9.絶対に、絶対に
俺は急いで対戦席に近づけるだけ近づいて、準備中のきずなさんに向かって叫んだ。
「きずなさん! そいつ、イカサマで1年間出場停止になって、ランク9からランク0に落とされた奴です! 注意してください!」
きずなさんは突然の声に驚いた顔をしていた。周りで見ていた人間もどよめている。だが対戦相手の方は不機嫌そうに、
「部外者が口を出すんじゃねぇ。関係無いやつが対戦者にアドバイスを送るのは、マナー違反じゃないのか?」
イカサマなんかする奴のくせに、勝手な事を言いやがって!
俺は怒って言い返そうとしたが、きずなさんが首を振って制止した。
「翔太君。ご忠告は感謝します。でも、彼の言う通りだと思います」
「でも!」
「ジャッジの方もいますから。この方も、決勝まで上がって来た方です。審判の見ている前で堂々と不正をするような、愚かな人間では無いと思います」
彼女は対戦相手と、そして二人の横についたジャッジに鋭い目を向けた。
彼女は、ピアノコンクールで審査員の不正によって人生を狂わされた。不正は大嫌いなはずだ。審判の事も恐らく信頼しているとは言えないだろう。でも、不正はするな、見逃すなという牽制をする意味でそんな事を言ったんだ。
「ふん」
対戦相手は不機嫌そうにふんと鼻を鳴らし、ジャッジは少し戸惑いながらも二人に対戦の準備を指示していた。
ともかく、相手の手札やマナの枚数に気を配っておこう。どこからカードを取り出したり入れ替えたりするかわからないからな。
他人の対戦に口を出すのはご法度だが、不正が行われたとなればジャッジも確認をしてくれるだろう。彼女が実力で負けるなら仕方ないと諦めもつくが、イカサマなんかで負けるなんて、絶対に許されない。
「いよいよビギナークラス、そしてブロンズクラスの決勝戦です!」
決勝戦が始まるという事で、会場にアナウンスがあった。
「ビギナークラス、決勝はルリアンさん、そして神崎さんです」
お互いに対戦の準備が整ったようだ。きずなさんは、先攻だ。
彼女はこちらをちらっと向き、にっこり笑って、俺が渡したラムネを一粒取り出して食べた。……がんばれ。きずなさん。
「ビギナークラス、ブロンズクラス……決勝戦、開始してください!」
……。
………。
…………。
「スペル《妨害の罠》だ。……《スカーレットキング》を捨てろ」
「ぐっ」
次のターンに出そうと思っていたカードを捨てられて、プランを考え直さないといけなくなってしまった。対戦相手、神崎さんのデッキは黒。ジュンのデッキに少し近かった。
ただ、あの子が手札破壊特化のデッキなら、この人のデッキは完全な妨害デッキ。手札を捨てさせるだけじゃなくて、こちらのドローを防ぐドローメタカードや、主力ユニットの攻撃を封じるカードなど、あの手この手でこちらのやりたい事を防いでくる。
おかげで盤面もウォールもお互いに硬直状態だ。
でも、こっちにだって対抗策ぐらいある。もう少し耐えて《隻眼の大将軍》さえ出せれば相手の邪魔なユニットを全て手札に返してやることができるから。そうすれば一気に攻撃のチャンスが……。
「3コスト……《拒絶の黒姫》だ」
出されたカードを見て、思わず歯ぎしりしそうになる。あのカードがいると他のユニットが効果で手札に戻らなくなる。これじゃあ、《隻眼の大将軍》を出しても意味が無い! 相手はこっちの考えなんかお見通しで、対策もばっちりだったんだ。
「《天下無双 ブラックナイト》でウォールを攻撃!」
「っ! 《紅の乙女》でブロックします!」
そして、万全の状態になると、大型ユニットでこちらのウォールを削りに来た。
こちらの主力ユニットは捨てさせられたせいで、相手のユニットのパワーに対抗できない。ブロックするので精一杯だ。
……はっきり言って物凄く強い! さっきまで戦っていた4人とは、次元が違う。
それもそのはず。この人は元々ランク9らしい。つまり、翔太君よりもランクは上。練習でもほとんど翔太君に勝てていないというのに、この人に勝てるのかしら。
あと1勝で優勝だというのに、最後の最後でこんな人と当たるなんて、私は本当に運が良いんだか悪いんだか分からない。
これじゃあ、あの時と一緒だ。私の最後のピアノコンクールと。
夢を断たれた、あの時と。
……結局、私は最後に負けるんだ。何かを変えたいと思っても変えられない。
そういう運命なんだ。
対戦相手の、向こう側。人ごみの方を見る。
ジュンが不安そうな目でこちらを見ている。
翔太君が、必死な顔でこちらを見ている。
見られているのが辛くて、頭を下げる。
翔太君。ごめんなさい……。私のせいで……。
せっかくのチャンスを、今までの頑張りを、無駄に……。
……。
………。
……嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!
