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第六話 俺のことだよ


「……………………………………………………………………………………はあ?」


 富士美の言葉を聞いた安東の反応は、その一言だった。


 だがその一言には、安藤が現在持ちうる全ての感情が込められた言葉だった。


 それは驚愕と疑念と憤激と悲哀と呆れと、……まあ、要は「こいつ何言ってんだ?」という表情を浮かべながら言った一言が、何よりも雄弁に語っていた。


 それは当然だろう。今まで命がけの殺し合いをしていた男が、急に自身のハッカー人生を捨ててまで追い求めていた当の本人だと名乗るのだから。


 安東は顔の前で片手を大きく振ると、真顔になっていきなり戯言を言い出し始めた富士美に対して言葉を返した。


「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや。何を言ってるの?は?この状況でそんな冗談とか、よく言えたね?は?殺すよ?マジで」


 今までの殺意とか云々ではなく、素でイラついた口調を見せる安藤の様子に、富士美と友美は一緒になって苦笑とも慣れともつかぬ半笑いを浮かべて、生温かい目で安東を眺める。


「まあ、そう言うわなあ。で?どうする富士美?こう言っているけど?」 


「じゃ、ちょっと待てよ。今から軽くプログラム書くから、そしたらちょっとは信用できんじゃねえか?」


 いつの間にか手にした拳銃をしまい込んだ友美が、溜息を吐きながら富士美を振り返ると、富士美は懐から名刺大ほどの大きさをしたカード型の小型コンピューターを取り出しながらそう言った。


 カードコンピューター、通称「iカード」は、性能的に言えば通話機能を排した全画面式のスマホほどのものでしかなく、どこでも使えるコンピューターという以外にそこまで目を見張る能力は無いが、それでもここまで薄型で小型のコンピューターと成ればそれなりに需要があるので多く利用されている。


 そんなカード・コンピューターのタッチ画面に触れて機械を起動させると、富士美はその画面を無造作に弄り始めた。


「何だい?いきなりカードを取り出して、言っとくけど、別に君の写真証明書を出されたところで、君がブルーアンデッドだって証拠にはならないからね?そもそも、ハッカーが自分の身元を証明する方法何て、そう幾つも無いんだ。言うだけなら、小学生でもできる」


「まあ、言いたいことは分るよ。アンタの言う通り、見るからにチンパンジーのこいつがiカードを弄っているの見るのは、世にも珍しい光景だろうが安心しろ。すぐにこいつがコンピューターに慣れたゴリラだってわかるから」


「いえ、そういう問題じゃないんですけど。後、それ結局のところ類人猿ですよね」


「おい、友美。俺様はゴリラじゃない。マンドリルだ」


「結局類人猿じゃねーか」


「いや、それでいいんですか!貴方、結局見下されてますよ!」


 iカードを弄る富士美を挟んで、三人でコントじみたやり取りをしている内に、不意に富士美は小さくガッツポーズが決めた。


「うっし。ハッキング完了。へえ、お前見た目完全に日本人なのにハーフなんだな。本名は、リュウイチ・メル・アンダーソン。七月二十日生まれの二十二歳。え?お前俺とタメなの?本籍地はアメリカで、高校の時の交換留学を機に日本に、つか『科学特区こっち』に出稼ぎにきたのか。……もしかして、仲間の言ってた安東ってのは、アンダーソンをもじったのか?へえ、ハッカーの経歴としちゃ中々じゃねえの?お、すげえな。国際(インターナショナル)兵力(・インファントライ・)産業(インダストリアル)のメインサーバーをハックしてんのか。あそこのガードって複雑なのによく解析できたな」


 安東、改めリュウイチ・メル・アンダーソンは、富士美は何気なく語った自分の個人情報の羅列を聞いて、人生最大の瞠目をすると、這う這うの体で銀行の中に置いて来たノートパソコンの前に戻ると、キーボードの上で指を躍らせた。

 

 画面の中に出したウィンドウに、数列の羅列となった自作のコンピュータープログロムを出力すると、そこには、使い慣れたはずの自分のコンピューターが完全に自分の制御下を離れたことを示す表示だけが出て来る。

