混乱
昼休み、僕はいつものように学食のトレーを持って学生会室に向かった。今日のメニューは照り焼きチキン定食。ラップの下で、熱々の照り焼きが白く曇っている。せんキャベツやポテトサラダも温まっちゃいそうだ、一刻も早く食さねば!学食の照り焼きチキンは本当に絶品でね、ちょっと砂糖多めの甘い味付けがたまらないんだ。今日は昨日の反省会をするって言ってたけど、特に大きな問題もなかったし、そんなに気負わなくてもゆっくり味わって食べられるはずだ。
気持ち急ぎ足でクラブ棟に向かう僕が見たのは。
「あ!!!イケメンが来たよ!!!」
「彼方くん!!!生生!!!」
「あっ!!カナキューン!!!」
ずず、ずらーっと並ぶ、女子、女子、女子、女子!!!!なんで川村さんと大崎さんまでいるんだ!!!
「おい!!どうすんだこれ!!」
僕の後ろを歩いていたらしい河合先生が、牛丼定食とケーキが二つのったトレイを持ったまま、不機嫌な様子で立ち止まった僕の横に並んだけど!!!
「何これ…どうするもなにも!!!」
思わず、おっさんと並んで、ボー然としていたら。
「あ!!!石橋君、こっちこっち!!!河合先生は列整頓お願い!!!すみませーん!!石橋君通りますー、通してあげてくださーい!!!!」
女子の列の奥の方から、ちびっ子…いや三上先輩が顔だけ出して呼んでるぞ!!!
「キャ――――――――――!!!」
「彼方くんこっち見てー!!!」
「はあ…カッコイイ…!!!」
ちょ!!!何この大騒ぎっ?!並んでいた女子の列がパカッと二つに割れて…何これ、モーゼの奇跡みたいだ…!!!こんな田舎の女子大でまさかの現象が!!!
「なんだこりゃあ、くっそー、なんてこった…!!!おい、メシ机の上置いといて!」
「ちょ…!!トレイ二つかかえて行けと?!」
なんで僕がおっさんの食事運搬をしなきゃなんないんだ!!
「こんなにモテモテなんだ!!それくらい持てるだろ!!!くっそー!!はい!!こっちに一列で並んで!!!ああ、ここで曲がってね!!!」
河合先生の牛丼トレイまで押し付けられて、僕は両手が塞がったまま女子達の列の間を潜り抜ける羽目になってさあ!!!
「まずいな、入会希望者が殺到してる。昨日ちょくちょく聞かれたけど、ここまでとは思わなかった。」
いつも静まり返っている昼のクラブ棟一階学生会室は…ドアを閉めても聞こえてくるざわめきで相当騒々しいことになっている。いつも冷静な早瀬先輩の顔に焦りの表情が見えるとか、相当なんじゃないの…。
「もう日替わりで来てもらえば?曜日で担当決めてさ!」
「せめて面接くらいしないとまずいでしょ?明らかに学生じゃない人もいるし…。」
相川先輩は楽観視し過ぎだ!絶対に何も考えていないに違いない。三上先輩はチビッこいけどちゃんと状況確認できてるあたりさすがとしか言いようがないな。
・・・そうなんだよ、女子列の横を通るときに、なんというか、ブレザーの子やセーラー服の子もいてさ、年齢層の高い人も、おばあちゃんもいたりしてさ!!!この大学は登録制ではあるけれど近隣住民にも図書館を開放しているから、学生じゃない人がいてもおかしくはない、でも、この数は異常としか思えないっていうか!!!
「かいちょ―が現役の学生しか入れないって言わなかったからでしょ!!!も~どーすんのさ、もぐもぐ…!!!反省会やれないじゃん!!!パクパク!!!」
結城先生がジャンボどら焼きをガツガツ食べながら呆れているけども!!僕はこの状況と同じくらい…三つ目のどら焼きに手を伸ばしてるおっさんに呆れているよ!!…ああ、三口で完食とか!!!
「とにかく、この混乱をどうにかしないとまずいです、今すぐの決定は無しにして、後日説明会を開くとかした方がいいんじゃないですか。」
「そうだね、とりあえず今日は丁重に説明だけして、お帰り頂いて…ポスターをかこう。」
早瀬先輩が引き出しからコピー用紙を取り出して、メモを描き始めた。…募集要項をまとめている。学生会メンバー追加募集のお知らせ、応募資格…当大学の学籍番号を持つ者、活動内容…学生会主催行事の運営、なんだずいぶんざっくばらんとした書き方だな。
「ポスターは明日図書館前に貼りだしでいいよね。あたし並んでくる人たちに言って来る!」
「じゃあ僕も…。」
「石橋君はここで待機した方がいいって、今出ていくとまた騒ぎになるよ!私と相川で行くからここで早瀬とポスター原案書いといて。」
三上先輩と相川先輩は連れ立って学生会室のドアを開けて出ていってしまった。このフットワークの軽さと息の合った感じ、僕も見習いたいところだ。
「今から描いて明日までに間に合いますか?」
昼休み中にデザインを決めて下書きして清書って…かなりきついんじゃないの。場合によっては授業後集まって描かないといけなくなる…?
