海鮮バーベキュー
ジュっ!!ジュウゥウウウッ!!パチ、パチっ…!!!パンッ!!!
日曜、学生会テント前にはものすごい潮の香りとド派手な煙幕が舞っていた。
「ぇい!!!らっしゃー!!!!」
「おいしい海産物あるでよー!」
マッチョとコロポックル…違った、長兄と森川さんが、バーベキューコンロの前で海産物を次々にジュウジュウと焼いている。コンクリートブロックを積み重ね一番上にU形側溝を置いた、ずいぶん簡易的なコンロだけど、使い勝手は恐ろしく良いんだ。…何を隠そう、うちがいつもやっているバーベキュースタイルだったりする。
「すごいね、こういうコンロ、見たことないよ。普通はキャンプ用の鉄のやつ使うんでしょ?」
「あれは地味に高いんだ、一つ10000円くらいするからね、これならずいぶん価格が抑えられるっていうか、うちの使ってるやつだからタダでいいんだ、経費的にばっちりさ。」
由香の尊敬のまなざしを受けて、少しだけ鼻を高くしてみたり。年に一度のイベントで、10000円越えのコンロを三つも買うわけにはいかないんだ、さすがに。だったら経費を抑えて、別の何かに使った方がいい。そう、例えば来年の親睦旅行でケーキバイキングを付けるとか、記念写真撮影をするとか。
「海鮮、何があるんですか?」
「ええとね!!イカと、大あさりと、タイに牡蠣、サザエと干物もあるよ、自家製なんだ!美味いぞー!食ってけ!!!」
昨日の漁はまあまあ収穫があったらしい。いつも漁港に卸しているものを半分ほどこっちに持ってくることになった。うちが作っているアナゴの干物やアジの干物、イワシの干物にカワハギやイカの一夜干しなんかも持ってきたんだけど、飛ぶように売れてるよ!!!コンロの中にアルミホイルに包んであるサツマイモもあるけど、それを売るヒマがないというか!!!…なんか忘れちゃいそうで怖いな。
「すみません、牡蠣を五個とー!!!」
「へいへい。兄さん、そっちの牡蠣おね。」
「ほい!新しいの乗っけといて―!」
「りょーかい。」
なんかやけに長兄と森川さんの息がぴったりだ。
「すみません、この長いのってなんですか?…へび?」
「はは、まさか!これはね、アナゴだよ、香ばしくて、ちょっと甘くてとってもおいしいんだ、おすすめだよ?」
僕は干物を焼く担当なんだ。干物はこまめにひっくり返すのがコツなんだよ。丁寧にひっくり返さないと、イカが丸まっちゃうのさ。
「彼方!干物って焼いてないやつ売ってもいいんだよね?」
「いいよ!ええと、保冷剤あったよね。」
ええと、確か凍らせたミニ保冷剤がこの辺りに…。
「うん、もう入れた、真ん中に挟んどけばいいよね?」
「ばっちりだ、さすが由香!」
今日も由香の優秀さが光っている。
「おーい!!そろそろ交代だ!!」
「お疲れ様!すごいね、ここのにおい体育館まで届いてるよ、みんなおなかすいたってすごく噂してた。」
河合先生と早瀬先輩が戻ってきた。朝一はみんなでワイワイやりながらやってたんだけど、あんまりテント内に人がいても逆に効率が悪いってわかったので、一時間ごとに担当を交代することにしたんだ。何事もやってみないとわかんないというか、都度色々調整していけばいいというか。融通が利くのが、うちの学生会の良いところっていうか、悪いところっていうか。
「おい、相川嬢はどうしたんだ、まだ来てないみたいだけど!」
「さっき男の子と歩いてたの見たよ。」
森川さんがサザエを追加しながら貴重な目撃情報を伝えてくれた。意外と目を光らせてるんだよね、前髪に隠れてるとはいえ、あのヘーゼルアイは伊達じゃない。諜報部員も真っ青なんじゃないの。
相川先輩は、サンドウィッチマンをやってもらってるんだけど、今から僕は体育館のステージ企画イベントに出なきゃいけなくて、その間交代してもらう手はずになっていたんだ。…そうか、交代要員が来ないんじゃ仕方ないよね、よし、僕はイベント企画を辞退しよう。
「はは、交代してくれる人がいないんじゃ、僕はここ抜けられませんね、河合先生、代わりにラブワード行ってきてくださいよ。」
