第三話 研究者の遺志
いろいろ分かったところで、新たに気になることがある。この部屋には、ドアがないため出られずに詰んでいた。しかし空間魔法を使えば隠し扉の位置が分かる。そうすれば、この部屋から出て、夢の、異世界で、冒険を始められるかもしれない。
空間魔法の使い方はステータス魔法と同じ要領だろう。俺は空間を見ようとする。遠くを見たい。壁の裏が見たい。360度同時に見渡したい。そうやって空間を見ようとする。そうすると空間が見えてくる。部屋の周りには何がある。何もなさそうだ。いや強いて言えば土がある。うん、土がある。
「って部屋土に埋まってんじゃねーか!」
いや、何でだよ。出れねーじゃん。なんで土の中にポツンと部屋があるんだよ。陸の孤島ならぬ、『地中』の孤『部屋』ってか。利便性最悪だろこんな部屋。
「こんな狭い部屋で、一生を終えるってか。あほくさ。やめたら?異世界生活?」
一体この部屋の住人はどうやって出入りしてるんだ。ここから出るための何らかの手段があるはず。考えて間もなく俺は気づいた。
「転移魔法か。」
ついさっき『魔法図鑑』で覚えたことだが、この世界には転移魔法が存在する。レベルによって、転移出来る物や距離が変わるのだが、レベル1でも自分と触れている物、人なら転移出来る強力な魔法だ。こうなると魔法を覚えるしかない。まあ元々他の魔法も覚えたかったし、先に部屋の外を見たかったが順番が入れ替わっただけだろう。
そうして、俺はもう一度本棚を見ることにした。転移魔法の本がなかったとしても、部屋を破壊したりすれば出られるかもしれない。それから俺は気になる本を数冊選んでいった。最後の一冊を見ようとしたとき、本と本の間に一枚の手紙を発見した。
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手紙を受け取った者へ
この手紙を誰かが受け取る頃には私は死んでいるだろう。そこで、この手紙を受け取った者に頼みたいことがある。知り合いにでも頼めば良かったのかもしれないが、こんな誰も来ないような地下室で研究をしている私にはどうも知人が少ない。それに今この世界には私を含めても両手で数える程しか残っていないだろう。彼の勇者も強いと噂だが、この世界は徐々に蝕まれている。おそらく、そう長くは持たないだろう。私も昔は賢者と呼ばれていたのだが、今は戦場に立つことすら容易じゃなかろう。
もしかしたら彼の勇者がもう破れているかもしれない。とある占い師の予言によればあと10日でこの世界は朽ちるという。その占い師曰く今はそういう時期だそうだ。世界は朽ちて、再生して、また朽ちる。いまはその過程なのだという。その占い師は処刑されたのだが、今世界は予言通りに進んでいる。世界を蝕む現象の謎。その一端すら掴むことが出来ず研究者として、情けないばかりだ。それさえ分かればまだ戦いようがあったかもしれない。
そんな私からこの手紙を受け取った者へ託したい。ここにある本は全て私の研究成果だ。もしかしたらこれらの本は、例の謎の敵に見つかるかもしれない。絶対の自身があるこの部屋も、耐えきれないかもしれない。それでも、私は私の遺志を継いでくれる者が拾うと信じて我が財産の在処をここに記す。在処と言ってもすぐそこだ。
この手紙を隠していた本棚をよけて床の板を剥がしてくれ。そこに私の財産の全てが眠っている。これらを使って、我々と同じ轍を踏まぬようこの世界を守ってくれ。
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この部屋はしばらく使われていない感じから察するに、この世界は一度滅んでしまっているのだろう。そして二の足を踏まぬよう、これらの本以外にも財産を残していった。これらを持って行くということは、即ち遺志を継ぐということになるだろう。俺の意志に迷いはなかった。
「俺が世界を護ってやる、安心して眠ってくれ。」
まずは本棚を避けるべく、押そうとするがびくともしない。
「攻撃10だしなあ…」
世界を護るとはいったが先が思いやられる。俺は棚の本を全部出してから、動かすことにした。