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くらいみらいを


「さっ、ワレが魔法使いということは信じてくれたか?」

「信じるわけないだろ。頭わいてんのかよ」

「まっ!」

 憎々しげに睨み付けられる。

「じゃあ、どうすれば信じてくれる」

「空でも飛んでるとこ見せてくれたら否応なしに信じるよ」

「だから浮遊魔法は難しいと何度言うたらわかるんだ」

「なら一生信じませんー」

 語尾を間延びさせて言うと、ホノカは「チッ」と舌打ちをして俺を睨み付けてきた。

「……怒らせたらどうなるか、まだわかってないみたいだな」

 なかなかの眼力をしていた。不穏な空気が立ち込める。

「使うぞ? ハゲ魔法」

「やれるもんならやってみろ」

 正直子供の戯言に付き合うのも飽きてきたところだ。俺はてきとーに相づちを打ってこの場をやり過ごすことにした。

「後悔しても遅い」

 バッと両手を突きつけられる。

「長き友人よ、我呼び声に応え、別離の響きを奏でたまえ!」

 突如として呪文とおぼしきものを唱え始めた。

「えっ、えっ、嘘だろ、まさか」

「……今日はポエムの調子が悪いな」

「いまのポエムかよ。なんでこのタイミングで呟いた」

「でりゃあ!」

「魔法にはやっぱり呪文ないのかよ」

 そもそもにして魔法なんてうさんくさいけど。

「……ん?」

 念のため頭を触ってみる。髪の毛は無事だ。

「大丈夫そうだけど……」

 ふわふわと安心できる感触だ。

「んふふ。将来的にハゲる呪文よ。若ハゲに悩む度に私を怒らせたことを後悔せい」

 ストレスではげそうだ。

「はいはい、すごいね」

 肩をすくめて、俺は彼女の頭を撫でた。

「むぅ。バカにして……!」

 唇を尖らせてから、

「おぐぅ!」

 ホノカは俺の鳩尾に強烈な右ストレートを食らわせてきた。

「げっほげほ!」思わず咳き込む。

「やはり、魔法よりも暴力。こっちのほうが手っ取り早く納得を得られそうだな」

 右こぶしを見つめながら、独りごちているので、さすがに頭に血が上った。

「いきなり何すんだ、ばかやろう!」

「だって信じてくれないから」

 きょとんとした表情で見つめられる。

「だってもそってもない! いきなり暴力を振るうやつがあるか!」

 純粋無垢な瞳を俺に向けるが、こちらとしては怒りしかわいてこない。

「いきなり来てわけのわからないこと抜かしてるんじゃな、いたっ!」

 頭を叩かれた。

「なにすんだ!」

「イラついた」

「のやろう!」

 喧嘩を吹っ掛けてきた以上、女子供は関係ない。等しく平等に俺は喧嘩の相手をしてやるだけた。決意を胸に拳を固めたら振るう間もなく「ふぐぅ」向こう脛を蹴られた。

 痛みに涙が出た。滲む視線の先にはファイティングポーズをとるホノカの姿。

「もう我慢なら」

「きゃりぉお!」

「ふがぁ」

 左頬をビンタされた。

「ちょ、まっ」

「ん?」

 掲げた拳を制止させ、ホノカは俺をみた。

「遺言?」

「ちょっと落ち着いて話し合おう」

「……で、あるか。私も死人をこさえたくはな」

「くらえ!」

「痛ったぁ!」

 渾身のチョップをお見舞いしてやる。

「このっ!」

 それからは泥沼の取っ組み合いの喧嘩だった。

 お互いがお互いを潰し会う激しい戦い。疲れて目眩がしてきた。

 ホノカの爪が俺の頬に引っ掻き傷を作った時だった。

「むっ、だれか来た」

 玄関チャイムの音が響いた。

「こんにちはー。富野ピザでーす」

 配達だった。

「……一時休戦としよう」

「ああ」

 お互い疲れきっていた。というよりも彼女は俺を怒らせるとピザが食べられないという事実に気づいたのかもしれないが。

 俺は財布を持って、玄関に向かった。

 上がり框にたって、腕を伸ばしてドアを開ける。

 玄関チャイムの前にたっていたのは長い髪を後ろで一まとめにした、背の高い女の人だった。赤と白のストライプのピザ屋の制服を着ている。金髪で派手な髪色をしていた。

「森崎さんの家で間違いないですか。マルゲリータピザでぇす」

 そう言って袋から、段ボールに包まれたピザを取りだし、微笑んだ。

「ああ、有難うございます」

 受け取って、一旦下駄箱にピザを置いてからお代を払おうと財布を取り出したところで、背後からひょっこりとホノカが顔を覗かせた。

 やれやれ待ちきれないのかこのガキは。ちゃんと俺を敬うのであれば、ビザを分けてあげようと寛大な心で頭を撫でてあげようとしたときだった。

