叫び声
♪のらなきゃそんそん♪めっさっめっさっめっさいいやーん♪
陽気なミュージックが流れる、ひときわ大きなアトラクションには、平日だというのに、結構人が並んでいる。肩に名札を付けているのは、親睦旅行参加者。結構みんな和気あいあいと楽しんでるみたいだ。
カフェでのどを潤した僕と由香は、この遊園地一番人気のジェットコースター前に、来ちゃったんだよね…。うん、乗るぞ。乗るって、約束したし。由香が楽しみにしてるし。
「あ!!カナキュン!!ユカユカも!一緒の組で乗れるかな?ここね、写真撮ってくれるんだよ!!」
「よー、さっきはおつ。」
あ、布施さんと森川さんじゃないか。僕たちが並んでる列の最後尾につくと、三組前にニコニコした布施さん…ふーちゃんと森川さん…モーリーがいた。おや、二人とも、後ろにずれこんでくるみたいだ。後ろに並んでる子たちを前に譲っている。
「せっかくだから近くで乗れる方がいいよね、カナキュンの叫び声、聞きたいし!!」
「石橋君、叫ぶのー。…楽しみ。」
「か、彼方の叫び声っ…ふふ…!!!」
むむ!!
僕はみっともなく叫んだりなんか…多分…。
「僕はいつも通り、クールにすまして乗車する予定だけど。」
「なるほど、クールな仮面が剥がれる訳ですね、わかります。」
森川さんはちょっと辛口、いや、なんかこう、独特の雰囲気だな。女子女子してない女子は、入学以来初めてかもしれない。もしや、貴重な人材なのでは。
「…よし、録音アプリセットしよう。」
「はは…やめてくれない?」
ダメだ!!これはキケンなタイプの人に違いない。にっこり笑って、牽制してみる。
「まあまあ、彼方が叫ばなければ、いいだけの話でしょ!楽しもうよ!!」
ダメだ!!明らかに由香が僕の叫び声を期待している!!こんないい笑顔見たことないぞ!!
♪のらなきゃそんそん♪めっさっめっさっめっさいいやーん♪
ズガ―――――――――ゴゴゴォオオ!!!
キャぁアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!
くっ!!愉快な放送の合間に、ものすごい疾走音と嬌声が響いて!!!この胸の高鳴りは…!!
「由香…僕はね、君を見ていると、胸が高鳴るんだ。…どう、責任を取ってくれるんだい?」
僕がじっと由香の目を見つめると。はは、由香の目が真ん丸だ。みるみる由香のほっぺたが赤みを増してくる。健康的で大変良いことだ。
「すげえごまかし方するな…。」
「カナキュン、何そのタラシっぷり…。」
「っ!!彼方ってばね、いつもこんな感じでね?!ねえ、おかしいよね?!聞いてよ!!」
真っ赤な由香は、それからずっと僕の愚痴を言い続けてるんだけど…。なに、そんなに僕酷いこと言ってるかな?かわいいをかわいいと言って何が悪いんだ。
「あー分かった、ユカユカはね、かわいいんだ、すっごく。反応というか、うん、かわいい。」
「そうなんだよ。由香のかわいさ、わかるでしょう、かわいいんだよ。」
思わず、ちょうどいい位置にある由香の頭を、ポン、ポンとすると、はは、由香が真っ赤になったぞ。
「あんたらラブラブが過ぎるな。」
呆れた口調で森川さんがつぶやいたその時、ぶわっと風が吹いた。ジェットコースターの風が届いたんだ。列がずいぶん進んで、建物の入り口まで来たからね…ん!?
森川さんの謎の目が!!髪が風でなびいて!!目があらわになったぞ!!
