図書館
親睦旅行が終わり、通常の講義が始まって一か月が過ぎ、ようやく僕の周りも落ち着きを見せ始めた。何かあるたびに女子に囲まれてたじたじだったけれど、梅雨入りする頃にはずいぶん嬌声を聴くことも少なくなった。落ち着いてしまえば、皆普通のかわいい女子ばかりだ。講義の合間の休み時間のおしゃべりは、華やかかつほのぼのとしていて、こんなことを言っては失礼かもしれないけど…田舎の女子大って感じだ。やっぱり男子がいないと少し気が楽なのかな。
梅雨に入ったばかりの、水曜日、朝七時半。僕は学生ロビーで由香と並んでコーヒーをいただいている。いつもなら由香と一緒に構内をウォーキングしているんだけれど、雲行きが怪しいんだよね。途中で雨が降ってきそうだ。
「ね、今日は外行くのやめて、写真見に行かない?まだ見てないって言ってたよね?」
「掲示はしたけど、まだじっくり見てないし、注文もしてない。」
由香がニコニコしている。親睦旅行の写真がようやく上がってきたので、図書館前に展示してあるんだ。デジカメデータが紛失したとか、プリントしたものをコンビニに忘れてくるとか、かなりいろいろと不手際があってね?…遅すぎだよ!!
ようやく掲示できるようになったので、300枚の写真に番号をふって掲示して。あまりの不手際続きで、正直写真を見る気が失せてたというかね?!四月末のイベントの写真が六月展示ってあり得ない!!もうみんな旅行のこと忘れてるんじゃないの。
「データダウンロードか写真が選べるんだよね。」
在学生用の掲示板アプリで写真注文をすると、画像データが送られてくるようになっているんだ。写真は後日郵送されて届くようになっている。データは一件20円、写真は一枚100円。送料がかかることを考えると、データの方がお得。コンビニでプリントできるからね。
「うん、データの方がいいかも?すぐに送ってもらえるらしいよ。」
二日前に森川さんと一緒に掲示したんだけど、貼ってる最中に大崎さんが注文し始めて、すぐにデータが送られてきてびっくりしたんだ。
「そっか!じゃ、見に行こ!!なんかいつ行っても人がいっぱいで、全然見ることができなくて。」
「今ならだれもいないと思うよ、見終わったらそのまま図書館に行こうか。」
僕は椅子から立って、飲み終わったコーヒーの紙コップを潰してゴミ箱に入れた。
本校舎から図書館へ向かうと、写真の掲示されているホワイトボードが二枚重ねられて端に寄せられている。図書館入り口のバリケードとして利用してるらしい。…結城先生だな。閉館プレートを入り口にかけるそのひと手間を手抜きしているに違いない。変なところで悪知恵が回るというか、こんな所で楽するのも情けないというか。…しょうがないな、ホワイトボードをいつもの掲示場所に移動してと。
「けっこうあるね!見るの大変だ…。」
「三百枚だからね。でも、学科三つ分って考えたらそんなに多くないのかも?」
写真係だった三上先輩に遭遇しなかったら写真に撮ってもらえないから、映ってない人もかなりいると思うんだよね。記念という意味なら、集合写真を撮った方がいいんじゃないのかな。でもなあ、なんかちょっと古臭い感じもする。来年は希望者集めて撮ってみようか。
「あ、私の写真がある!いつの間に撮られたんだろう…。」
見ると、晴れやかな笑顔の由香が映っていた。…っ!!その後ろに映っているのはげっそりした様子の僕!!これは…メッサイイヤンから降りた直後だな!!いつの間に!!!森川さんと布施さんも写ってる、あの二人は写真のこと知ってるのかな?…あんまり映りが良くないから教えたくないけど!!この場合教えておかないとだめだよね。
「ふふ、彼方なんかげっそりしてる。いっぱい叫んでたもんねえ…。」
「そう?気のせいじゃない?」
…由香がしっかり注文してるじゃないか!なんてことだ、僕の情けない姿が記録としてっ!!!
「っ!!!か、彼方、この写真っ!!!」
なんだ、由香が赤いぞ。由香の指差した写真には…仲良くクレープを持って頬を寄せる様子が映っている。いいね、この角度は由香のキュートな感じがフルで前に出るな、目線がしっかり前を向いているのも好ポイントだ。よし、注文しよう。
「はは、かわいく写ってる、さすが由香。」
「彼方のタラシっぷりもここまで来るとね?!」
ばっちり決まってるのに、その言い方は何だい。
「たらしてない。」
「うう…買うけど、人に見せるの、勇気いるよっ!!」
堂々と見せびらかしてもらっていいのにな。僕なんかスマホの待ち受けにしてもいいなあって思ったんだけど。あんまり恥ずかしがらせてもダメってことか、うーん、難しいな。
「おっ!もぐもぐ、おはよう!!」
写真を見ていると、体育館横の通路からひげ面のおっさん…じゃない、結城先生が現れた。朝から何食べてんだ…あれは今日発売のコンビニのプリンパフェ!!