「文字決めてくれたら俺が打ち込んでパソコンで出力するからいいよ!んぐんぐ!!図書館前に貼っとけばいいんでしょ!!ぐびぐび!!早く考えて、そしたら後はやっとくから!!!」
1リットルの飲むヨーグルトをぐびぐび飲みながら、結城先生が男前なことを言う。見た目と行動がまったく一致しない不思議なおっさんだ。
「じゃあとりあえず…応募用紙を作って応募してもらってそれから考えましょう。むやみやたらにメンバー増やしたところで統制とれないし動けなくなります。」
「そうだね、来年以降も在籍してほしいから、四年生は不可にして、やりたいと思ったきっかけや、やりたい事を書いてもらおうか…。」
募集要項のポスターを張り出して、応募用紙と応募箱を設置して、こちらで吟味してから面接を行うとか…なんかオーディションみたいになっちゃうな。ちょっと上から目線になってて申し訳ないけど、多すぎる人数を減らすためには仕方ない。あまり厳しいことを書いて反感買うのもまずいな…ウーム…。
「くっそー!!ひでえ目にあった!!めしだ!!メシメシ!!!」
僕と早瀬先輩でうんうん言いながらポスター原稿の下書きを考え、応募用紙の内容を決めたところで河合先生と三上先輩と相川先輩が帰ってきた。あ、森川さんもいる、いつの間に。ここに来る時に探したんだけど見つからなくて困ってたのに。
「石橋君人気がすごすぎて、校舎棟の大学事務局がひいひい言ってたぞwww手伝ってきたけど。」
「なにそれ。」
森川さんが購買部でサンドイッチを買ってたら、事務局のおじさんに声をかけられて、ずっと捉まっていたらしい。春の親睦旅行の報告書を出しに行った時に学生会の子だと覚えられてから、僕と森川さんは事あるごとに事務局の人に声をかけられるようになっててさ。わりと雑用を頼まれがちだったり、お茶をごちそうになったりしがちというか、…そうか、あのお茶とお菓子は、こういう時のために備えていたんだな!!!
「朝から学生会室はどこだって聞かれることが多くて、かなり被害被ってたらしい。イケメンのせいですって説明して、納得してもらったw」
「ちょ!!!何言ってんの?!」
なに、この騒ぎは僕のせいだと?!
「こんなん完全にイケメンの乱だろ!!お前なに田舎の女子大に戦おこしてんだよ…。」
「じゃあ事務局にもポスター貼らせてもらった方がいいね。あとで羽矢先生におやつ貰いに行くついでに許可もらって来るわ!!あ、このケーキもらっていい?!」
憎まれ口をたたく面白くない事しか言えないおっさんの目の前のトレイから、ケーキをかっさらおうとするおっさんが。食欲旺盛な男気溢れる残念なおっさんの目の前には、食い散らかした食べ物の殻の袋が山のように積み重なっている。…あーあー!ポスターと応募用紙の下書きの紙の上にドーナツの袋が!!!
「ちょ!!これはダメだ!!!」
「けち!!!」
「ユーキ先生、あたしのチョコロール一個あげるから!!!」
「ちょっと、ゴミ位片づけたらどうなんですか!!!油が紙に付くでしょう!!」
「もう休み時間あと15分しかないよ、反省会は明日だね。」
「明日もこの調子とか勘弁してー!!!」
「すげえ、何このカオスwww」
学生会室内も大騒ぎだよ!!!
僕はなんだかおなか一杯になってしまったけど!!!散々待たせてしまったおいしい照り焼きチキンを食べないわけにはいかないんだ!!!手を合わせ、ラップをはがし!!ようやく口に入れた、美味しいおいしい照り焼きチキンは!!!すっかり冷めててね?!でもおいしいんだけどね?!せんキャベツはやけに水っぽくなってもしゃもしゃしてるけどね?!…全部おいしく完食したけどね?!
「ユカユカの方も、心配すなー。」
サンドイッチをもぐもぐ食べる、森川さんの一言は、騒がしさの中に、飲み込まれちゃったんだよね…。