「はあ?!俺?!」
常日頃モテたいモテたいと言ってるおっさんに、世間の一般女子が言われたいと望んで止まないラブワードを読ませて差し上げようという、僕の温かい心遣いをだね…。
「ごめーん!遅くなっちゃった!!!」
「遅いよ!!!って誰その人!!!」
なにやら相川先輩は真っ赤な顔をした男の子をがっちりホールドしているぞ…。おいおい、あんなんじゃ落ちちゃうよ。
「うん!私の彼氏!!!」
「ち、違います!!!僕は会場地図をもらおうと!!!」
なんで彼氏が涙目になってるんだ。
「もー!だめだよ、未成年者略取になっちゃうよ?!ごめんね、お菓子あげるから、許してね!!!」
がっちりホールドを決めている相川先輩の後ろから、頭にねこ耳を付けた熊みたいなおっさんが現れて、べりっと二人を引きはがした。
…なんだ、結城先生か。ものすごく文化祭を楽しんでるなあ、ねこ耳だけかと思ったら猫しっぽやコウモリの羽までついてるよ、よく見たら風船も持ってるし両手には綿あめとヨーヨー釣りとよくわかんないビニール風船のおもちゃを持っている。そういえば、奥さんと子供さんも今日は来ているって言ってたけど…まだ見てないなあ。あとで見えるかな?…正直興味津々だったりして。
「あ、ありがとうございました、失礼します!!!」
「あっ!!!ゆうじくううううううん!!!!!」
今度は相川先輩が涙目になってるよ…。
「もう!!ユーキ先生ってば!!!せっかく出会えたあたしのッ!!あたしの運命の彼氏っ!!!」
「「「「「絶対違う…。」」」」」
僕のつぶやきに重なったのは誰の声だ。ああ、ここにいるみんなの声だった。
「ああー!!やっと来た!!もう来ないかと思って焦っちゃったよ!!」
急いで体育館に向かうと、台本をくるくるに丸めた三上先輩がテケテケとこちらに駆け寄ってきた。…この人もこう、コロポックル感がするんだよね、なんでかな、そっか、小柄だからか。僕と由香と三上先輩は、人混みをかき分けつつ、急いで舞台袖に向かう。
「すみません、相川先輩がまた…運命の彼氏に出会っちゃってて。」
「またかい!!!もう、ホント大概にしてもらわないと困るよ…。」
放送席横のドアを開け、六段ほどの階段を昇ってカーテンが揺れる舞台袖に上がる。がっくり肩を落とす三上先輩の向こうには、煌びやかなステージが見える。カーテンからそっと顔を出して館内を見ると…!!!うわ、ものすごい人、人、人、人…!!!
小さな大学の割に、大きな体育館だとは思っていたんだけど、今日は…ずいぶん狭く感じる。
なぜなら!!!お客さんがみっちり埋まってるからだよっ!!!ちょっと待って、端から端までパイプ椅子がみっちり…違う、立ち見も出てるんだ、何この熱狂。田舎の小さな女子大の文化祭だと、完全に高を括っていた。
「今ね、午後の説明してる、次だから、これ、台本ね!!!朝読んだ通りで、オッケー?」
「・・・はい。」
結局僕はこの恥ずかしすぎるイベントを断り切れず!誰かに代わってもらうこともできず!!!今から、舞台に立たねばならないっ!!!!僕は、この大舞台を!!!こなすことが!!!できるのか?!
「彼方…ここで見守ってるから、頑張ってね?」
「由香…僕は、僕は、僕はっ!!!」
普段の冷静さを欠いた僕を見た由香は、そっと!!僕の手を取って!!!両手で、ぎゅっと…包み込んで!!!
「…大丈夫、彼方なら…できる!!!」
思わず、目を見開いてしまった。
激しく鼓動を打っていた僕の心臓が、やけに…やけに…。
…うん、僕は、僕は、僕は…!!!
・・・できる!!!
「ありがとう、由香。…頑張って、くる・・・。」
思わず由香を抱きしめてしまいそうになった時。
≪≪≪≪では‼午後一発目!!!当女子大が誇るナンバーワンイケメン…石橋彼方くんのラブワードショー!!!スタートで――――す!!!!≫≫≫≫
〈〈〈〈〈キャアアアアアああああああアアアアアアア!!!!!!〉〉〉〉〉
僕は、大声援の中!!!
笑顔を忘れずに!!!!
スポットライトの中に!!!飛び込んで行ったんだよっ!!!!!!