「ちょっと結城先生、図書館は飲食禁止なのに司書が規則違反する気ですか!!」
「もう食べ終わるもん!」
うっ!!結構残ってたのに、一気に流し込んだ!!なんというもったいない食べ方をするんだ!!少々怒りを感じつつ呆れていると、由香の目が輝いている。
「それ今日から新発売のですよね!」
「うん!プリンが卵っぽくてちょっと固いのがウマ―ポイント高いね!」
今日の講義が終わった後、由香と一緒に食べに行こうって話をしてたんだ。スイーツ好きの由香たっての希望でね。SNSで話題沸騰中なんだ。
「あのコンビニのパフェはハズレが無いんですよねえ。」
「そうそう!かき氷もおいしいから楽しみなんだよ、がはは!!!」
スイーツ好きの結城先生と由香は何気に仲がいいんだよ。スイーツ情報をいろいろと交換しているんだけど、僕としては結城先生のガサツさに由香がつぶれてしまわないか心配でならないというか。…僕はずいぶん過保護になってしまったみたいだ。
「エアコンついてなくてまだ暑いけど入る?」
「入ります。」
まだそんなに暑くない時期なんだけどな。今からこの調子だったら真夏になったらここの図書館凍えちゃうんじゃないの。
結城先生が図書館の入り口のドアを開ける。ふわりと本の香りが漂う。この瞬間が僕のお気に入りだったりする。結城先生は毎日八時に図書館を開けるので、水曜はオープンに立ち合うことを決めていたり。
「昨日さあ、書籍レビュー入れ替えてみたんだけど、見てよ!!」
館内の電気のスイッチを入れつつ結城先生が貸出カウンターのイーゼルを指差す。あ、本当だ。昨日までのタイトルとは違うものが並んでる…「撫でたいおなか」「天才の床」「白い八重歯」、僕らの生まれたころのベストセラーに…先生が生まれたころのベストセラーか。相変わらずお勧めする本のチョイスが謎だ。しかし…ううむ、やはりレビューの読みごたえがすごい。もうさ、これレビューじゃなくて短編小説じゃないの。
「なんでこんなに読み応えのあるレビュー書くんですか。読ませたい意気込みと本に対する入れ込み方がフルパワーで前面に出てて、正直読書ファン心を鷲掴みし過ぎてると思います。」
「何それ!!褒めてんだよね?!」
図書館司書としての有能さが、普段の残念さを隠しきれないのが残念でならないというかね。…違うな、普段が残念過ぎて有能さが前に出る隙が無い、いや、完全に塗りつぶされている。
「本当はもっとしっかり褒めたいんですけどね、入り口チェーンをかけずにホワイトボードでごまかすとか、手抜きを見ちゃうと褒めにくいんです。もうちょっと隅々までしっかりと図書館をケアしてあげてくださいよ。」
イーゼルを図書館入り口のドア横に設置しつつ、結城先生に苦言を申してみる。由香は図書館のカーテンを開けてまわっている。さすがだ。
「だって昨日急いで帰ろうとしたら閉館プレート机の奥から出すの忘れて施錠しちゃったんだもん!!こういう事もあるって、がはは!!!」
いつもの事じゃないか!!先週の水曜はカーテン開けっぱなしで帰ってたし、その前はイーゼルが出しっぱなしだったし、そもそもちゃんとできていることの方が少ないんだけど!!
「今日はグレープフルーツページ読もうかな、スイーツ特集載ってるんだよね。」
カーテンを開け終わった由香が雑誌コーナーを見ている。この図書館は月刊雑誌を豊富に置いてるのが魅力なんだ。僕も旅雑誌でも見ようかなと思ってたんだけど。…あのレビューを見てしまったらね?!
僕は腹立たしく思いながらも…素晴らしいレビューにしっかりつられてしまったわけ。なんだか負けたような気がするけど、気にしたらダメだな、うん。
カウンター横にあるおすすめ本を一冊手に取って閲覧コーナーへと向かった僕は、ニコニコしながら雑誌のページをめくっている由香の横に腰を下ろした。




