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45話 二つの願い

 二学期最後の通常授業が終わり、冬休みまでは明日の終業式を残すのみとなった帰り道。

 昼休みに話をしていた海や優月は「持って帰る荷物が多くて大変だ」とボヤいていたが、隣を歩く吉乃は特別荷物が多いようには見えず、鞄の膨らみも普段通りという印象だった。


「こまめに持って帰ってそうだもんな」

「そうですね。天羽君もそうではありませんか?」

「まあ俺もそうだな。きっちり予習しようと思えば教科書欲しいし。辞書や資料集は流石に持ち帰らないから今日はその分重いけど」

「それは私も同じですよ。と言っても今週に入ってある程度分散して持ち帰りましたけど」


 そう言ってくすりと笑い、吉乃は肩にかけた鞄を軽く持ち上げてみせた。


「小中の頃に比べれば書道や美術の道具が無い分だいぶ楽ですね」

「烏丸さんはそれでもきっちり計画立てて持ち帰ってただろ?」

「ええ」


 吉乃も響樹もそういうタイプであるので、何となくではあるが明日が終業式であるという印象が薄く、いつも通りのような気がしてしまう。


「明日も図書室にいるのか?」

「いえ、明日はそのまま帰ります。図書室の方も大掃除をするそうですので、お邪魔にならないように」

「そうか」


 響樹がそう応じると、吉乃はいたずらっぽい笑みを浮かべて首を少しだけ傾けた。


「寂しいですか?」

「……寂しいって言ったらどうする?」


 軽く笑いながら吉乃に返せば、一瞬丸くなった目が細められて形の良い唇の端が僅かに上がる。


「どうしてほしいですか?」

「どうって、別に……」


 一枚上手だった吉乃にたじろぎながらも、頭に思い浮かんだのは「また弁当を作ってほしい」だった。

 吉乃が学校に残らないのであれば響樹が残る理由は無い。つまり明日は昼どころか午前中には家に着くため当然弁当は不要になる訳で、彼女が作ってくれる弁当は今日が最後という事になる。


「そもそも前提として寂しい訳じゃないし」

「……そうですか」


 吉乃はわざとらしく口を尖らせるのだが、実際に明日図書室で会えない事を寂しいと思わない。


「別に、休み明けにはまた一緒に勉強する訳だし」

「……ええ、そうですね」


 ハッとしたように響樹に向けた目を少しだけ細め、吉乃は前を向いてふふっと笑う。


 だから響樹は明日の放課後については寂しいと思っていない。問題は朝だ。

 弁当が無い以上それを受け取る必要が無く、朝今までよりも10分早く家を出る理由も無くなる。それについては寂しいと思っている。

 冬休み明けから弁当を作ってもらう理由が無くなる事は考えていたが、それはつまり朝の時間を吉乃と過ごす事も無くなるのだと、今ようやく気付いた。


「どうかしましたか?」


 顔に出ていたのか、吉乃がやわらかな笑みを浮かべながら首を傾げた。

 その表情を見て、思わず「なあ」と言葉が出てしまう。


「明日も、10分早く家出ていいか?」


 口に出してから早鐘を打つ心臓にようやく気付く。

 無意識に足を止めてしまっていたようで、合わせて立ち止まってくれた吉乃がぱちくりとまばたきを見せ、優しく微笑んだ。


「ええ」


 そして口角を上げ、優しい小悪魔の笑みに表情を変えてしなを作るように小首を傾げる。


「天羽君が家を出る時間を私が縛る権利はありませんし、早めの行動は良い事だと思います。そうですね、私も見習って5分ほど早く家を出てみましょうか」

「……わかってて言ってるだろ」

「何の事でしょうか? すみません、察しが悪くて」


 くすりと笑う吉乃はあくまでとぼけるつもりらしいが、肯定の意思は示してくれている。素直に言えとそう言われている訳で、響樹はわざとらしくため息をついた後、覚悟を決めた。


