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…窓際には、君が  作者: たかさば


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歌声

 ごぅん、ぶるるるる…


 大型遊園地の駐車場にバスのエンジン音が鳴り響く。時刻は間もなく14:00、出発時刻だというのに。


「おい、相川嬢はどうしたんだ!!連絡は!!」

「スマホ切れてるんだよね…。」


 参加者が全員揃ったというのに、親睦旅行運営スタッフが集合時刻になっても現れないというこの非常事態。焦らなければならないはずなのに、結城先生は冷凍チーズケーキを手づかみでわしわし食べてるし、河合先生もでっかいわたあめ食べてるし!!三上先輩はラインを流しているけど既読が付かないみたいだ。早瀬先輩はバスの運転手と話をしている。


 …動くのは僕しかいないじゃないか!!


「僕ちょっと園内放送を頼んできます。」


 来ない人をただ待つのはこの場合…得策ではない。急ぎ足で、駐車場横の総合案内所に向かうと。


「あのね!あたし帰りたくないの!!ね、ずっと一緒にいよ?」

「す、すみません、僕まだ勤務中なんで…。」


 ん!?この声は!!!案内所前のベンチの前で、何やらもめている男女と、それを見守っている案内所スタッフが二人。なんだこの修羅場は!!


「相川先輩!!何やってんです!!もう集合時間ですよ!!!」


 化粧の崩れかかった半泣きの相川先輩が、園内スタッフの兄ちゃんに抱きついてるじゃないか!!!困り果てた顔の兄ちゃんと目が合う。むむ、これはいったい。


「運命の相手との、別れを邪魔すんなー!」


 相川先輩が!!なぜか僕の方に怒りの矛先を向けてくるんだけど?!


「すみません、ごめんなさい、またの来園お待ちしてますから!!」


 相川先輩のホールドが解けたお兄ちゃんは、逃げるようにして園内へとかけていった。…総合案内所から見守ってたスタッフの女性二人が、僕に手を合わせている。相川先輩、何やらかしてるんだ…。


「う、うぇええ―――ん!!逃げられちゃったじゃん!!あの人はね、あたしのね、好みにばっちりで…!!!」


 何やらわめいている相川先輩の手をぎゅうと握って、バスの方へと連行する。…帰ったら説教だ!!




「はい、少々出発が遅れてしまいましたが、只今よりバスは大学学舎内へ向けて出発させていただきます。途中、サービスエリアに寄りますが、気分悪くなったらすぐに近くのパーキングエリアにとまりますので、遠慮しないで申し出てくださいね。」


≪≪≪はーい!≫≫≫


 このバスは本当に団結力があるというか、ノリがいいというか…よかった、このバスに乗れて。なんていうか、こういうのけっこう楽しいな。イベントの進行係の楽しさを、僕はこの親睦旅行で学んだ気がする。


「カナキューン!遅刻した人は、校歌歌うんでしょ?歌ってくださーい!!」

「はい?」


 奥の方の席で…声が聞こえてきた。あれはワタサン。…ばっちりフルメイクに戻ってる。完全に僕がお化け屋敷前で見たワタサンとは別人になってるな、特殊メイクってこういうのいうんじゃないの…。


≪≪≪校歌!校歌!!≫≫≫


 うっ…!!なんだこのシュプレヒ・コールは!!!


「ふふ!!彼方、このバスに乗り込んだ時14:15だったから…。これはもう、観念して歌うしかないと思うよ…!!!」


 !!!


「あれは相川先輩が遅れてきてね?!僕は微塵も遅れてなどいないじゃないか…!!」


≪≪≪校歌!校歌!!≫≫≫


「彼方…この騒ぎを、収めることができるのはね、あなたの歌声だけなの、ガ・ン・バ・レ!!!」


 うっ…!!僕、僕はなんという自爆をっ…!!!マイクを持つ僕を見つめる、バス内のみんなの目が!!じっと見つめる、目が!!目が!!!


「…僕の出身小学校はね、海が見える学校で、潮風にやられて鉄部分が錆びがちで…うん、なかなかいい学校でね?」


≪≪≪校歌!校歌!!≫≫≫


 …ダメだ!!トークでなんとかなるかと思ったけど、おかしなテンションに包まれたこの車内では…ごまかしようがない!!…僕は腹をくくって、校歌を。校歌をっ!!




