メイクアップ企画
十月に入り、ずいぶん暑さは和らいだものの、日差しはまだまだきつい。テントの屋根が白いからなあ、これ紫外線透過してるよね、日焼け止めしっかり塗っておかないと。
「あ、こっちの日焼け止めの方がいいよ、白くなりにくいしさらさらしてるから。」
「そう?サンキュー。」
僕は次兄の差し出した怪しげなビンに手を伸ばした。…なんでも、只今開発中の試作品なんだって。
「私も欲しいな。クレクレして良き?」
「もちろん。」
日曜夜遅くにこちらに戻ってきた森川さんは、今日はやけにこう、おしゃれというか、かわいいというか。いつもおろしている前髪と、お団子にまとめてるロングヘアがね?!今日のイベントのためにきっちりとヘアセットされててね?!正直、別人としか思えない!!!
「このあとメイクショーやるもんね、あんまり分厚く付けないようにね。」
「へいへい。」
ノーメイクで、ここまでかわいいとか、ねえ、森川さんっていったい何者。
「何とか間に合ってよかったね、ええと、スケジュール、最終確認しておこうか。」
「あ、由香、ここ間違ってる、サンプルは最後に渡すんだって。」
「はい、了解。」
月曜、後期の授業がスタートした。長期の夏休み後は、少々エンジンがかかるのがゆっくりというか、みんなどこかのんびりとしていたんだけども。僕はのんびりどころか、てんてこ舞いで!!!
土曜、日曜と開催される、文化祭の準備がね?!もうさ、発注してあったのぼりは届かないわ、テントの設営スタッフは無断欠席するわ、セットして置いた企画セットは紛失するわで!!!何とか無事土曜の朝を迎えることができたのは、由香の助けがあったからとしか!!!由香は穴を見つけるのが上手いというか、絶妙なサポート力を持っているというか、絶大なる僕の信頼を持っている唯一といっていい存在でね?!
「うん…由香、君がいたら、僕はそれだけで何でもこなせるって、知ってるから…。」
「ふぇっ?!あ、ああ、うんっ、はは!!私は、いつでもそばに、イマスッ!!はいっ!!」
「またやってるよ、このスケコマシが…。」
失礼なおっさんの一言を、僕は聞き逃すはずもなく。
「河合先生!!!悪いんですけど、僕ここから離れられないんで、このバケツに水汲んできてください、四つあります。」
バケツはひとつ6リットル入るんだ、重労働は小太りの中年に任せよう。
「ちょ!!お前助教授を顎で使うとは何事…。」
「じゃあ助教授らしい威厳に溢れた言動をしてくださいよ!!!」
僕はおっさんの愚痴を聞いてる暇なんてないんだよ!!!
学生会の文化祭企画は三つ。
まず、今日土曜日。次兄の協力を得ての、メイクアップブース企画。大学生でお化粧デビューする子って多いからね。この前の親睦旅行で、お化粧の知識を求めてる子が結構いることも判明したんで、メイクを引っ張ってきたら集客も可能なんじゃないかって考えたんだ。
次兄は化粧品メーカーに勤めていて、スキンケアやメイク全般については専門家。企画について話をしたら、自社製品の広告展示とサンプル配布を条件として、メイク専門家である次兄を借り出すことに成功したというわけ。
明日は炭焼き海鮮販売。長兄の協力を得ての、フード企画。この大学ってさ、海なし県で、海産物に飢えてる人が多いらしくてね。この前海に行った話を学生会でしたら、みんな食べたい食べたいうるさいのなんの!だけど海鮮って結構値段も貼るし、無理かなあって思ってたんだけど、長兄にぽろっと漏らしたら、協力してくれるっていうじゃないか。
美味いもんたくさん食べさせてやるぞってはりきっちゃってさ、今日も朝から船に乗り込んでるってわけ。時化てないといいんだけど、何も取れなかったら、サツマイモを炭火で焼くはめになるらしい。
明日はさ、ステージ企画もあるんだよね。学生会は、昼休み明けの13:00~13:30の、30分間。たった30分で何ができるんだってずいぶん悩んだんだけど、森川さんの提案した、ラブワード朗読企画が意外と人気で選出に必死になってたりする。今も学生会室で、結城先生と相川先輩と早瀬先輩が選んでいるはずだ。
文化祭掲示板に企画内容を貼り出したのが火曜日なんだけど、投票ポストが破裂するくらい集まっちゃってね。正直びっくりだよ。心にきゅんと来る、切ないラブワードを…僕がっ!!!朗読するって企画なんだけど?!棒読み過ぎて会場が静まり返ったら…僕は、僕はッ!!!
