第八話 不測の事態
遅くなりました!今回は主人公以外の視点から書いてみました。
少しずつ主人公以外の物語が始まります。
私はユリウス=マティス。フェルムル王国魔術師団団長をやっている。
半月ほど前、陛下から勇者を召喚するよう頼まれ、伝承に習い魔法陣を組んだ。そしてそれが2日前に完成し、ついに今日、召還の実行日を迎えた。
この勇者召還は、十年に一度行われていて、毎年10人程度の勇者が召還される。ただし10人中、その中に勇者は9人しかいない。残りの1人はこの世界の一般市民の平均か、もしくはそれ以下のステータスで召喚される。まるで、他の勇者に能力を吸い取られた出涸らしのように。実際そういった者を、他の勇者同様に丁重に扱う者は、この城の中にいない。それにそんな余裕はない。
過去に、勇者のおまけは、他の勇者との扱いの差に憤慨したケースがあるという。騎士や執事、メイド達を何人も殺したり、傷つけたりしたという。そいつらは怒って当然なのかもしれないが、実際そんな人物は必要ない。なので最近では、危険因子になる前に、あらかじめ処分しているという。あまり気分のいいものではないが。
そんな勇者召還を行うべく、20人がかりで、魔法陣を発動させる。魔力を流し込むと、魔法陣は青白く光り出す。それから暫くすると、10人の男女を無事召喚できた。伝承によると、召喚する勇者は10名前後なので、無事成功したと言えよう。
勇者達が、意識を取り戻したら、事情を説明し、ステータス測定の魔導具を使うはずなのだが…
「お目覚めになられましたか。」
私は魔術師団を代表し、勇者達に声をかけてみる。しかし誰一人として、返事は帰ってこない。一応反応はしているようだが。
「だれか翻訳持ちの者を読んでくれ。」
魔術師団の翻訳持ちを呼び、簡単に事情を説明させた。するとどうやら、勇者達に翻訳持ちがいなかったらしい。歴代の勇者達には、必ず1人は翻訳持ちがいたらしいが。まあ、そういうこともあり得るだろう。
その後、勇者達全員に翻訳を習得させ、改めて私から説明をした。
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この国フェルムル王国は、レスドン王国、エルドランド王国に次ぐ、大陸で3番目に大きい国だ。まあ3つしか国がないのだから一番小さいとも言えるが。といっても、面積的には三国ともほとんど差異はない。何が違うのかと言えば、人口、戦力、技術力、インフラ等々。つまり、この国は貧乏な国家ということだ。じゃあ何故貧乏なのか。それは立地、この一言に尽きるだろう。
この大陸の向こうに魔大陸と呼ばれる、魔族の棲む大きな大陸がある。そこから魔族が襲ってくることは、まずない。だが、魔大陸の及ぼす影響だろうか、魔大陸に近いこの国の沿岸の一部に、魔物が発生しやすくなっている。これはあくまで推測で、詳しい原因は分かってないのだが、そこの防衛に費やす戦力や資金は尋常ではない。これがフェルムル王国の発展を阻害する一因だろう。
そこで、この国の貴重な戦力に成り得る存在が、召還した勇者だ。彼らは召喚時から、並外れた能力を持つ即戦力である。まあ実際には好きなときに招集し、危険地域に連れて行ける、お手軽な奴らとして扱われているが。
ただ、この国は沿岸地域を除けば、それなりにいいところだ。招集がかからないときは、思い切り羽を伸ばしてほしいものだな。
ただ、これらのことは勇者には伝えていない。勇者達には、「この国の戦力に所属するが、招集される時以外は、自由に暮らしていい。」とだけ伝えておいた。私は彼らにもっと説明すべきだと思うが、陛下のお考えだ。これは、仕方ない。私は出来る範囲で勇者達を応援しよう。
説明を終えたので、能力測定の時間だ。このとき、必ず一人いるという能力が著しく低い者は処刑することになっている。残酷な話だが、今までそいつらは反乱を起こしたり等、碌なやつがいなかったという。仕方ないのかもしれない。そろそろ取りかかろうか。