 見ただけでもわかる。このパソコンから自分の個人情報の全てが、誰の手元に渡っているかなど。


 リュウイチは、銀行の外にいる富士美を振りかえると、にこやかな笑顔でこちらに手を振る富士美を無視して、猛烈な勢いでノートパソコンのデータの復元を試みた。


 ありえない!―――――咄嗟に脳裏に浮かんだ言葉を噛み殺しながら、キーボードを叩き画面の中に表示されるプログラムを解析していく。

 コマンドを幾つも打ち込み、データを意味のある形に戻していくと、そこには一つのプログロムのコードが出て来た。


 それは、夢に出てくるほどに何度も見返したプログラムのコードだ。


 本来、常に新しいプログラムを考案し、構築し、現在のプログラムを解析して分析する電子の世界において、一つのプログラムコードが頻発して使われることは無い。

 

 にもかかわらず、それを行使し、利用しながらも、誰よりも常に最新を行くプログラムを構築して、あまつさえその正体を電子の海の中に隠しきる存在が、この世には居る。

 

 だが、それ故にその名は都市伝説として、広くデジタル世界に流布しているのだ。


 そして絶叫した。


「ウソだああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」




※※※※※


 民間軍事企業『メンサロ・トゥンダ』。


 主に非殺傷系兵器の開発とに重点を置いた兵器開発を行う多国籍企業である。


 創設から十年足らずで軍事産業の巨大企業にのし上がったこの会社が現在特に力を入れているのが、傭兵や『番長(ハンター)』の派遣による民間警備事業であった。


 傭兵が派遣されるのは、主に石油や天然ガスの産出量が高い地域であり、テロリストや反政府組織の横行する政情不安定な国や地域、或いは、隣国との国際情勢が悪化した国に派遣され、その地域に進出した外資系企業の民間人を警備するのが最近の事業内容である。


 そして、現在その企業に『番長(ハンター)』として在籍しているのが、富士美と友美だった。


 実際の能力はさておき、最終学歴が高卒でしかない二人が新進気鋭の多国籍企業であるこの会社に就職できたのには、いくつかのコネと事情によるものであったが、それはこの際横に置いていく。


 現在、友美はその大企業の社長室にて、直立不動になって昨日の銀行強盗事件について報告していた。


「――――以上が、今回の兜祭かぶとまつり銀行襲撃事件の事後報告になります」


 血色の良い顔に無表情を浮かべて、極めて事務的な口調で提出した報告書の内容を口頭で説明し終えた友美の姿は、昨日のスカジャン姿ではなく、金色に染めた頭を後ろで軽くまとめただけの簡素な髪型と化粧気の薄い顔に、女性用スーツとローファイに身を包んだフォーマルなものだった。

 無骨とも言える程に機能性を重視したその恰好は、キャリアウーマンや社長秘書の様な花々しさと美しさよりも、女刑事の様な質実さと凛々しさとが目立つ立ち姿だった。


 一見すれば私服のスカジャン姿が想像できないほどの自然さでスーツを着こなす彼女は、社内では女性社員全員の憧れの的であり、毎朝出社する度に女性社員から何らかの贈り物をもらうのが彼女の最近の悩みであったが、現在進行形でその悩みは更新されつつあった。


「成る程。事の顛末は了解したわ、笹森」


 報告書を片手に、友美からの連絡を聞いたのは、オフィスビルの社長室には不似合いな清潔な病院のベッドに起き上がった妙齢の美女だった。


 白磁のような白い肌を清楚な浴衣で覆ったマリンブルーの瞳をした黒髪の女性、アレクサンドラ・エヴァンジェリン・桐生は、窓の外に広がるオフィス街を眺めながら、優雅に溜息を吐くと、愁いを帯びた声で呟くように口を開いた。


「はあ。全く、あのバカは本当にどこまでバカ騒ぎを引き起こせば満足するのかしら?ただでさえ、厄介な案件を抱えている最中に、又意味不明な問題を持ち込んで……。アイツには、火事場でガソリンをまき散らす趣味でもあるっているのかしら?それで?あのバカは今どこにいるの?」


 まるで、鈴を鳴らしたような声で語られるその口調から零れ出るのは、隠しようもない怒気と凄まじいまでの殺気であった。


 身体こそ弱く、その見た目は和洋を問わずに深窓の令嬢を思わせる儚げな美貌を持つ彼女だが、実際の性格はひたすらに負けず嫌いで、激烈苛烈な烈女である。


 そんな彼女の怒りを関係もないのに叩き付けられることになった友美は、肩を竦めて大きく溜息を吐きながら、今朝自分のスマホに送られて来た富士美からのメッセージを読み上げる。


