11.カードゲーマーに必要な物
「ヒナタ!?」
「氷華のヒナタがなんで東京に!?」
プロチーム『氷華』のヒナタ。『変幻自在の4色使い』と言われ、特定の色、特定カードやコンボなどに拘らず、様々なデッキを何でも使いこなすことができるプロプレイヤーだ。
志藤さんの正体がそのヒナタさんだとわかって、店内は騒然としていた。
確かに氷華は関西のチームだから、東京の公認大会に出てくるなんて思わなかった。
「いやーただの旅行ついでやねんけどな。オフシーズンやし。昨日家族でディズニー行ってきたとこや。今日はちょっと一人で東京の公認出てみようとおもてな。まさかジェット君がおるとは思わんかったけど」
「あの、ヒナタさん……なんで俺の事、知ってるんですか?」
俺はヒナタさんの事を当然知っているが、会った事も無いし、ヒナタさんが俺の事を知っている事に驚いていた。
「そら、この前の大会で準優勝しとったからなー。しかもあんな短期間でランク7に来とるしな。デッキも面白いし、注目するのは当然やろ」
「あ、ありがとうございます!」
まさかプロの人が俺の事を注目してくれているなんて!
思わず目頭が熱くなる。
その後、感動のあまり、気分がふわふわしていたせいか大会中の事はよく覚えていない。
気がついたら2勝2敗で大会は終了していた。
ちなみに、志藤さんはあの後当然のように連勝し、優勝した。決勝の相手はよっぴーで、善戦していたがさすがにプロに勝つのは難しかったようだ。
絢子さんは最初の試合で勝てたようだが、その後は3連敗。きずなさんは毎回惜しい所まではいったようだが、結局1度も勝てなかった。
「ほな、またな。次は対戦しよな。ジェット君」
「あ、はい! お疲れ様でした!」
そう言って手を振ってヒナタさんはカッコよく去っていった。
「ヒナタさん、すごかったなー」
「そうだなー。実際あの人めっちゃ強かったよ」
戦ったよっぴーも、うんうん頷いていた。
「あの人みたいに強くならなくちゃなー」
「そうだなー」
俺達二人とも、どうやらプロの気に当てられたようで、気分がだいぶ浮ついてしまっているようだ。
その後、カードショップを出て、よっぴーとは駅で別れた。
駅から電車に乗って、最寄駅まで移動する。
その間、誰も何も喋らなかった。
絢子さんは自分からベラベラ喋るタイプでは無いが、きずなさんは黙って何かを考えているようだった。
そして、電車を降りて家に向かっている途中。
「あの、翔太君」
「どうしたんですか?」
ずっと黙っていたきずなさんが、思いつめた様子で話しかけてきた。
「……私、弱いんだね」
「え?」
「ジュンも1勝はできたのに、私は1勝もできなかったなんて……」
きずなさんは勝てなくてだいぶ落ち込んでいるようだった。
ずーん、と沈み込んでいる。
「あ、いや。最初はそんなもんですよ。それに、マッチ運もありますから」
少なくとも、初戦でプロであるヒナタさんに当たったのはあまり幸運とは言えない。
「翔太君も、最初はそうだったの?」
「あー……俺はずっと身内とやってたんで、最初の方はあんまり公認出てなかったんですよね」
初めて公認に出たのは、ある程度強くなってからだった。
「……私も、もっと練習してから公認に出た方が良かったのかな」
その言葉を、首を振って即座に否定する。
「……いや、そんな事は無いですよ。身内ばっかりとやっていると、環境……えっとどんなデッキが流行っているかとが、そういうのへの対策がわからなくてデッキが歪んだりしますし」
ただ、負けるのは誰だって嫌だ。ずっと勝てないと気分が落ちこんだりもする。
きずなさんは、かなり負けず嫌いなようだから、余計にその傾向が強そうだ。
もしかしたら、きずなさんはカードゲームをやるべきでは無かったかもしれない。
負けず嫌いの人間にとって、勝てないというのはストレス以外の何物でもない。勝てないゲームを、ずっとやっているのは苦痛だ。
そんな物放りだして、自分が勝てる物、自分が楽しめる物をやり始めても、誰も責める事はできない。
俺は、きずなさんがもうカードゲームなんかやらない、と言い出しても仕方ないと思っていた。彼女を止める権利なんて、俺には無い。
だが、きずなさんは。
「私……翔太君のために、翔太君に何ができるかを知るためにカードゲームを始めの。……でも、ごめんな。今はそれよりも……もっと強くなりたい! 勝ちたい! 負けたくない!」
俺は、そんなきずなさんの真摯な思いを聞いて、
「良かった」
思わず破顔する。
「え?」
「カードゲーム。俺が思ったよりも、ずっと楽しんでくれているみたいですから」
俺のためにカードゲームをやる、なんて言われるよりも、そっちの方がずっと嬉しい。
カードゲームは一人じゃできない。
仲間がいないと、ライバルがいないと、楽しめない。
俺に必要なのは、きっとそういう人達だ。
「一緒に強くなりましょう。きずなさん」
俺はすっと手を伸ばした。