「彼方、そろそろ着替えてきた方がいいよ!」
「そう?三上先輩が来たら着替えようと思ってたんだけど…大丈夫?」
三上先輩はゴムグラウンドに並ぶテントを一つ一つまわって許可証の確認をしているんだ。文化祭開催委員の委員長が事故渋滞に巻き込まれたとかで、急遽ピンチヒッターをやっているらしい。
「うん、まだ始まってないし、ほとんど準備も終わってるから。お兄さんも、どうぞ!」
「じゃあ、行ってくるね、留守は頼むよ。」
「どこの大黒柱のセリフだよ!!!」
おっさんがバケツを二つ抱えて戻ってきた。びしゃびしゃとこぼして…本当にガサツだなあ、もう。
「お父さん、行ってらっしゃいwww」
「森川さんまで!!」
…なんだかなあ。あれ、なんで由香は赤い顔してるんだ。次兄の日焼け止め、効いてないんじゃないの。
「はーい!こちらメイクアップブースでーす!!プロのメイクが500円で体験できまーす!お土産サンプルもらえちゃいまーす!」
「見るだけでも相当勉強になりまーす!観覧席ございまーす!!」
学生会ブースの前で、相川先輩と早瀬先輩の声が響き渡っている。二人ともよく通る声してるんだよ。カラオケが相当上手いに違いない。
「あの!!!写真、いいですか!!!ええと、ふ、二人に、挟まれたいんです!!!」
僕は「メイク体験一回500円」を体験してくれたお客様をエスコートする係をやっているんだ。メイクアップするのは次兄。お土産のサンプルを渡すのは由香。観覧席の入れ替え誘導をするのは森川さん。メイクテーブルを拭いた布巾を洗浄したり、写真や動画を撮るのは結城先生と河合先生。
「はい、じゃあ、一緒に記念撮影ね、はい、チーズ…ありがとう!」
「ひゃあああアアア!!ありがとっ!!ございっ!!!!」
僕が左で、お客さんが真ん中で、次兄が右。三人並んで記念写真を撮って、最後にお土産貰ってメイクアップ体験は終了、なんだけどもっ!!
「燕尾服の美青年二人に挟まれて記念撮影とかこれ何のご褒美なの!!ウケる!!!」
「結城先生!!それどういう意味ですか?!」
写真係の結城先生の物言いにね?!ちょっとモノ申したいんですけど!!!僕はっ!!ただのエプロンでいいじゃないかって最後まで意見を述べたんだよ?!でも!!多数決で燕尾服着用が決まってしまって!!!はめられたとしか、思えない!!!
「まあまあ、いいじゃん、人気なんだからさ。ほら、次のお客様、来るよ。」
やけに冷静な次兄に腹が立つんだけど?!そりゃね、ものすごく人気でね?!午前中のチケットはすでに完売、午後からの販売分を求めてすでに人が並んでるとか、ねえ、みんな正気なの…。
「ふふ!彼方、頑張って、あとちょっとでお昼だよ。美味しそうなチーズハットクのテントあったから、あとで一緒に食べようね!」
「由香、僕は…君とおいしいものを食べ歩くことだけを目標に、頑張るよ…。」
「お前!!タラシまくるのもいいかげんにしろよ?!」
おっさんが不機嫌そうにタオルを絞っていたのを見つけた僕は。
「河合先生、バケツの水が濁ってきてます、替えてきてくださいね、僕動けないんで!」
しっかり指示を出させていただいて、次のお客さんをお迎えしたのだった。