「メールで、インドネシアで宇宙ロケット作ってくるって送ってきました」


「あらあらそうそう。それは人類史に残る素晴らしい思い付きね。けど、残念ながら今はまだウチの会社員なんだから、大人しく出社するように伝言しといてくれない?できれば、両手足を折って首輪根っこ引っ張ってくれたら更にうれしいわ」


 まるで薄氷うすらいの様に透き通る美貌で嫋やかな笑みを浮かべながら、どこぞのガキ大将の様なことをほざいた病床の女傑は、報告書を盛大に丸めてゴミ箱に放り捨てながら、友美に文句をつける。


「ねえ、笹森。富士美は貴女の夫でしょ?いい加減、しつけるなりなんなりして何とかしてくれないかしら?いつもあいつの報告を聞くたびに胃が痛くなる私の身にもなってくれない?」


「そうですね。私もアイツに面倒ごとを押し付けられて、腹の底から怒りが湧き上がっているのが今の悩みです。それと、青海は私の夫じゃありません。腐れ縁です」


 鬼より怖いと言われる目の前の上司の怒りを受けて、無表情になってサラリと言い返す友美の言葉に、アレクサンドラは喉の奥で軽く笑いながら格好の玩具を見つけた様な笑みを浮かべる。


「あら?でも、お互いの実家を行き来して、両親に挨拶を済ませて、同棲していて、休日には二人で過ごすんでしょ?それって、夫婦って言わないの?」


「違います。腐れ縁です」


「中学、高校からの付き合いで、卒業後はお金や仕事を融通し合ったり、同じ趣味で盛り上がったり、しょっちゅうお互いの家に泊まりあったりしたんでしょう?それって、恋人って言わないの?」


「違います。腐れ縁です」


「それじゃ、酒に酔っ払って一線越えたりーーー」


「いい加減にしてくれない?もう帰っていいっすか?」


「あらヤだ。生意気な年下娘の恋にデバガメするのが年上の楽しみなのに。つれないわね」


「だから、アンタのそういう所嫌いなんすよ私」

 

 先程の無表情はどこにやら、とても上司を見る目とは思えない程に凄絶な顔で眉間に皺を歪めた友美の顔に、アレクサンドラは鈴を転がしたような声でコロコロと笑った。

 

「あら、ごめんなさい。私は貴女のそういう分かりやすいところ好きよ。貴女の人間関係は複雑すぎて理解出来ないけど。それは置いといて、先方は何て言ってるの?」


 友美の嫌そうな表情に、流石にアレクサンドラもからかうことを止めると、右手で蟀谷こめかみを押さえながら、眼光に今までとは違う光を宿して友美にそう訊いた。

 そんなアレクサンドラの様子に、友美も居住まいを正すと、先ほど暗記した報告書の内容を頭の中で反芻しながら答える。


「契約がなんたらかんたらと、一言では言い切れないくらい文句を言ってますね」


「一言でまとめて」


「『金返せコノヤロー』」


「成程分かりやすいわ。どうしてそういう結論になったのか、言い分には目を通したけど一応説明してくれるかしら?」


 友美の簡潔な説明に、アレクサンドラは憂鬱そうに小首を傾げて続きの説明を求めると、友美は契約書の内容の細かい説明を省いて、要点だけを抜き出して説明する。


「要約すれば、兜祭銀行の主張は二点です。

 まず第一に、今回の銀行強盗が、富士美の預けたデータを目的としていた事が原因である以上、その責任を取ってもらいたいというのが一点ですね。

 第二に、富士美が仕事をさぼったことが今回の事件が起きた原因だから、その責任を取ってもらいたい。という事ですね。

 ……いずれにしろ、兜祭銀行の警備総責任者であった富士美に対して責任を追及する方向で攻めていますね」


 「第一に、銀行強盗が起こったのはこちら側の責任ではないわ。例え、目的が富士美のデータであったとしても、預けられたものを守るのが銀行の役目よ。因縁をつけるならまともな言い分にしなさいと言いなさい。

 第二に、富士美の契約期限は一か月後に切れることが決まっていたし、その間の業務に関しては銀行側が請け負うことで一致していたハズ。富士美が警備責任を担当していたのはあくまでも名目上の話しで、事実上の警備総責任者は兜祭銀行の方に居る筈でしょ?まずはそいつに泥を吐かせるべきでは無くて?

