1話 「楽しく生きていける未来が欲しいじゃん」
高校生・工藤ハシルはマイナーな趣味を持っていた。
それはミニ四駆。モーターと電池で四輪が駆動する小さなレーシングマシンおよび、そのマシン同士を走らせる競技である。
彼は今日も家電量販店で開催されているミニ四駆の大会に参加していた。
現在、最終ラップ。ハシルのマシンはトップを維持したまま……見事逃げ切り1位でゴール。
ハシルは歓喜のあまりジャンプした。
「っしゃぁ! 優勝!」
その後、表彰式が行われ、レース参加者たちは各々マシンを片付けに入っていた。
ハシルもその一人で、ミニ四駆ボックスにマシンを収納していたところ小学生の少年・ヒロトが隣にやって来る。
「ハシル兄ちゃん、流石だね」
兄ちゃん呼びしているが、実兄ではない。ましてや親戚でもない。単にこのミニ四駆レース大会における常連同士で仲良くなっただけの間柄である。
「おう。ヒロトも惜しかったじゃねぇか」
「まぁね。そういやさ、何でハシル兄ちゃんはミニ四駆やっているの?」
「そりゃあ面白いからに決まっているだろ。創意工夫をブチ込められるからな。それで勝てたら超最高! それに安上がりで楽しめるって言えばそうだし」
ニカッと笑んでハシルは率直に答えた。
「あはは。確かに」
「それにスポーツより断然公平だし、血反吐吐く努力も必要ないからな。考えてみろよ。今やどのスポーツも英才教育受けている奴らに勝利を独占されてらぁ」
「だよね。僕らみたいな普通の環境の奴らに付け入る隙がないんだもん」
「あーあ。プロのミニ四レーサーとか出来ねぇかなぁ。eスポーツがあるならアリだと思うんだよなぁ」
「分かる。そういうの出来て欲しいよね」
その時、40代ほどの女性の声がヒロトの名を呼ぶ。ヒロトの母だ。
「あっ。母さんが迎えに来た。じゃあね」
「おう!」
そして、ハシルは家電量販店を後にし、帰路を辿る。
「思わず口走ったけど、マジでプロのミニ四レーサーって職業、出来ねぇかな。俺、ブラック企業で働く未来とかカンベンだし。でも、高収入のエリートになるのは庶民に生まれた時点で無理だしなぁ。スポーツ同様、英才教育受けている奴らもとい、幼少期からの長年恵まれた環境下での努力に高校生一人の付け焼刃なんか通用しねぇ。それが分からねぇほど俺もバカじゃねぇさ」
ため息がこぼれる。
「…なーんて言っていたらミニ四駆ですべてが決まる異世界へ行けたりして(笑)。ってありえねぇか」
などと鼻で笑ったその時である。目先の角から謎の光が。
ハシルは思わず、目に止める。
「な、何だぁ?」
周囲の人間の反応も確認してみる。しかし、誰も普通に淡々と道路を行き気しているだけ。
「? 俺以外、あの光が見えていねぇのか? まぁいいや。あの光の先を見てみるか」
光の差す角へハシルはミニ四駆の入ったリュックを背負ったまま、駆けていく。
その先にあったのは光の環。
光輪の中にはミニ四駆らしきものが数台疾走しており、それをその所有者=レーサーたちが追っている映像。そのマシンもその人間らの服装もハシルが見たこともないものであった。
「が、外国のレーサー達の映像……か?」
首をひねるもハシルは凝視を続ける。
その映像のレースは終了。直後にレーサー達は紙幣らしきものを受け取っていく。
「!!」
ハシルは目を疑った。
「こいつはまさか!」
1位のレーサーは最も厚い札束がレースクイーン風の女性から渡され、2位以降からボリュームが徐々に薄くなっていく札束を受け取っていくのだった。
ゴクリと息をのみ、ハシルは確信する。
「間違いねぇ。ミニ四駆レー素で金貰ってやがる。スゲェ羨ましいぞこれ」
ハシルの感情が昂る。衝動に駆られる。
「飛び込むっきゃねぇ! 俺もミニ四レーサーとして楽しく人生を過ごしてぇ!」
ハシルはそう叫んで光の環へと飛び込んだ。