「彼方って普段低い声してるのに…歌うとすごく女の子の声になるんだね。正直びっくりしたというか…。ねえ、なんか機械でも入ってるの?!」


 途中休憩のサービスエリア、僕と由香は並んでぐるぐる巻き手作りソーセージなんかにかぶりついてるわけなんだけども!!由香がニコニコして目を真ん丸にして僕を見つめているわけなんだけれども!!


「…入ってるかどうか、確認してみる?」


 ここで派手にリアクションしてしまったら僕のキャラクターが崩壊してしまうに違いない。ここは努めて冷静に、いつものようにね?少し意味深に由香の顔をのぞき込むと…。


「またすごいごまかし方してるし。」

「ユカユカもちょっと、うん…そっとしておいてあげようよ。」


 森川さんと布施さんが鶏皮せんべいを手にして、僕と由香の座るテーブルを通りかかった。ちょっと、そっとしておくってどういう事なんだい。


「ここ空いてるから、よろしければご一緒にどう?」

「「お邪魔します。」」


 時間が中途半端なのかな、サービスエリアの中は人がそんなにいなくて…今いるのは親睦旅行参加者がほとんどだ。お土産を買ってる人も結構いる。僕も何か買おうかな、でも持って帰るのが面倒というか。


「彼方すごく頑張ってるよね、みんなこのバス旅行、すごく楽しめたと思うよ。」

「わりとマジで、来てよかった。」

「カナキュンのおかげだよ、ホント。」


 …なんか慰められているような気がするんだけど。僕は慰めてもらわなきゃいけないような失態はしていない…はず…!!!


「そう?楽しんでいただけたなら、何より。学生会役員として務めを果たせたことをうれしく思うよ。…ずいぶん、由香が手伝ってくれたからね、本当に助かったよ、ありがとう。」

「え、私は何もッ…!」


 由香は食べかけのソーセージを持ったまま、両手をパタパタと降っている。なんでそんなに全力で否定するんだい。


「ずいぶん怖い思いもさせてしまったし…。由香がいなければ今この瞬間の僕はいなかったかもしれない。由香が隣にいてくれたから、僕は安心して自分のすることに集中できたんだよ。」

「また大げさ且つユカユカラブっぷりがすげえ…。」


 森川さんが大きな口を開けっ放しにして僕を見ているようだ。でっかい目が全然見えないな。よし、今度かわいいピン止めをプレゼントして目を出させよう、決めた。あれ、布施さんが鶏皮チップスを一個テーブルに落としたぞ、…あ、拾って食べた。


「なんか、うん、甘い、甘いね、鶏皮買っといてよかった…ポリ、ポリ…。」

「~っ!!」


 なんだ、由香と布施さんが真っ赤な顔してるじゃないか。このサービスエリアは空調が聞いていないんじゃないの。


「あのさ、私学生会入ろうかなって思うんだけど、どお?」

「ホントに!僕的には大歓迎だよ。人が足りてないんだ。」


 ギリギリ足りてるけど、先生はあまり頼り切れないというか。これからイベントも色々あるだろうし、仲間は絶対に多い方がいいに決まってる。森川さんだったら少々くせの強い学生会メンバーでも問題なく対処できそうだ。


「じゃ―さ、今日から入るわ。私下宿だし、時間は余裕あんのさ。」

「学校着いたら学生会メンバー集合するから、その時に紹介するよ。…今後ともよろしく。」


 僕が右手を差し出すと、森川さんはしっかりと握り返してくれた。


「うーん、私部活入ってなかったら学生会やってもよかったけどなあ…。」

「ラクロス部だったよね。布施さんは選手としてめいっぱい活躍してほしいな。…応援にも行ってみたいし。」


 僕と由香が毎朝グラウンドをウォーキングしている時に、ラクロスグラウンドが見えるんだ。僕も由香も一回もゲーム?試合?を見たことがなくて、一回見てみたいねって話をしてたんだよね。


