あーん
「あっ!そのポーチ!!見つけてくれたんだ、ありがとう!!」
アトラクションを出てすぐの大きなパラソルの下から、一人の女子が僕のもとに駆け寄る。…ワタサン…だよね。ちょっと、こう、お化粧が施されてないと、うん、正直別人だ。さっきまでのゴージャス女子はどこに行ったんだ。目の前の素朴な女子を見て少々たじろいでたりして…。
「これでよかった?一応中身確認してね。」
ワタサンはポーチの中を開けていろいろ確認している…すごいな、見るつもりじゃなくて見えちゃったんだけど、化粧品がみっちり入ってる。あの量を常に持ち歩いてるのか、女子ってなんかすごいな。…いや、僕も女子なんだけど。
「…うん、大丈夫!これではげたメイクも直せそう!助かったよぅ、本当にありがとう!」
「いえいえ。…どうぞ引き続き親睦旅行をお楽しみください、もうお化け屋敷入っちゃだめだよ?」
ワタサンはすっきりした顔をして、近くのパウダールームに消えた。今からあのメイクをするのか、まさかと思うけど集合時間に間に合うよね…。いらぬ心配をしてしまうな。
「彼方、私もちょっとだけお化粧直してこようかな。」
由香もちょっとお化粧が取れちゃったんだった。…由香だったら直さなくても化粧を落とすだけでかわいいと思うんだけど。でもそれを言ったら多分、またプンプンしちゃうと思うんだよね。
「じゃあ、僕はあのパラソルの下で待ってようか…。」
由香を恐怖のどん底に落としたアトラクション前から移動をしようとすると。
「ああー!!こんな所にいた!!彼方くん!!」
「も~!!めっちゃ探したんだよ!!一緒に写真撮ろ!!」
少し離れた場所から駆け寄ってくる、あの二人組は…あ、あの金髪は川村さんだな、隣の犬のぬいぐるみキャップをかぶっているのは大崎さんに違いない。はは、よく似合ってる、ぷくぷくとした犬のキャラクターそっくり…いやいや、ずいぶんかわいらしいお嬢さんだ!!
「じゃあ、私はお化粧直してくるから、行ってきたら?ちょっと疲れちゃったし、私はここで待ってるから、ね?」
「じゃ、ちょっと行ってくるよ。何かあったら電話してね。」
僕は大崎さんに力強く引っ張られて…いや、連行されて!!ティーカップに乗り、フォトコーナーで撮影されることになってしまった…。気が付くと僕との写真待ちの列が!!ちょっと待って、僕はただの一般人で!!!通常のお客さんたちがなんか盛大に勘違いしてるんだけど!!!
「ご、ごめんね?僕執行部の事もしないといけないから、この辺で…!!!」
「あーん!!あたしまだツーショット撮ってない!!」
「ちょっと待って、焦る彼方くんの写真も一枚欲しい!!」
誰か!!助けてくれないかっ!!!
「あ、イケメン、もぐもぐ…相変わらずだな!がはは!!!」
僕の目の前を、両手いっぱいのお土産袋を抱えて何やら食べ歩いている結城先生が通りかかった。あの手荷物でクレープを食べながらタピオカも飲んでいるとは…もうこれ一種のさ、パフォーマーになれるんじゃないの。ガツガツとかわいいクレープを食べる様子に若干引いている自分がいる。…僕もクレープ食べたいな。
「ご、ごめんね?僕先生の手伝いするんで、この辺で失礼するよ、帰りのバス、皆遅れないようにね!」
「「「「はーい」」」」
僕は結城先生をダシにパワフルな女子達の呪縛から脱出した。単体行動はキケンだ!!由香、由香のもとへ急がねば!!!
「あと一時間くらいだけど、もぐもぐ。ほかのメンバー見た?」
「いや、見てないですね、どこにいるんだろう。」
そういえば先輩たちを見ていない。大きな遊園地ではあるけれど、どこかですれ違ってもいいはずなんだけどな。
「まあいいや、俺はあと向こうのアウトレットモールでドーナツ買ったらバスに戻るからさ。」
「まだ買うんですか!!完全食べ過ぎじゃないですか!!!」
よく見ると手に抱えてる袋の中身はお菓子ばっかじゃないか。この人どんだけ食べるんだ。
「これはかーちゃんと子供のお土産も入ってんの!!俺のは…三つだけ!!がはは!!」
「お子さんいるんですか?!」
こんなめちゃくちゃな人に奥さんがいて子供までいるなんて!!奥さんが気になる!!よっぽど懐の大きな、情深い、寛容な心の持ち主に違いない。
「まあね!そのうち会えるよ、文化祭とかさ。じゃ、またあとで。」
大荷物をものともせず、クレープを食べ終わった結城先生はモール外へと歩いて行った。いやあ、恐れ入るよ、ホント…。
僕がパラソルの下に行くと、かわいさを取り戻した由香がクレープを食べていた。…クレープ人気なのかな。よく見るとあちらこちらでクレープを食べている人がいる。なんだか僕も無性にクレープが食べたくなってきた。
「由香、ごめんね、お待たせ。」
「ううん、ゆっくりできてずいぶん落ち着いたから大丈夫。あ、食べかけだけどクレープ食べる?」
由香が食べているのは抹茶クレープみたいだ。僕はイチゴがいいなあ。
「うん、僕も買おうかな、さっき結城先生が食べてるの見て食べたくなったというか。」
「じゃあ、一緒にいこっか、あのね、すごくおいしそうなクレープ屋さんだよ!」
パラソルから少し行ったところにあるクレープ屋は、ちょうど並んでいた人の波が去ったみたいですぐに注文ができそうだ。
「いらっしゃい、どれにする?」
メニューを見ると…一押しは抹茶か、うーんでも僕はその隣の…。
「スペシャルクリームイチゴで。」
「あ!!私もそれと迷ったんだ!!めっちゃおいしそうだよね!!」
クレープ屋のお兄ちゃんは、手際よくクレープを焼いて、フルーツとクリームを並べ、クルリクルリと巻くと、紙に包んで形を整え、ホイップクリームをこれでもかと山盛りに絞り出した。
「はい、ありがとね!!」
お兄ちゃんにお金を渡して、でっかいソフトクリームみたいなクレープを受け取る。これはすごい。由香の目が真ん丸だ。あ、アイメイクの色変えたのか、かわいい。
「すごいね!!こんなにボリュームあるんだ、うわあ!!私もこっちにしたらよかったかなあ…。」
僕はクリームに刺さっているスプーンでクリームをひとすくいすると。
「はい、由香、アーン。」
「ッ?!イイの?!えっとっ!!あのぅ…!!」
「あーん。…して?」
ピンクのリップがつやつやしている由香の唇の前に、甘い、甘い誘惑を差し出した。
「ッ!!!あ、あーん…。」
なんだろう、この目の前のかわいい生き物は。ほっぺがピンク色なのは、化粧直しをしたばかりだからか、それとも?