「……うん!」
彼女はその手を握ってにっこり笑った。
ひまわりのような笑顔を見て、思わずドキッとしてしまう。
顔を紅潮させて、ちょっと涙ぐんでいるその顔は、吸い込まれそうになるぐらい魅力的で……。
「……絢子をおいてけぼりにしないで欲しいのでございます」
絢子さんがぶすっと、不満そうな声でそう呟いた。
その声で現実に引き戻される。
きずなさんはそんな彼女の方を見て、くすくす笑いながら、
「ジュンも当然、やるでしょ?」
「お嬢様がやるというなら、仕方ないのでございます」
やれやれ、と仕方なさそうな素振りを見せた。
だが、俺は知ってる。公認大会で勝って、とても嬉しそうな目をしていたのを。負けて、悔しそうな目をしていたのを。
きっと、この人も、カードゲームが好きなんだな。
俺達は、笑いながら、きずなさんの家に帰る。
帰ったらきっと、二人のデッキを調整して、対戦して、ご飯を食べて、また対戦して……。
そんな日々がずっと続けばいいと思った。
………。
……………。
…………………。
「ん?」
きずなさんのマンションの前に、真っ白で長い、派手な車が停まっていた。
なんだろう。このマンションの住人の物だろうか。それにしては、今まで見た事が無い。
「あっ。姫珠菜さん!」
「え」
「む」
白いタキシードを着た派手な男が、花束を持って車の傍に立っていて、きずなさんの姿を見つけるとこちらに走り寄って来た。
どこかで見たような気もするが、思い出せない。
こんな派手な男、一度見たら忘れないような気がするんだが。
「真田さん」
「姫珠菜さん。お久しぶりです。なかなか会いに来れなくて、申し訳ありませんでした」
そう言って、きずなさんに花束を差し出す。
彼女は困惑しながらも一応花束を受け取った。
俺はこっそりと後ろにいた絢子さんに問いかける。
「絢子さん。この人は?」
「真田幸助様でございます。お嬢様のご両親のご友人のご子息でございまして……」
「姫珠菜さんの婚約者。ですよ」
真田さんか。なんだか戦国武将みたいな名前だな……って、うん!?
俺はきずなさんと、真田さんの顔を交互に見て、叫んだ。
「婚約者ぁ!?」
真田さんとやらは、満足そうにふふんと鼻を鳴らして頷いた。
「ええ。僕たちは何年も前から結婚を約束していましてね。姫珠菜さんが大学を卒業するのと同時に結婚することになっているのですよ」
「両親が決めた事です。私は承諾した覚えはありません」
だが、きずなさんはきっぱりと突き放すように言った。
「昔ならともかく、今は本人の意志を無視して結婚なんてできませんから」
よかった。時代劇のお姫様みたいに、無理矢理結婚させられるなんて事にはならないようだ。安心した。
「ところで姫珠菜さん。この少年はどなたですか?」
不満そうに、そう尋ねた。
俺を見下しているのがありありと顔に出ている。腹立つな。
「私の命の恩人ですよ。……あなたのせいで溺れ死ぬところだったのを、助けてくれた方です」
それを聞いて、ようやく思い出した。そうだ。あの時の男だ。
「ああ! あの時きずなさんにキスしようと迫って逃げられた結果船から落としてしまった上に、きずなさんが落ちた後もオロオロしていただけで何もしなかったあの情けない男!」
ぐふっ。っと、後ろにいた絢子さんの口から、吹き出すのを抑えるのに失敗したような音が聞こえた。チラッと横目で見たら、顔は変わらず無表情だがぷるぷると口元が震えていた。
もう少しで絢子さんの笑った顔が見れたかもしれないと思うと、ちょっと残念だった。
「ああ、あの時彼女を助けてくれたのは君だったのか。どうもありがとう。姫珠菜さんを助けてくれて。彼女がいないと僕はどうしていいかわからないからね」
真田さんは、口元をヒクヒクさせていたが、一応は体裁を保って俺に向って礼を言った。
別にこの人のために助けたわけじゃないんだが。そもそも、あの時は破れかぶれだったし。
「その割には、お見舞いにもいらっしゃられませんでございましたよね?」
絢子さんの厳しいツッコミが入る。
だが、真田さんは表情を変えずに、
「申し訳ない。本当はもっと早くお詫びに伺いたかったんですが、面倒な仕事を押し付けられてなかなか時間を作れなくて」
悪びれもせずそんな事を言った。
「面倒な仕事、ですか。婚約者より優先するんだから、よっぽど大切な仕事なんですね」
嫌味たっぷりに言ってやったが、まるで表情を変えずにぬけぬけと、
「僕にとっては姫珠菜さんより大事な仕事なんて無いのですが、残念ながら周りはそれを許してくれないのでね。うちの会社でカードゲームのプロチームを新しく作るので、そのオーナーになって欲しいと役員に頼まれましてね」
カードゲーム。プロチーム。
どこかで聞き覚えのある単語だ。もしやと思い、尋ねてみた。
「真田さん。そのカードゲームのタイトルは?」
「確か……『レジェンドヒーローTCG』といいましたか」