「ではこれから、皆さんの能力を測りたいので、あちらの水晶に手をかざしてください。」
順番に勇者達のステータスを測っていく。どうやら、今回の勇者のステータスは全体的に低い。ただ今までと比べると低いだけで、勇者と胸を張れる十分なステータスだ。
さて、順番に測り進めていき、残り1人のところまできた。これまでの9人は、全員勇者であった。つまり残ったこの大人しそうな男が、処刑されるというのか。
だが結果は、彼も勇者だった。あの水晶に間違いはあり得ない。というか、あったらどうしようもないが。ただ、今回の勇者に落ちこぼれはいなかった。これは、誰も処刑しなくても良いのだろうか。一応判断を仰ぐため、陛下に報告する。
「陛下、先の召還ですが、ステータスの低い者は居ませんでした。」
私は一部始終を話すと。
「今回の勇者が弱いのというは多少引っかかる。だが、誰も処刑せずに済むなら、それでも良いだろう。手間も省けてこちらとしても都合がいい。」
思っていた答えと違い少し動揺する。前国王は率直に言うと、処刑を楽しんでいた。だが、現国王は処刑することに消極的らしい。
今回の召還は、気になる点がとても多い。必ず一人いた足手まといがいない。寧ろ、そいつがいない今回の召還では、全体的に勇者のステータスが低い。さらに、今回は翻訳持ちが一人もいなかった。
これらの一つ一つは、案外小さな違和感だが、こうも続くと一つの仮説に辿り着く。私は勇者の一人を捕まえる。
「勇者よ。勇者は今ここにいるので全員か?誰か足りない人物はいないか。」
「えっ…。ちゃんと全員いると思いますけど。あれでも一人足りないような。」
「確かダイチ君が召還前に窓から脱出してたよね。」
勇者の少年の側にいた少女が、横から補足する。
「そうなんだ。俺パニックになってたからよく覚えてないや。」
「そのダイチはここには居ないのか。」
「はい。多分召喚から逃れたんだと思います。」
「マジかよ。あいつ自分だけ逃げようとしたのかよ。信じらんねえな。まあ勇者ってのも楽しそうだし、あいつは損したな。」
「なるほど。ありがとう、助かったよ。じゃあ、とりあえず城内の説明が終わったらゆっくりするといい。明日からは暫く訓練等が続く。それが終われば晴れて自由の身だ。」
「ありがとうございます!皆とはぐれそうなのでもう向かいます。」
「ありがとうございます。」
「おう。」
私は一応魔術師団長なのだが、勇者達には気楽に話しかけて貰うようにしている。私は元冒険者なので、あまり敬語が得意ではない。相棒のような友達のような、そういう冒険者的なノリがどうも体から抜けない。
それはそうと、面白い話を聞いた。恐らく、そのダイチとやらが、足手まといで翻訳持ちだったのだろう。それで、召還の途中で抜け出したので、一人だけ取り残されたのだろう。これで、危険因子も消え、処刑される者もいない。これで一件落着。
でも、なんでその足手まとい達は、皆反乱を起こすのか。いや待て、何故起こせるのか。そもそも、そいつらはそんなに強くはない。それに、我が国の兵士は、そんなやつに後れをとるほど弱くないはず。もしかしたら、ステータスに映らない別の能力があるのかもしれない。そう考えると不自然なことがとても多い。
だが、陛下含め、召還に携わった者達は、処分の手間が省けた位に思い、喜んでいる。
これらのことが気になる私は、個人で召還に関する研究をすることにした。恐らくこのことは報告しない方がいいだろう。皆喜んでいる中、私がそんなことを言えば、どんな目で見られるかわからない。
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とりあえず一仕事を終え、私は自室に戻る。明日から、魔術師団の仕事の他に研究もしなければ。忙しくなるな。
このとき、窓の外の空気が少し揺れた気がした。