 第三に、それらの内容は全て契約書に書かれて、法的に富士美にも、我々にも責任がない事は明記されているわ。その言い分に対して、あちら何と言っているの?」


 立て板に水を流す様に話す友美の言葉に、軽く溜息を吐きながらアレクサンドラは返答すると、蟀谷に当てていた指を口元に持ってきて、猛禽のような鋭い眼光で質問した。


 そんなアレクサンドラの疑問に、友美は軽く首を横に振ると、


「責任者が不在なのでお答えできません。と」


 とだけ返した。


 友美の言葉を聞いたアレクサンドラは、儚げな美貌の中で妖しげに艶めく赤い唇の端を上げると、凄絶な笑みを浮かべた。

 否。それは、けして笑みと呼べるような可愛げのある表情では無かった。


 それは、喰い殺す獲物を見つけた、猛獣の睥睨であった。


 アレクサンドラはそんな凄絶な表情を浮かべながら、ベッドの前で直立する友美を見据えて、質問を重ねた。


「舐められたものね。彼等は私の事を部屋の奥に飾られているお人形だとでも思っているのかしら?ねえ、笹森?それで?彼等が私たちに非常識な戯言をほざく、その本当の目的は何だと思う?」


「……ここ最近、兜祭銀行の業績は悪化していました。

科学特区このまち』でも有数のビットバンクという評判ですが、実際の所、中小企業を蔑ろにし過ぎましたね。イケイケどんどんで金を貸すだけ貸して、少しの業績悪化で大金を回収ですからね。貸し剥がしとはこの事です。

 この五年で潰された会社は十や二十じゃ利きません。その噂が祟って、今ではどこの会社も融資を断るようになってますね。特に、技術力が高く世界的なシェアを誇る町工場から融資のお断りを受けるようで、今頃になって悲鳴を上げるようになってますね。

 第二に、ここ半年の間で不思議とそんな銀行の業績が上向いているようです。何らかの巨額の融資が決まったことは確かなようですが、その取引先の相手は不明です。

 そして第三に、今回の銀行強盗事件の前後状況として、一か月前の経費削減を契機として管理体制があまりにも杜撰ずさんであったことが明らかになっています。

 加えて、銀行強盗もハッキングを担当していた一名を除いて、かなり無計画で無軌道な人間であったことが分かっています。主犯の温水ぬくみず東吾とうごを始めとして、メンバーはインターネットの掲示板に張り付けてあった強盗計画を鵜呑みにして、武器を集めて銀行を襲撃したという事が、この街の警察部と我々の諜報部の捜査から明らかになりました。

 これ等の事実から、銀行内に存在する何者かが、意図的に兜祭銀行の警備体制を弱くして、その内部情報をリークした可能性が考えられます。

 つまり、この銀行強盗自体が狂言であった可能性があります」


 友美のその結論を聞いたアレクサンドラは、今までの獣じみてすらいた壮絶な笑みを消して、無邪気な少女のような微笑みを浮かべると、小さく拍手をしながら友美を称賛した。


「そうね。素晴らしい結論だわ。でもね、笹森。可能性を口にしてはいけないわ。可能性とはつまりは、予想。あくまでも頭の中の出来事でしかない。我々が口にするべきは、確証の取れた『事実』のみ。そもそも、貴女の結論には動機の項目が抜けているわ。彼等が何故狂言を起こして銀行を襲撃したのか。その辺りの事実確認はとっても大切よ。大方、その巨額の融資先とやらが関係してはいるのでしょうね。けれども確証がない以上、それを理由に攻める事は出来ないわ」


「つまり、私の予想は間違っていると」


「いいえ、そうは言っていないわ。狂言は事実でしょう。状況証拠だけとは言え、証拠が出ている以上、それ以上の裏付けは無意味よ。別に裁判をするわけでもないしね。ただ、口にする以上は可能性ではなく、はっきりと事実と言い切るべきよ。何が動機だろうがあちらの勝手な都合で振り回された挙句に、こちらにもそれなりに損害が出ているのだもの。彼等に交渉の余地を与えるべきでは無いわ。笹森」