そんなの、絶対に、絶対に、嫌だ!!
私はもう、負けたくない!
私はもう、諦めたくない!!
翔太君の夢を諦めさせたく、ない!!
……私は、負けるのは、嫌なんだ!!!
私は顔を上げて、盤面を見る。あんまり長くは持たせられない。このままだと、私の盤面は数ターン以内に壊滅する。
でも私のデッキには、この状況を打破するカードが、1枚だけ入っている。
ほとんど、御守りみたいものだ。翔太君も、私があのカードを入れると言った時に困惑した。もっと使いやすいカードを入れた方がいいとアドバイスをしてくれた。
実際に、これまでの試合で何回か手札に来て、使いどころが無くて邪魔に思ったがある。でも私は、全てをひっくり返す可能性がある、あのカードを、どうしても入れておきたかった。
でも、手札にあるドローカードを使うことはできない。ターン開始時のドローで引けなければおしまいだ。
右手に全ての力を込める。そんな事をしても、ドローは変わらないって前に翔太君は笑いながら言っていたけど。でも、彼はいざという時、そうやっていた。それで逆転した時もあったし、できなかった時もあった。
……翔太君。私は……やってみせる!
「ドロー!」
私は、引いたカードを見て、腹をくくった。
「……全てのユニットで、攻撃!」
相手はさすがに驚いた顔をしていた。全てのユニットで攻撃なんかしたら、次のターン、相手のユニットの攻撃を防ぐ手段が無い。負け確定だ。
「……通す」
相手は、私が自棄を起こしたのか、諦めたと思ったんだろう。でも、相手のブロック可能なユニットは全て私の動きを封殺するためのカード。下手に受ける事なんてできない。全て通してくれた。
……おかげで、助かった。これで心置きなく、このカードを使う事ができる。
「10コスト、スペル《アルマゲドン》!」
「……な!?」
相手は絶句していた。ありえない物を見たような目で、こちらの出したカードを見ている。
《アルマゲドン》は、手札を全て捨てて、敵味方全てのユニットを破壊するカードだ。そしてターン終了時に破壊した敵ユニットの枚数分、ドローする事ができる。
ただでさえすべてのマナを使うぐらい重たいし、こっちが勝っている時には使えないし、邪魔で邪魔で仕方なかったのだけど。それでも、こういう時のために1枚だけデッキに入れていた。私の、どんな不利な状況でも諦めたくないという気持ちが詰まった、とっておきの1枚。
「ターン終了で、6枚ドロー!」
相手の手札も、ウォールもほとんど無い。対して私は潤沢な手札とウォールがある。
「……《イエローシーフ》を出す。手札を1枚捨てろ。……ターンエンド」
もう相手は完全に息切れをしていた。
「《スカーレットキング》を出して、さらにスペル《速攻戦法》! 《スカーレットキング》で攻撃!」
「……ぐっ。通した」
相手は苦々しそうに攻撃を通した。ブロックしたいだろうが、《スカーレットキング》に勝利されるとまずいとわかっているんだろう。
これで相手のウォールは0! そして!
「《スカーレットキング》を手札から捨ててデュアルアタック! もう一度攻撃!」
「……《イエローシーフ》でブロック」
「攻撃勝利して、《隻眼の大将軍》を出します! 『速攻』で、プレイヤーに攻撃!」
もう、相手を守るウォールも、ユニットもいない。
「…………」
しばらく、相手は呆然としていた。1分ほど、じっと盤面を見つめていて、もうどうする事ができない事を受け入れたのか、ようやく頭を下げた。
「……投了します」




