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…窓際には、君が  作者: たかさば


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22/101

好き

 完全に寝坊をしてしまった。乗り慣れた始発とは違い、ほんの少し乗客が多い。…30分の遅れが、どれほどひびいてくるかな。乗り継ぎで普通列車じゃなく特急に乗れるからあまり到着時間は変わらないかもしれないけど、あんまり遅くなると由香が心配するかもしれない。県をまたぐあたりで時間を見て、あまり遅くなるようなら、ラインを流すか。



 特急のスピードには恐れ入るなあ。なんだかんだで到着時刻は10分ほどしか変わらない事実に、少々驚きつつ。いつものように路面電車から田舎の風景をぼんやり見ていると、車窓にうっすら映り込んだ自分の姿が見えた。今日は雲行きが怪しくて、いつも以上に空は暗く、やけに自分の姿がはっきりと窓に映りこむというか…。あれ、デニムジャケットのエリが立ってる、直すか…って!!ちょっと!!なんか不自然に後ろ髪が!!何これ、めっちゃ跳ねてるじゃないか!!これは恥ずかしい、まいったな。


 …僕としたことがっ!!どう考えても長兄の激突騒ぎのせいだ、この恨み、いつか必ずお返ししなければ気が済まない!!僕は勢いよく跳ね上がっている髪を手で撫でつけつつ、如何に長兄を懲らしめるか、策を練った。


 厚かましくも森川さんにメールを交換してもらったらしい長兄に、森川さんからきついお仕置きをお見舞いしてもらうことを決めた僕は、一人田舎道を急ぎ足で歩いている。いつもだったら由香が横にいて、のんびり歩く道なんだけどさ、今日は遅れちゃったからね。横に誰もいないのは、ずいぶん寂しいものだ。まあ、横にいてほしかった誰かは、先にグラウンドに行っているとおもうんだけど。




「彼方!!昨日はお疲れ様…って!!えっ?!」

「はは、おはよう、昨日は夜遅くにごめんね?」


 グラウンドのベンチの前でストレッチをしていた由香が僕の方に駆け寄ってきた。ああ、ものすごくいい顔をしているぞ。なんだ、この笑顔は。…そうだね、おもしろいよね、うん。


「どうしたの、その髪!!!珍しいね、いつも完璧な彼方、彼方が!!ふふ…!!」

「兄が僕の安眠を妨げたんだ、起きたら6時でびっくりしたよ。」


はねた髪を隠すように頭に手をやる。…さんざん撫でつけたのに、全くへこたれる気配のない髪は天を仰いで風に揺れもしない。僕の髪はね、硬くてまっすぐでかなり重みがあるというかね。


「私ピン持ってるよ、ちょっとここに座って、・・・抑えてあげる。」


 由香に促されて、ベンチに腰を下ろす。僕の髪に手を伸ばす由香が…ずいぶん、近い。ふわふわの髪が、時折僕の頬を撫でて、少しくすぐったい。…少し甘い、さわやかなフラワー系の香りがする。香水?いや、そんなわざとらしいものじゃなくて、ほのかに届く、優しい香りだ。コンディショナーかな。


 目の前で、揺れる、ふわふわの、先端がカールした、由香の、髪。

 僕にはない、繊細で、柔らかで、とても女性らしい…髪。

 思わず、ひと房。手に取って。指で、くるくると。


「っ!彼方!!終わったよ!!」

「ありがとう。」


 手で後頭部を確認すると、ピンが二本、バッテンに留められていた。そうか、こうやって跳ねを押さえつけるのか。

 感心をしていると、ぽつりと雨が当たった。‥ああ、間に合わなかった、もう間もなく雨が降る。今日のウォーキングは中止だ。


「雨降ってきたね、教室に行こうか。それとも、図書館?」

「図書館で借りた本がまだ読めてないんだ、教室で読もうかな?」


 そういえば僕も先週借りた本がまだ読めてないな。結城先生おすすめのサイエンスフィクション、ちょっと難しい単語が出てきて苦戦してたんだ。けど、読まずに返したら負けるような気がしてね、完全に自分との戦いというか、結城先生に負けたくないというか!!完璧に読み込んで、レビューを書いて結城先生に叩きつけようとさえ思っていたりする。



「結城先生のおすすめって本当に面白いよね。すごく世界感が広がるっていうか、自分に新しい感情が生まれるっていうか…。」


 そうなんだよ、だからこそ理解できない難しい物語を自分のものにした時に、新たな発見があるはずで、ついつい結城先生の思惑に乗っかっちゃうというか、反撃したくなるというか、いつかコテンパンにしてやろうと目論んじゃうというか。