「ふみ?」

 ホノカはピザ屋の女性を真っ直ぐに見詰めて呟いた。

「え」

「フミ! フミではないか。 元気だったか?」

「あっ!」

 ホノカからフミと呼ばれたピザの配達員の女性は目を丸くした。彼女の左胸につけられた名札には『文月』と綴られている。

「まさか、ホノカ!?」

 文月さんは目を丸くして、ホノカを見つめた。

「かようなところで会えるなんて奇跡だ! 他のみなは何処か?」

「ほか……」

 文月さんはちらりと俺を見てから少し考え込むようにうつむいた。

「フミ? どうした? 大丈夫か?」

「ホノカはこんなところで何してるの?」

「なにって……組織の転移魔法でこっちに来たワレは頼るべきものもないから、ここを間借りして」

「組織……」

 じっと俺を見てから文月さんは言った。

「まだそんなこと言ってんの?」

「え?」

 文月さんは続けた。

「ごめんなさい。この子中二病で」

「はあ。あのお二人はどういった関係なんですか?」

 いまいち現況が理解できず尋ねた俺に文月さんは穏やかな笑みを浮かべて教えてくれた。

「クラスメートです。同じ学校の友達で」

「え、クラス?」

 どう見積もってもホノカは小学生、目の前のピザ屋の女性は高校、いや大学生くらいに見える。

「私は発育よくて彼女は発育悪いんです」

「なるほど」

 まあ、本人が言うならそうなんだろう。

 ようやっと事情を飲み込むことができた。一人で頷いていたら、ホノカは不服そうな視線を俺に飛ばしてきた。

「違う。ワレらは闇の組織を討伐するために編成されたパーティーで」

「ホノカったら、ゲームの世界と現実をごっちゃにして。ほら、謝って」

「ふ、フミ、いったいなに言っておる。まさかこっちの世界の住人に洗脳されておるのか!? 」

「まだよくなってないみたいだね」

「むう、なにを」

 警戒心の強い猫みたいな瞳で文月さんの元に歩み寄ったホノカはたやすく首根っこを掴まれた。

「は、はなせぇい」

「ホノカはまったく……」

 文月さんは俺に微笑んだ。

「色々と迷惑をかけてしまってごめんなさい」

「あ、いえ」

「ほら、ホノカ、帰るよ。バイト先に戻る前に家へ連れてってあげる」

「ちょっと、やめい。一人で歩ける」

 文句を言いながら唇を尖らせるホノカ。文月さんは「ほら、ちゃんとお礼言って」と頭を下げさせた。

「むう。いままでクソお世話になりましたぁー!」

 ここでワンピースの伏線回収しないでいいよ。

 曖昧に「お、おう」と頷いてから、文月さんにビザの代金を支払う。領収書とともには「ありがとうございました」と一礼してから文月さんは扉を閉めた。閉まる瞬間、ドアの隙間から見たホノカは俺に向かってあっかんべーしていた。ピザが食べられなくて不満らしい。

「……」

 とまれかくまれ、ようやく静けさが帰って来た。


 しん、と静まり返る玄関。嵐が過ぎ去ったあとのようだ。

「ふう」

 久しぶりに独りの時間だ。

 さて、どうしようか、と時計をみるとちょうど19時だった。

 とりあえずピザでも食べようかな、と箱を両手で持って、居間にむかう。

 ホノカには悪いが一人で食べさせてもらおう。

 チーズのいい匂いが箱から漏れている。

 お腹もすいてきた。

「え?」

 ピザをテーブルの上に置こうとして、俺は体が硬直した。

「なん、で」

 震えが起こる。

 テーブルの上にはなにも置かれていなかった。通常なら別にいい。だが、おいてあったはずのコップがないのだ。

 恐る恐る見上げた天井に、コップがふよふよと浮いていた。

「どゆこと……?」

 ピザを置いてから頭頂部に手を当てる。

「……」

 よかった。フサフサだ。今のところは。まだ。

「え、えぇ……うそだろ……」

 手を伸ばして宙のコップを掴んだら、ふっと浮力がなくなったように、俺の手のひらに引っ付いた。

「……普通のコップだ」

 だけどさっきまで浮いていた。

 ためつすがめつしてみるが、きてれつなことはなにもない。

「まさか、だよな……」

 幻覚を見ていたんじゃないかと混乱したまま、慌てて玄関から外に飛び出る。

 辺りを見渡すが、ホノカと文月さんの姿は見当たらなかった。

「剥げたくっ……」

 吹き抜ける風は冷たく、

「剥げたくない!」

 秋の夜風には金木犀の香りが混じっていた。





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