこかに行ってしまった。僕はこれから、気の緩んだ適当すぎるおっさんと、攻撃力の高さを誇る桜井さんに…たった一人で立ち向かわなくちゃいけない。
少しでも、ダメージを受けないよう…心の準備だけ、しておくか…。
今から、ひどい言葉を聞くかもしれない・・・。
真正面から受け止めずに、軽く流そう・・・。
学生会室に入れば、先輩たちもいるはずだ。矛先が自分だけに向かう事は、ないはず。
僕は気合いを入れて…階段を、昇り始めた。