…え?!目が、すごく大きくて…これって、ヘーゼルアイじゃないの…。
「森川さん、カラコンしてるの?」
「いや、自前。」
なんで隠してるんだ、せっかくきれいな目をしてるのに。
「髪、アップにしたらいいのに。素敵な目…もっと見せてよ。…見たいな。」
「あのね、あたしのことは口説かなくていいので。」
口説くって何だい。
「モーリー…彼方はいつもこんな感じなんだよ…。」
「ユカユカも…なんかいろいろと大変なんだね…。」
「心底、おつ。」
なんかよくわからないけど、三人が団結したぞ。なんなんだ。
女子も三人寄れば、姦しい。雑談をしていたら、あっという間に。あっという間に!!!
…いよいよ僕らの!!ジェットコースターの!!順番が!!!
≪≪ちょー怖いけど、いいかな?イイよね?それがー…≫≫
なんと、僕たち四人は、最前列!!!
「「「「めっさ、いいやん!!」」」」
出発前の掛け声をやけくそで、叫ぶ!!
がとん!!
「か、彼方!!怖い!!すごく怖いよ!!」
「は、はは…ははは…!!」
がとん、がとん、がとん・・・
後ろ向きにジェットコースターは登って行くっ!!
ズガ―――――――――ゴゴゴォオオ!!!
キャぁアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!
「きゃああああああああああああ!!」
「ッ!!!あ、ああああアアアアアアア!!!」
僕は!!僕は叫んでなどいないいイイイイイ!!
これは、空気を吐ききってる、だけぇえええええ!!!
「ちょ!!!!何このユカユカ!!かわいすぎる!!」
「わー、でこ丸出しだー。」
「ふーちゃんの余裕のピースは何?!ありえない!!!」
・・・。
元気いいね、君たち…。
僕は正直、げっそりなんだけども。ジェットコースターを降りた後、写真コーナーに向かった僕の足は、微妙に震え…てなどいない!!!
「ねえねえ、彼方写真買っていく?」
「…そうだね、記念だからね。」
記念に買った写真は、かわいく怖がっている由香と、大きな口を開けている僕が仲良く並んで写っていた。…うん、これは、まあ、机の奥深くに宝物としてとっておくことにしようかな。
「あ、カナキュン、ちょっとお願い、できないかなあ…。」
僕が由香と園内を歩いていたら、渡辺さん…ワタサンに声をかけられた。あれ、なんか、お化粧が…。ああ、大変だ、つけまつげが半分取れて…いいの、これ。
「ワタサン、どうしたの、かわいいお化粧が大変なことになってる。」
「お化粧落とした方がいいんじゃない?私クレンジングシート持ってるよ?」
由香はバッグから何やら取り出してワタサンに差し出している。さすがだ。
「ごめんね、ありがとう。あのね、さっきそこのホラーのやつに入って…かばんについてたミニポーチ、落としちゃったみたいで。でもね!!ここめっちゃ怖くて!!探しに入れないの!!!
涙でマスカラやアイメイクが落ちちゃってパンダみたいになってる、ここまで怖いならなんで入ったんだ。…しかし困ってる女子を放っておくわけにはいかないな。
「じゃあ、今から僕と由香で入って取ってくるから…お手洗いで顔、直してきたらいいんじゃない。」
「えっ…!!私も行くの?!」
「大丈夫だよ、僕が一緒だからいいでしょう。…ちゃんと守るからさ。」
僕は由香の手を握って、〈号泣!震慄ラビリンス真夜中の廃院〉に向かった。…なんだ、由香は相変わらず顔が赤いな。さてはちゃんと日焼け止めを塗ってこなかったな。来週あたりそばかすだらけになるんじゃないの…。
入り口にいるスタッフに、落とし物を探したい旨を伝えると、中にいるおばけスタッフの人たちにインカムで落し物についてアナウンスしてくれたらしい。ただ、中が結構広いのでスタッフだけでは手が回りにくいといういことで、小さいライトを貸し出してもらい、僕と由香も探しに行くことになった。
「ねえ!!彼方!!絶対、絶対手、離さないでね?!」
「僕が由香の手を離すわけないじゃないか。さ、行くよ。」
このアトラクションは、廃院をテーマにしたいわゆるお化け屋敷で、ストーリーを追っていく体験型アトラクションだ。ただ、今回僕たちは探し物のために侵入しているので、ストーリーを楽しむというより館内をぐるりとめぐる感じになっている。
「マ―――――!!!」
「きゃああああああああああ!!!!!」
自動センサーで降りてくるおばけ人形か。僕はこういうの、あんまり怖くないんだ。なんていうかさ、結構かわいいと思うんだよ。あ、手術着にリボンついてる。…ほら、こういうところだよ。
…でも、由香は怖がってるな。
僕は由香と手をつないだまま、足元をライトで照らしてミニポーチを探す…。ねこのぬいぐるみがついてるやつ…。ないなあ…。
ぶっしゅぅううううううううう!!!
