年越し
「やべぇ~www全然動く気配ねぇwww」
「先頭が…見えないよ?ここ、人気の神社なんだね」
「あと一時間くらいかかるかも!てゆっか、無料の豚汁なくならないよね?!」
「大丈夫でしょう、ほら…まだ大根切ってるし、奥に鍋が3つもあるから」
12月31日、大晦日…只今の時刻、23:30。
僕は今、大学からほど近いところにある神社にお邪魔している。
一緒にいるのは、由香と森川さんと布施さん。仲のいいみんなにも声をかけてみたんだけど、年末は家族と過ごすって人が多くて、最終的にいつものメンバーが揃った感じだ。
由香のところはおばあちゃんが体調を崩していて年末年始の予定が無くなって、森川さんは親せきが喪中かつ三が日に彼氏と出掛けるから年末に帰省しない選択をしてて、布施さんは新年早々ニューイヤーマラソンに参加するとかで、体力温存のために親戚まわりをやめることにしたとかなんとか。
僕はもともと…年始回りに来る親戚とのやり取りが好きではなくてさ。やたらとでかい我が家には、正月になると普段全く交流していないような親戚が次から次へとやって来て、かなりうっとおしいことになる。田舎特有の好奇心旺盛というか…、すぐに彼氏はできたのかだの、酒を注いでくれだの、色気がないだの、男みたいだだの…毎年新年早々げっそりするのが常なので、できれば家にはいたくなかったんだよね。
まんもすの青空市の手伝いをしていた森川さんが馴染みのおじちゃんおばちゃんから大晦日のふるまいの話を聞き、その情報が回ってきたのが三日前のことだ。お神酒に年越しそば、豚汁に甘酒、つきたてのお餅におしるこなどなどが全て無料、しかも誰でも参加OK…、今年も憂鬱な時期がやってきたと思っていたんだけどさ。魅力的なイベントの情報が入ってきて俄然テンションが上がり、すぐさま行きたいと返事をしたという背景があったり。
うちのあたりの神社でも大晦日に鐘をついたり雑煮の提供はあるけど、ここまで豪勢な感じではない。
なにげに大学の周りには商店街や飲食店、食品工場なんかが多いのだけど、たぶん寄付金?が潤沢で…地域の人々に還元していると思われる。端っこの方には出店なんかも並んでいて、かなりの賑わいだ。もしかしたら、町内‥いや、市内で一番の催し物なのかもしれないぞ。
「こんなにものすごい年越し、初めてだー!なんかめっちゃお得じゃない?これはお賽銭奮発せねば!!」
「神社が運営してるわけじゃないだろwww商店街で何か買ってあげた方がよきwww」
「ねね、占いの館とかもあるみたいだよ!カフェも開いてるところが多いし、初日の出まで…わりと時間つぶせそうじゃない?」
「森川さんのおうちで仮眠する予定だったけど…ぶっ通しで頑張る?でも、みんなのかわいい顔に寝不足のクマができちゃうかも?」
…何でみんな微妙な表情で僕を見上げているんだい。
「はいはい!!イケメンの彼方にもクマができるかもよッ?!彼方、あんまり飛ばしてると…飢えた肉食系女子が狙ってくるかもだから気を付けなさいね!!」
「はは…、狙ったところで僕が見てるのは…フロントリボンのファーブーツが可愛らしさを引き立てている、セミマットなチェリーカラーリップのよく似合う由香…君だけだから」
バイト先で思いがけずボーナスが出たんだ~♪って喜んでたけど、たぶんこのブーツを買ったんだね。初めて見るダークブラウンのロングブーツはファーの部分がアイボリーカラーで、良いアクセントになっていて全体的なバランスが神がかっている。首回りに同色のマフラーを巻くことで、ややヌーディーなカラーのメイクが華やかに見えて…テクニックがあるとこうも映えるんだな。頬のピンク色がずいぶん健康的に染まっていて…。
