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23話 三択問題

 半日授業の土曜日、響樹は学校帰りに駅の方まで足を伸ばして海とファミレスで昼食をとっていた。

「昼飯どうだ?」と誘われてそのまま了承した形だ。


 土曜は家に帰ってから食事の支度をするのが面倒なので、吉乃からアドバイスをもらって以降は作り置きができるメニューにしている事が多い。今日もその例に漏れずなので、次回の買い物で調整が可能である。

 それに加えて試験後の打ち上げと言うか礼と言うか、結局海とは出掛けていなかったのでちょうどいいと思ったのも理由の一つ。


「そういや中間なんてあったな。懐かしい」

「来月は期末があるぞ」

「そうだなぁ。まあ、とりあえず、期末もまた頼むな」

「こっちこそ」


 月が替わって十一月。中間試験からは半月ほどが経過しており、あと一ヶ月と少しすれば期末試験となる。


「響樹は五位から上は目指すのか?」

「……そうだな。できれば、そう思ってる」


 一人暮らしを始めて一ヶ月以上経ち、吉乃のおかげもあってだいぶ生活にも慣れてきたが、家事にかかる時間を考えると通学時間が短くなった分を差し引いても実家にいた頃よりも自由時間は減る。

 それなのに日常的な勉強時間の水準を以前よりも増やせているのは、恐らく意地なのだと自覚していた。実家にいた時よりも成績が下がったなどと両親に思わせるのは我慢がならない。そして何より、響樹と同じかそれ以上の時間を勉強以外にも使っている吉乃がいるのだから、家事を言い訳になどできるはずがないのだ。


「応援する、ってか俺も次はもっと頑張りたいしな。お互い気合入れるか」

「ああ」

「って事で決起集会的にカラオケ行くか」

「何でそうなる?」


 急な話題転換に尋ねてみれば、海のサムズアップが待っていた。


「もう嫌じゃないんだろ?」


 チャラめの外見をした海がそうやって爽やかに笑う。

 やはり嫌だと思われていたのかと、響樹は少し申し訳ない気持ちもあって「わかった」と頷いた。海が楽しそうに笑いもう一度サムズアップを見せる。


 恋愛にまつわる歌は今でも好きではない。だが、恐らく聞いただけで嫌な顔はしないだろうと思う。

 ただの好き嫌いだと、そう考えるとだいぶ気持ちが楽になるのを感じていた。


「花村さんのとこまで歩くのか?」

「いや、あそこは遠いから近くのとこでいいだろ」

「売上貢献してあげなくていいのか?」

「そんなの無くてもあいつなら上手くやるだろうしな。どうせ今日いないし」


 後半に本音が見えたような気がしたが、響樹はそれには何も言わなかった。



 カラオケ店を出て駅へ向かう海と別れた頃には、既に日没時刻を過ぎていた。


 駅から響樹のアパートまでは途中から少し細くなるがほぼまっすぐ進める道がある。引っ越し前以来のそこを通って歩き、家の前を通る道に出ると右手側から声をかけられた。


「変な所から出てきますね。こんばんは、天羽君」

「……あ、ああ。こんばんは」


 響樹の通学路は吉乃の通学路でもあるので、当然彼女は学校のある日はこの道を通る。行きも帰りも。


「何をそんなに驚く事があるんですか?」

「いや、まさか会うとは思ってなかったし」


 制服姿の吉乃はふふっと笑って首を傾げているが、響樹としては言葉通りである。

 本来なら学校帰りの吉乃がいてもおかしくない場所ではあるが、問題は時間。半日授業の土曜、彼女がこの道を帰るのは5時間近く前の事だと思っていた。


「今まで学校にいたのか」

「ええ」


 頷く吉乃を照らす街灯がまるで彼女のためのスポットライトのようだと、そんな事を思った。美しく見せる光ではないただの光源でしかないのに、浴びる側の質が良過ぎるせいかもしれない。


「部活か?」

「いえ、部活には入っていません。図書室にいました」

「土曜日もいるのか」

「ええ」


 やはり勉強熱心だなと一瞬思いはしたが、吉乃の言葉にひっかかりを覚える。そもそも平日もそうだが、何故図書室で勉強をしているのだろうか。

 自習室は嫌いだと冗談めかして言っていたが、それが事実だとしても自宅がある。もちろん自宅というのは自習室や図書室よりも雑音が多い環境ではある。家族の話声や生活音、PCにテレビ、ゲーム機や本などなど。