 まるで子供に言い聞かせる様に優しげな口調で、しかしその目の奥の光だけは猛々しく輝かせながら話すアレクサンドラは、不意に笑顔を消した無表情で友美に指示を出し始める。


「そうね。一先ずこの件は巨額の融資先とやらがはっきりするまでは、保留にしましょう。この手の内容に詳しい弁護士を集めて、裁判の準備を進めて頂戴」


「いいんですか?さっきは、裁判なんかしないって言ってましたけど……」


「どっちも正しいわ。普通は裁判になんか持ち込んでも一文の得にもならないんだけど、自分達にとって明らかに不利な条件で問題を起こすという事は、余程のバカでも無ければ目的は時間稼ぎよ。

 相手の目的は恐らくは、無茶な条件を吹っかけた後に適当に和解に持ち込んでこの事件の真相をうやむやにすることよ。だったらいっそのこと、白黒はっきりつけようとした方が相手は嫌がるわ。そちらの方がむしり取れるし、…………何よりも確実に息の根を止められる」


 今まで表情をコロコロと変えて来た友美とのやり取りとは違う、まるで俎板まないたの上で捌かれる肉を眺める様な無機質なその声に、友美は僅かながら背筋が凍るような思いを感じながらも、首を小さく縦に振った。


「……わかりました。関係各所にはそう伝えておきます。それでは、私はこれで」


 そう言って、友美はその場から踵を返したが、そんな友美の後ろ姿をアレクサンドラはふと思い出したように引き留めた。


「それと、笹森」


「はい?」


「どれだけの人員を使ってもいいわ。さっさと、あのバカを連れて来なさい」


「ハイ。命に代えても、いの一番に達成します」


 にっこりと笑いながら命令するアレクサンドラに、友美はこの日交わされた会話の中で最も素早く、かつはっきりとした返事をしたのだった。




 ★★★☆☆☆



 一方その頃。


「ふっふっふっふっふ。素晴らしい、素晴らしいぞ。俺様!全く、俺様の才能が恐ろしい……。まさかこんな素晴らしい発明品をこの世に生み出してしまうとはな」


 当の富士美は、自分の家にある一室に籠って、自画自賛に勤しんでいた。


 青海・富士美の住む家は、鎌倉の山奥にある古めかしい洋館だった。


 富士美の曾爺さんが建てた洋館で、広さはそこそこにあり見た目にはそれなりに立派なのだが、築年数の割に手入れはあまりされておらず、その所為でただひたすらにボロさが目立つお化け屋敷のような見た目をしている。

 その上、山の中腹に立ち、鎌倉の街並みを見下ろすように立つその家だが、実際には険しい山の奥に建ち、最寄りの駅まで徒歩で一時間もかかり、自転車でも四十五分、車はそもそも通れないという、本当に関東首都圏の中にあり、最先端の科学が結集した『科学特区』の中にあるのかを疑うほどの不便な立地条件だった。

 見ようによっては悪の科学者の秘密基地にも見えなくはないが、その割には少しばかり小汚さ過ぎるのが欠点だ。


 こんなボロ家の奥にある書斎にこもって、富士美はスウェットのズボンにジャージの上着を着こんだ、だらしない恰好のまま、無数の書類や資料が乱雑に置いてある合間を縫って机の上に載っている実験器具に向かっていた。

 

「まさか、これほどの発明品を手作りできるとは。俺様、その気になれば世界征服でもできちゃうんじゃないかな?」


 薄暗い研究室の中で、陰鬱な笑みを浮かべながら自分の才能に陶酔するその様は、まさしく狂科学者(マッドサイエンティスト)そのものであった。


 しかし、その恰好は所詮ジャージとスウェットであり、研究室の中に所々置かれているのが、少年漫画やエロ本の山で、アニメのアイドルや有名コスプレイヤーのポスターが壁一面を覆っている様は、狂気の科学者の一室というよりも、ただのオタクの部屋である。


 これで雨の降る夜ならば少しは格好がつきそうなものだが、残念ながら今は真昼の晴天だ。


「ふふふ……。フハハ……。ハーはっはっはっはっは!!」


 傍から見えれば、間抜けというよりも滑稽としか言いようのないそんな状況の中で、富士美は高笑いを上げ続けていた。






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