「おいおいwww無駄にイケメン撒き散らしてると夜明け見る体力削れるおwww自重しろwww」
「眠くて限界が来たらモーリーのとこ行こ!それまではここでたらふく飲み食いして、おみくじひいて、書初めコーナーで今年の抱負を書いて、タコテリアで初タコ焼きして、ネイルサービスやってもらって、足つぼ体験して、足湯もやりたいでしょ、それからそれから…!!!」
笑い転げている森川さんも、色々と計画している布施さんも、やけにほっぺが赤くて元気いっぱいといった感じだ。みんな健康で何よりだな…。
「フーさんマジおちけつwww夜明けまで六時間もあんだからさ、焦んなくてもよきwww」
「始発電車に乗ったら流川まで行けるよ。橋の上から初日の出見る人がたくさんいるみたい。炎葉山に行けば人気の初日の出スポットがあるけど、昇ってるうちに日が昇っちゃうかも?」
ワイワイとおしゃべりを楽しんでいたらあっという間に0:00になって、みんなで一緒に新年を迎えた。
人ごみの中とはいえ境内の中で迎えた新年…、なんだかいいことがありそうだ。
少しずつ列が前に進んで、いよいよ初詣の順番が…迫る。
すごいなあ、お賽銭箱が横にずらりと並んでいるぞ。ここにいったいいくらのお金が…ってしまった、こういう事を考えたらきっと良くない気がする。
というか、実は僕…あんまりこういうの、やりかたを知らないんだよね。さりげなく、前方の人を見て、作法を確認…、うーん、よく見えないな…。
「ねえ、正しい初詣のやり方、知ってる?」
「やり方なんてあるの?!お賽銭投げて願いを思い浮かべるだけでいいって思ってたんだけど!!」
「今まではおばあちゃんと一緒にやってたというか…あんまり意識してなかったカモ。藤沢先生は二拝二拍手一拝って教えてくれたけど…実践したこと、ないよ!」
直前になって慌てだした僕、布施さん、由香……。
「ふふんwいいかい…、まずは軽くお辞儀してお賽銭を入れるよwでもって二回ガッツリお辞儀ねwんで…二回拍手して、手を合わせたら目を閉じて、心の中で住所氏名を言って、願い事や感謝の気持ちを思い浮かべて、最後に深くお辞儀をする‥ええと、この時両手はおろして体の横に添えることw」
なんか、ものすごく落ち着いた様子でアドバイスをしてくれる頼もしい人がいる!
さすが年齢層の高い友人が多いだけあるな…。
キッチリ神前の礼儀を尽くし、バッチリと願い事をして。
「ねえねえ、何おねがいした?あたしは明日のマラソンで優勝する事と~、お年玉ががっぽがっぽ…
「フーさんwwwあんま願い事は言わない方がいいって噂があるよwww」
なんだ、口に出さない方がいいのかい。
「……ッ!!か、彼方、なにか…?な、なんでいきなり見つめてくるの…ッ??」
「…いや、願い事は口に出さない方がいいって、森川さんが」
「~~~~っ!!!」
見る見るうちに、由香のほっぺたが真っ赤になっていく。
これではメイクが濃過ぎだ。目元も明らかに盛り過ぎてるというか、ピンクを通り越してローズカラーになっている。気のせいか瞳がキラキラしていて…ねえ、なんでそんなに潤んだ眼をしているんだい。
「ハイハイwww新年早々満腹オツwwwおーし、豚汁食うぞwww」
「おなかいっぱいだけどおなか空いたもんね!!あ、うどんもある!!あたし両方食べちゃお!!!知ってる?マラソン前ってね、カーボンニュートラル?ローカーボ?炭水化物めっちゃ食べるといいんだって!!」
「あ、あたしはしょうがたっぷり入れた甘酒をいただこうかなっ?!」
「じゃあ僕は…とっても甘いお汁粉に…塩昆布を添えていただくよ」
……しまった、欲張って口に入れすぎて、ずいぶんしょっぱいぞ!