「おいおい!!何公然と見せつけてんだ!!ラブラブっぷりにもほどがあるだろうが!!」
「石橋君やりますな。」
「なるほど、こういう感じなんだね…ふうん…。」
僕が由香に餌付けをしていると、河合先生と三上先輩、早瀬先輩がやってきた。
「あ、先輩も食べます?はい、アーン。」
「良いの?わーい、アーン!!…ウマ―!!」
三上先輩は大きな口をがばと開けて、クリームを頬張った。…由香とは違ったかわいさがあるな、この人。
「バスレクどうでした?相川先輩は一緒じゃないんですか。」
「バスはまあ、普通かな。相川さんはねー、うん、相変わらずな感じでね、今ゲームコーナーの兄ちゃんと遊んでるよ。」
「あの子ね、イケメンに声かけるの大好きなんだよね…。もーひとくちプリーズー!」
僕はクリームを多めにすくって三上先輩の口の中に放り込む。
「おいおい、カップルのラブラブクレープを堂々食うなよ…。」
「ごめんね、うちの会長が雰囲気ぶち壊して。」
「ッ!!ち、違うんです!!あの私はですねっ?!」
なぜ由香はそんなに全力で否定しているんだ。
「もぐ、もぐ、ごめんねー、じゃあ、写真撮ってあげるから。はい、並んで並んで。」
三上先輩は写真係もやってるんだ。そういえば僕個人的に写真撮ってないな、あの忌々しい大口を開けたジェットコースターのやつなら、あるけどさ。
「由香、撮ってもらおうよ、はい、こっち向いて。…いい?」
僕は由香と並んで、食べかけのクレープを胸の前にもって…さりげなく腰に手を回す。
「ちょっ!!彼方!!ちか、近い!!」
「ああ、もっと近い方がいい?…了解。」
僕が由香のピンクのほっぺに頬を寄せた瞬間、三上先輩がシャッターを切ったようだ。これはいい写真が取れたに違いない。
「すごくタラシ切った写真になるね、これは。」
「石橋君…さすがだ…。」
「お前…独身なめんなよ?!なんてもん見せつけてんだ!!」
なんだ、河合先生は独身か。似たような爆食ぶりなのに、結城先生とは違うんだなあ。いや、結城先生が特別なのか?うーん、この辺の謎は追々解き明かしていかねばなるまい。
「私たちはもうバスに戻るつもりなんだ、もう年だから疲れちゃって。」
「一つしか違わないじゃないですか!!」
つやつやのほっぺたに油がのり切ってる三上先輩が、嘘くさい年寄り理論を展開してきた。どう見ても子供にしか見えない人が何を言うんですか。
「ひとつってのがね、意外と違うんだよ。」
「くそう、なんてこった!俺はまだ若い!若いんだぞ?!うググ…!!」
早瀬先輩はまあ…細すぎるから、多少疲労感が漂っているような気がしないでもないかな。そもそも気苦労が多そうな感じではあるし。河合先生はまだなんか憤慨している。おっさんは放っておこう。
「由香、あと乗りたいものはない?もうあと30分くらいだから、あと二つくらいかな。」
「ッ、じゃあ、空中ブランコ!それでラストでいいよ、バスの準備もしたいでしょ?」
空中ブランコはクレープ屋の奥。並んでないし、すぐ乗れるかな。
「じゃあ、僕はブランコに乗ったらバスに行きますね。じゃ。」
空中ブランコは意外と高くまで上がって、少々僕の肝を冷やしたものの。隣で満面の笑みを広げる由香を見ていたら、ね。笑い返すしかないじゃないか。
ずいぶん高い位置で受ける風はかなり強くて、僕の髪も由香の髪もぼさぼさになってしまった。自分の髪は手櫛でさっとなでつけて、僕はそっと由香の柔らかい髪を指先でクルリクルリと巻く。
「ッ、彼方は、長い髪にしないの?なんか、髪、好きみたいだしっ…!」
「僕は由香の髪をこうして…愛でるのが好きなだけだよ。」
毛先にゆるくかかってるパーマがいいんだな、きっと。指先で巻き付けると奇麗にカールするんだ。…うん、かわいくなった。よし。…しかし由香のほっぺはいつ見ても血色がいいな。チークいらずじゃないか。
「さ、そろそろバスに戻ろう、遅れたら校歌歌わないといけなくなっちゃうよ。」
「それはちょっと!!」
僕と由香はバスに向かって歩き出した。