 しかし吉乃は一人暮らしであるし、彼女の集中力ならばそういった誘惑の類などは関係ないだろうと思えた。


「家で勉強すれば良くないか?」

「……家だと、特に夕食前はあまり集中できませんので。家事と勉強の意識の切り替えとでも言えばいいんでしょうか」


 嘘ではないのだろう。響樹だって家事は合間を縫って行うよりもできればまとめてやってしまいたい。

 だが、吉乃は穏やかに笑っていてやはり本心を隠しているように見えた。


「……そういうもんか」

「そういうもんです」


 結局知りたいと思っていた吉乃の本心を聞けず、響樹が肩を竦めてみせると、響樹と同じ言葉を使って返した吉乃は口元を押さえ、おかしそうに笑った。

 彼女とのこういう気やすいやり取りは心地良いものだと思うのだが、中々にもどかしい。


「ところで天羽君も制服姿ですけど、寄り道ですか?」

「ああ。海と昼飯食ってカラオケに行ってきた」

「カラオケ……大丈夫でしたか?」

「ああ」


 気遣わしげな様子の吉乃に強く頷いてみせると、彼女は少しホッとした様子を見せた。


(どれだけ酷い顔してたんだろうな)


 吉乃にも海にも、嫌な思いをさせたのだろう。そう考えると情けなくはあるが、たった今気を遣わせてしまった吉乃に対し要らぬ心配をかけたくなくて、響樹は苦笑してみせた。


「誰かさんのおかげでだいぶ気は楽になってるよ。梅干しみたいなもんな訳だし」

「私が言った事ですけど、その喩えはどうかと思いますよ?」


 吉乃はほんの少し困ったように笑い、口元を押さえる。

 淑やかな笑みにほんの一瞬意識を奪われた響樹は、吉乃がそれに気付いていない事を窺って誤魔化すように咳払いを一つした。


「さて、あんまここで話してても遅くなるし、送ってく。暗いし」


 街灯はあるが人通りの少ない道。今日は一緒に出掛けた帰りではないが、会ってしまった以上はまあ心配である。

 無事に家まで着いただろうかと余計な事に頭を使うくらいなら、さっさと送ってさっさと帰って来る方がずっといい。往復しても30分未満、夕食前の運動にもなる。


「え? いえ、それは悪いですよ」


 目を見開いて驚いた表情を見せた吉乃が穏やかに笑い、小さく首を横に振る。濡羽色の長髪がさらりと流れ、いつものように綺麗だと思った。

 響樹がそんな吉乃の前で右手の指を三本立ててみせると、彼女は頭に疑問符を浮かべて小さく首を傾げた。


「選択肢は三つ。その一、ここで俺を説得する。その二、黙って送られる。その三、俺を無視して帰る」

「その四、天羽君が素直に諦める……というのは無さそうですね、天羽君ですし」


 苦笑の吉乃がそう言ってため息をついてから、「それではその二でお願いします」と諦めたように笑うまでには5秒ほど間があった。


「傘の時と同じですね」

「合理的だろ?」

「強引と言うんですよ。無視は流石に悪いですし、どうせ言い合っても引かないでしょう? そう考えたら送ってもらう以外にありません」


 頬を膨らませて笑った吉乃がそう言って髪を翻して歩き出すので、響樹も少し遅れて足を動かして隣に並ぶ。


「流石に嫌だって言われたら諦めたけどな」

「嫌ではありませんから。それに、天羽君がどうしても私を送って行きたいようでしたので、ご厚意に甘えてあげる事にしました」

「……いや、別にどうしてもって訳じゃ――」

「それではここまでで結構ですよ?」


 足を止めた吉乃がニコリと笑い、あざとい角度で首を傾げて上目遣いの視線を送ってくる。思わず言う事を聞きそうになる自分にブレーキをかけ、せめてもの抵抗で響樹は大きなため息をついてみせた。


「是非家まで送らせてください」

「しょうがないですね。ではせっかくなので送ってください」

「……了解」

「ご不満ですか?」


 優しい微笑みを浮かべた小悪魔が覗き込んでくるので、「光栄です」と返す。

 吉乃は満足げに頷き、「それでいいんです」と楽しそうに笑って歩みを再開し、そんな彼女の後を追う響樹は自身の頬の弛みを自覚した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今回は海とカラオケに行くのかー、吉乃と行った時のことを茶化されながら歌ったりするのかなー、と思ったら既にカラオケ店から出て海とも別れた後だった響樹。まあ優月に会う可能性もなかったわけだから…
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