 あの人はね、本以外の事で、ものすごく残念すぎるのがネックなんだ。本の知識はものすごいかもしれない、だけどね、本読みながらシュガードーナツガツガツ食べたり、きな粉まみれの揚げパンむせながら食べたり、豪快にページをめくったり!!!あれは絶対に本の神様に嫌われているに違いない。




 授業が行われる教室は、照明もまだついておらず薄暗い。窓もまだ空いていなくて空気が少し淀んでいる感じがする。もちろんまだ誰も来ていない。


「電気付けるから、由香は窓開けてくれる?」

「うん。」


 教室の照明をつけて窓を開けるのは、僕と由香の仕事になっている。朝早くにウォーキングをした後二人そろって教室に入り、授業が始まるまでの間、僕と由香は窓際の席に並んで座って…本を読みながら穏やかな時間を過ごすんだ。授業開始15分ほど前になると、美学学科の学生がぽつぽつ教室に入ってきて、騒がしさが増してゆく。


 …由香は、いつもこの席で、一人で授業を受けている。真面目に教授の言葉を聞きながら、熱心にノートを取り、まっすぐな瞳を、黒板に向けている。僕もこの席で、由香と一緒に授業を受けたらいいんだけど。やけに僕の周りに人が集まってきてしまって…騒がしくなってしまう事もあって、僕は自主的に授業前に席を移動している。授業中におしゃべりをしてしまう学生は…一番後ろにかためた方が、良いと思って。僕は授業中は口を開かないけど、ね。


 …時折。とても、由香を恋しく思う、事がある。いつも由香の隣には、誰も座らない。一番前の席は、基本不人気で、空きがちなんだ。教授の声が良く聞こえていいと僕個人は思うんだけど。

 授業が始まる直前、一番後ろの席で騒がしい学生に囲まれながら、窓際で一人窓の外を見ている由香に目を向けると、窓から風が吹き込んでいるのか、ふわり、ふわりと、長い髪が、揺れる。…僕は、その様子を見るのが、とても、好きで。騒がしい空間は、嫌いではない。だけど、落ち着いた静を求める自分も、確かにいるんだ。


「どうしたの?」

「…いや、なんでも。」


 しまった、この席への憧れが、ついつい由香を無遠慮に見つめてしまっていたらしい。おかしいな、さっきまで僕は量子力学をうんうん唸りながら理解しようと奮闘していたはずなんだけど。慌てて、視線を難しい理論が並ぶ本へと向けるも。


 ・・・ふわり、ふわり。


 由香の柔らかな髪が、心地いい風に、少し、揺らぐのを…目の端にとらえた。


 ・・・ふわり、ふわり。


 僕は、思わず、その髪を。


 ・・・くるり、くるり。


 手に取って。


 ・・・くるり、くるり。


「ッ、彼方、長い髪、好きなの?」


 少し、首をすくめて、赤い、顔で。


「ううん…由香の、髪が、好き。」


 ・・・くるり、くるり。


 ああ、今日のメイクはオレンジ色が効いてる、少しはつらつとしたイメージだと思った。…よく見るとピアスもオレンジ色だ。由香は本当に…センスがいいなあ。


 僕はただ、指先で由香の髪をもてあそびながら。かわいいなあと、心から・・・。


「またタラシてんのー、おつおつ!!」


 森川さんが三番乗りか。時計を見ると…ああ、もう授業開始20分前だ。時間が過ぎるのは、早いなあ。


「も、モーリー昨日はお疲れ様、おはよっ…!!」

「朝から大変すなー、おはおは。」


「大変って何だい。」


 なんだ、この僕が何かやらかしているような空気は。…まあいいや、森川さんにはいろいろと協力してもらわないといけないからね。あまり剣呑な雰囲気は…。


「あ!!カナキューン!!!おっはよー!!!昨日めっちゃカッコよかったよー!」

「カナキュン!!写真めっちゃとった!!見る―?!」


 大崎さんと川村さんだな!!また怪しげな写真を撮っておかしなタイトルでラインに流す気じゃないだろうね…!!!これはチェックが必要だ!!!


 僕はポンポンと由香の頭を撫でた後、少々気合を入れて、にぎやかで騒がしい集団の待つ一番後ろの席へと向かった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 22/22 ・好き! ・やばいですね。感情が強い。 [気になる点] 髪の表現はさすが。自分が苦手な部分です。 [一言] さぁどうなる!? おそろしいような、気になるような。
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