「明日も、いや、明日からも、朝一緒に行っていいか?」

「はい、もちろんです」


 吉乃は満面の笑みで頷き、軽い足取りで歩き出した。



 約束の朝、響樹はいつもよりも10分少し早く支度を済ませ部屋を出た。

 これからはこの時間がいつもの時間になるのだと思うと、少し頬が弛んだ。


 今週ずっとそうだったように、学校と反対方向から歩いて来るのが見える吉乃を待とうとアパートの敷地を出ると、彼女は既にそこに立っていた。

 アパートの塀を背にして立っていた吉乃だったが、響樹が出てきた事にはすぐに気付いたようでほんの少しだけ頬を緩める様子が見て取れた。


「待ったか?」

「今来たところですよ」

「そうか」


 いつものやり取りをいつもと逆の順番で行い、おはようと朝の挨拶を交わす。


「行くか」

「はい」


 いつもと逆なのだからと今日は響樹から吉乃を促してみると、正解だったようで彼女は嬉しそうに目を細めた。


「今日は早いんだな。いつもぴったり同じ時間なのに」

「私だって機械ではないんですから、1分や2分ズレる事はありますよ」

「そりゃそうなんだろうけど、想像できないな」

「……天羽君は私をどんなふうに思っているんですか」


 吉乃は僅かに頬を膨らませ、胡乱な瞳で響樹をじぃっと見つめてきた。


 烏丸吉乃はいじっぱりで負けず嫌いでああ言えばこう言う女子で、弛みの無い研鑽に裏打ちされた能力を誇り、優しく、そしてとても――

 吉乃の言葉で勝手に動き出した脳の働きに気付き、それを無理矢理に止めた。そして響樹は頭を振ってふっと笑ってみせた。吉乃ではなく自分を誤魔化すように。


「少なくともいいイメージしかないな」

「そ、そうですか……」


 いじっぱりで負けず嫌いでああ言えばこう言うようなところも、全てが好ましい。

 正直なところを伝えると、吉乃はマフラーに口元を沈めてふいっと顔を逸らし、ほんの少しだけ足を速めた。


 長い脚を淀み無く動かす吉乃の後姿を追いかけながら、マフラーにコート、タイツに手袋と冬の装備を整えた彼女にどうしようもない温かさを覚える。

 隣にいて心地いい訳だと、そう思ったらいつの間にか小走りで吉乃の横に追い付いていた。


「病み上がりなんだから置いてかないでくれ」

「リハビリのお手伝いですよ」


 そう言って、少しだけ頬の赤い吉乃がふふっと笑う。


「行くか」

「ええ」


 もう一度同じやり取りを行い歩き出すと、特に会話も無いというのにやはり吉乃の隣は心地良い。

 ちらりと隣を窺ってみると、上目遣いの吉乃と目が合ったと思えば彼女は慌てたように視線を逸らす。


(小動物みたいだな)


 何度かそんな事を繰り返し、少し違う雰囲気の吉乃を可愛らしいなと思うと同時に不思議にも思っていると、いつの間にか別れの場所が近付いて来ていた。

 本当は、このまま一緒に行けたらどれだけいいだろうか。今週はずっとそんな事を思っている。


「天羽君」

「ん?」


 いつもの場所までは百メートルほどだろうか、足を止めた吉乃が響樹に上目遣いの視線を向けた。

 何だろうと、先ほどまでの様子に合点がいき吉乃を見ていると、一度深呼吸をした彼女が口を開き、はっきりと言葉を口にする。


「今日はこのまま一緒に行きませんか」と。

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― 新着の感想 ―
[良い点] どうしてほしいかと問われて浮かんだ答えがまた弁当を作ってほしいとは、完全に胃袋を掴まれている響樹。響樹にとっては吉乃の弁当が食べられる日は毎日が遠足のような気分だったのかな。名残り惜しいの…
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