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92話 尊敬と愛おしさと、誇らしさと独占欲と

 三学期始まってから吉乃の部屋にお邪魔する際、彼女は勉強会終了後に部屋着に着替える。

 今日もご多分に漏れずで、吉乃は響樹に断りを入れて自室に戻り、しばらくして制服を脱いで戻って来た。


 部屋着と言っても寝間着のような物ではなく、グレーのニットワンピースと形容するのがしっくりくる。普段吉乃が身に纏う服とは違い体のラインの出ない少しゆったりとした物ではあるが、家事をする関係かダボついた印象は無い。

 吉乃は絶対に拒否するだろうが、このまま外に出ても全く問題無く人目を引くはずだと思えた。もちろん恰好だけでなく中身の良さの方が理由としては大きいが。


「それも可愛いな。良く似合ってる」

「ありがとうございます。初めてお見せする服ですので、そう言ってもらえてホッとしています」


 はにかんだ吉乃が袖を摘まみながら両腕を軽く持ち上げ、僅かに首を傾けた。


「何着ても似合うんだろうけどな」

「そういう言い方は張り合いがありませんね」


 響樹としてはモデルが最高なのだというつもりで口にしたのだが、吉乃は不満そうに口を尖らせ、「もちろん嬉しいですけど」と膨らませた頬のままで響樹の隣に腰を下ろす。

 僅かに沈んだソファーの隣に顔を向けると、吉乃が恨めしげな上目遣いを響樹に向けていた。


「この服は元々持っていた物ですけど、これからは響樹君に見てほしくて選ぶ服もある訳ですから」


 じっと響樹を見つめたまま、尖らせた唇から言葉が紡がれる。

 系統としては美人タイプの吉乃ではあるが、こういう姿は可愛らしい。どんな系統の服でも美しく、可愛らしく着こなすだろうと思えてしまう。

 そんな吉乃が恋人である自分に見てもらいたいがために服を選んでくれると言うのだから、それを聞かされた響樹の頬が弛むのも仕方の無い事である。


「あー。その、何て言うか、楽しみにしてる」

「はい。それでこそ張り合いが出るというものです」


 だらしない姿を見せないように顔を逸らした響樹にふふっと笑い、吉乃はそのまま響樹の右肩に頭を預けた。その小さな重みを心地良いと感じながらも、先にこの上なく可愛らしい姿を見せてもらっていたせいで心臓が落ち着かない。

 右肩に頭を乗せたままの吉乃が心音を聞ける訳はないのだが、きっとバレバレだったのだろう。ちらりと窺ってみた吉乃の上目遣いと視線が合うと、彼女はほんの少し口角を上げた。


(ここのとこ主導権握られっぱなしだな)


 この前はどちらが振り回しているかなどと意地を張り合ったが、吉乃といる時の響樹がどんな状態になるかを知ってから、彼女が響樹に密着する頻度が増えた気がする。今日の帰りに腕を組んだのもその一環ではないだろうか。

 もちろん響樹としても実に嬉しいのだが、大変魅力的な恋人である吉乃とずっとくっついている事は、思春期男子としては辛い面もあるのだ。


「そう言えばさ」

「はい?」


 反撃に出るにしても右腕を封じられた状態では難しく、少し真面目な話でもすれば気持ちも落ち着くだろうと響樹は口を開く。


「吉乃さんのクラスも今日文理選択の説明あっただろ?」

「ええ。帰りのHRで選択票が配られました」


 思惑通り――それなのに寂しさも覚える――吉乃は響樹の肩から頭を離し、ソファーの上で佇まいを正し、その綺麗な濡羽色の髪を手櫛で整えた。


「どっちにするか決めてるか?」

「あと1週間、最後の熟考期間にするつもりですけど、今のところ文系に進もうと考えています」


 以前この話をした時、吉乃はどこか困ったような顔をしていた。あの時はまだ悩み中の色が濃かったからかと思ったのだが、どちらに進みたいかの希望が無かったのだろうと、今ではわかる。

 だが、それを知っていても、今の吉乃にこれを尋ねる事にためらいはなかった。きっと、今の吉乃ならば答えを決め切れていなくてもこの質問を苦にしないと思えた。

 そしてその証拠に、吉乃はやわらかに微笑みながらしっかりと自分の答えを口にした。


「うん」


 そんな吉乃に大きく頷き、響樹は彼女の頭に手を伸ばした。


「……またそうやって子ども扱いを」


 撫でて梳く。何度触れても心地の良い吉乃の髪の上を、中を手のひらを指を進めると、彼女は恨めしげな上目遣いを響樹に向ける。ただ、その頬は少し弛んでいた。


「これは何て言うか、尊敬と言うか、愛おしいと言うか……そういうのが混じった感情の現れ?」


 吉乃の変化は成長と言って差し支えないのだと思う。しかし子ども扱いしてそれを喜んでいる訳ではないと思うのだ。

 一番近い感情で言えば、誇らしい、そんな言葉が浮かぶ。尊敬している吉乃の変化を知っているのは自分だけ。誰よりも先に気付くのも響樹だ。少しの独占欲とともに、それを誇らしく思う。


「響樹君は……尊敬している人の頭を撫でるんですね」

「わかんないな。尊敬してるのも頭を撫でるのも吉乃さんだけだし」


 大きく目を見開いた吉乃が頬を染め、視線を逸らしながら少し早口になる。

 正直なところ手は自然と伸びたような気がした。普段吉乃の髪に触れる時――まだ数回だが――はまだ少し緊張があり、意識して手を伸ばすのに。だから今回、尊敬している、愛おしい、誇らしい、独占したい、そのどれが理由なのか、全てなのか、正確にはわからない。


「もうっ……響樹君はどうなんですか? 文理の選択」


 先ほどの響樹と同じ理由なのだろう、羞恥を誤魔化すかのように真っ赤な顔の吉乃が響樹に問い返す。


「俺はまだ決めてない。前にも言ったけど成績で言えば理系だけど、期限いっぱい考えるつもりでいる」


 正直なところを言えば、ここ2ヶ月ほどはずっと吉乃の事ばかり考えていて文理選択の事など頭になかったのだが、それを口にするのはあまりに情けない。

 ただ、あと1週間と少しではあるが、尊敬する愛おしい吉乃に恥ずかしくない答えを出そうと決意した。きっとできるはずだと思えた。


「それでは、決まったら今度は私が響樹君の頭を撫でますから。私も響樹君の事を尊敬していますし、い、愛おしい……と思っていますから」


 有無を言わさぬようにニコリと笑ったくせに、最後には羞恥心に負けた吉乃。ふっと笑うと、そんな彼女が頬を膨らませる。

 その姿がやはり可愛らしく、響樹はもう一度吉乃の頭を撫でた。

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