おお、壁から風が吹き出し…
「ぎゃあああああああああああああ!!!!いやっ!!」
おっと、由香がしゃがみ込んじゃったよ。あーあ、くるくるの髪が乱れちゃって…。僕がそっと由香の髪に手を伸ばすと。
「ひゃああああああああ!!!!!!」
「ちょ!!由香、僕、僕だから!!」
何をしても由香が怖がっちゃって…。しまったなあ、ここまで怖がることになるとは。僕はそのまま、由香をそっと抱きしめてみた。乱れた由香の髪を、撫でつけて、落ち着かせる。
「どう?落ち着いた?」
「っ!!!落ち着いた!!落ち着いたけどっ!!!」
暗くて由香の顔色がわからないな…。
「じゃ、先、行こうか。」
僕が由香の手を引いて、歩き出すと…。
「あ、いたいた、これ見つかりましたよ!!」
僕の目の前に、血まみれの顔が半分削れた人が!!手にはねこのぬいぐるみ付のポーチ!良かった、見つかったんだ。
「あ、ありがとうございます。お手数おかけしました。」
ははっ、よく見るとこの人、点滴のシールがクマちゃんだ。なんだかわいいな。こういう細かいところにも気配りが‥‥あれ。由香がまたしても座り込んでしまった。
「か、彼方っ…こ、腰が抜け、抜けちゃってっ…。」
「これは大変だ、こっちに非常口ありますよ、どうぞ。」
顔の半分ない人に案内されて、僕は由香を抱えてドアを抜けたんだけど。
「ぎゃあああああああ!!!!やだっ!!いや、イヤぁああああ!!!ふ、ふえええええんん!!」
明るいところで見る顔半分の人は、結構な迫力で、由香が泣き出してしまった。僕はとっさに由香がこれ以上顔のない人を見ないで済むよう胸に抱え込んで、頭をポンポンする…。
「なんかすみませんねえ。落ち着くまで、彼女さんとここにいていいですから。じゃ。」
むむ。この人僕の事男子と思ってるな。まあいいけど。
しゃくりあげてしまった由香を胸に抱き止めながら、僕はここぞとばかりに、ふわふわの髪をもてあそんでいる。指先に巻き付けると、髪は面白いように丸まって、あんなに乱れていた由香の髪はばっちりまとまった。
「うう…ごめ、ごめっ!!ごめんね、彼方ぁああ!!」
潤んだ目で僕を見上げる由香。ちょっとお化粧が落ちてるけど、めっちゃ可愛いな。
「いいよ、気にしないで。かわいい由香が見れたからね…はは、役得ってこういうこと言うのかも?」
「っ!!!…うう…。」
「どう?歩けそう?無理なら…僕がお姫様抱っこしていくけど?」
由香ぐらいなら持ち上げることができるはず。・・・たぶん。僕はこう見えても弓道部で筋トレしてたから…あれ。由香は、真っ赤な顔をして、よろよろと歩き始めてしまった。
「あ、歩けるからっ!!キモチだけ…受け取っとく、ありがと…。」
遠慮しなくていいのになあ。
僕と由香は、ワタサンが待ってるであろう、アトラクション前のベンチに向かった。