「そうそう!ふーちゃんのカッコイイところみたい!!」

「え、そ、そう?がんばっちゃおうかな。えへへ。」


 布施さんはなんとスポーツ推薦で入学してるんだ。そんなものすごい人にあんな学生会に入ってもらうなんてとんでもない。下手をしたら大学側から学生会抹消手続きをされてしまう可能性すらある。


「ユカユカは入んないの?」

「由香は僕専属の優秀な…かけがえのない人だから、学生会にはもったいないんだ。」


 由香は学生会に入らないことを少し気にしてるみたいだったからね。ちゃんとそこら辺を考えたうえで説明しておかないといけないな。あれ、由香と布施さんの顔が赤い。なんで二人とも下向いてんの。森川さんは目が見えないからわからないけど、大口開けて…ぽかんとしてるみたいだ。


「…私ピリ辛の鶏皮食べてたはずなんだけど!!…めっちゃ甘くて甘くて!!!」

「あまーあまー。」

「うう…!!!」


 ふうん、あの鶏皮甘いのか。僕の食べてるぐるぐるソーセージはスパイシーでかなりおいしいけどな。来年の親睦旅行に行った時には、鶏皮せんべい食べてみよう。




 バスは安全運転で無事大学構内に到着した。今日の旅行の感想を書いてもらったものを受け取りながら、握手をしてお別れの挨拶をしている。


「カナキュン、ありがとう!いい旅行になったよ!」

「喜んでもらえて何よりです、気を付けて帰ってね。」


 みんなニコニコしてる、よかった。僕の隣では由香と森川さんが手伝ってくれている。由香が感想を書いてもらった紙を集めて、森川さんがゴミを回収。なんという素晴らしいチームワーク。

 …隣の河合先生のバスなんかみんな思い思いに帰って行ってるし、ゴミの回収すらしてないぞ!!感想書いてもらってるんだろうね…。怪しい。


「石橋君終わった…って握手してる!!アイドルかっ!!!」


 全員無事帰宅した5号車の三上先輩がこちらに様子を見に来た。手持ちの段ボールの中には紙が整頓して入っている。感想はちゃんともらってるみたいだ、さすが会長はしっかりしているな。


「アイドルって何ですか、記念なんだから握手位したっていいでしょう…。」

「すごいサービスだ…。」


 なんで会長が唖然としているんだ。


「おーい終わったら学生会室集合ねー!」


 大荷物を抱えた結城先生がこちらに大声を放つ。なんだろう、朝見た時よりも大きくなってないか。どれだけ食べたんだあのおっさんは。


「カナキュン、私で最後だよ!バスの中全部見てまわってきたけど、忘れ物はなかったから、報告しとくね。今日はいろいろとありがとう!…歌声、素敵だったよ!」

「っ!!はは、いえいえ、こちらこそ、楽しんでもらえてよかったよ。」


 バスから出てきたワタサンと握手を交わす。しっかりしてるなあ、忘れ物とか見てくれて助かる。…しかし…うぐぐ、歌声、歌声っ…!!いや、気にしたら駄目だ、気にした時点で…僕の歌声が僕の中で欠点と認識されてしまう!!にっこっりわらって!!スルーを決め込むっ!!決め込んでお見送りしてっ!!


 ぎこちない笑顔の僕に、由香がいつもと変わらない笑顔を向けて、集めていた感想を渡してくれた。由香の笑顔は癒されるな、うん。


「…じゃあ、私も帰ろうかな。彼方お疲れさま、楽しかったよ。…はい。」


 隣の由香が勢い良く手を差し出した。僕はその手を慣れた手つきでしっかりと握り込む。


「由香、今日は本当にありがとう。忘れ物はない?」

「ないよ!さっきワタサンが確認してくれたでしょ!」


 …ああ、僕的には忘れちゃならないことがあった。


 由香の頭を、そっと二回……ぽん、ぽん。


「…お疲れさま。気を付けて帰ってね。」

「っ!!!う、うん…。」


 夕日に照らされた由香の顔は、真っ赤に染まっていた。


「よし、じゃあ学生会室に行こうか。」

「…へいへい。」


 新メンバー加入に先輩方やおっさん…いや、先生二人も沸き立つに違いない。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 12/12 ・あまあま〜♪ [気になる点] 昼食の牛飯も甘くなりそう [一言] 彼方さんの意外な一面が増えていく〜
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