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第五話 デッド・ドーリム・ビリーバー


「問題ない、仕掛けは終わった。後はあいつの命乞いを聞くだけだ」

 

 富士美は、死霊たちを前に不敵な笑みを浮かべて、そう言った。


 そんな富士美の宣言を聞いた安東は、深い気に眉をしかめると、嘲りの表情を隠そうともせずに富士美を笑った。


「言ってくれるね。恋人からのラブパワーを受けて調子に乗っているところ悪いけど、まさか、ボクの全力が高々数体の死霊を操る程度のものだと思っているのかい?」


 安東はそう言うと、その筋肉の膨れ上がった腕を上げて、勿体ぶった態度になってその指を鳴らした。


 その瞬間、地面からは無数の骸骨が湧き上がり、大気からは滲み出る様な不自然さで複数の幽鬼が現れ、安藤の周囲にはたちまちのうちに死霊の軍勢が出来上がった。




「―――――――――――――――――――これだけの軍勢を前にして、本当に僕の命乞いを聞けると思うのかい?」



 そんな安東を見て、富士美は軽く溜息を吐くと、毅然とした態度で安東の言葉に言い返す。


「取りあえず、一つだけ言っておくぜ!こいつは俺の恋人じゃねえ!金づるだ!」


「ぶちのめされたいのかテメエ!」


安東をおちょくる様にして碌でもない事を抜かす富士美に、すかさず友美がツッコミを入れるが、


「悪いが、ボクの前でこれ以上乳繰り合うのは辞めてもらおうか!」


 富士美と友美の様子に、流石に苛立った安東は、その巨大な腕を振って富士美たちに襲い掛かる様に周囲の死霊たちに合図を送り————————―――――



 そこで異変に気付いた。


 安東が合図を送ると同時に、骸骨たちはボロボロに崩れて砂の様に風化し、幽鬼はまるで空気の中に溶けていくように消えて行く。


 そればかりか、突如として安東自身の身体から力が抜けてその場に頽れたかと思うと、黒く変色した血を大量にアスファルトに吐き出し、まるで巨木が朽ち果てて行くように筋肉で膨れ上がった体から肉が削げ落ち、骨は枯れ果てた並木の様に細まって行く。


 突如として起きた肉体の異変に、安東は苦しむよりも先に絶望に似た驚愕の声を出した。


「バカな!!!僕の魔術は完璧な筈だ!!!何が起こったんだ!」


 身も世もなく狼狽える安藤を見て、富士美はポケットから取り出した棒付きキャンディーを咥えると、今まで纏っていた炎や雷を振り払いながら、何と言う事もなさそうに口を開いた。


「別に不思議なことはねえだろう?魔術とは、言うなれば異能のプログラムだ。多少の閃きと基礎的な技術があれば、誰にでも魔術を創始することはできるし、その逆に破壊することも、

 ――――――――――――――――――――――乗っ取ることもできる」


「まさか!僕の魔術を逆算してハッキングしたのか?!」


 戦闘態勢を解いた富士美の言葉に、安藤は信じられないものを見た様な表情をした。


「お前の魔術は、ブードゥー系の身体強化に中心を置いた尸霊術ネクロマンシーだ。それはつまり、ゾンビどもの肉体に接触することで魔術に介入することができる。という事だ。さっき、札をばらまいた時に雷をゾンビどもにぶつけただろ?あれは別に目くらましだけが目的だったわけじゃない。雷をぶつけたことで、身体強化に影響を与えることが真の目的だった」


「バカな……!じゃあ、わざわざ身体強化の魔術を使って、僕のゾンビたちと戦ッたのは……」


「演技、プラスあれはお前の魔術をハッキングする為の魔術だ。悪いが、しょっぱなからお前と真面まともにやり合う気は無かったよ。俺の依頼は、銀行を守ることであって戦う事じゃない。魔術師と直でやり合ってデカい被害を出すわけにはいかないからな」


 まるで安東を舐め切った様なことを言いながら解説した富士美は、魔術の影響で元の姿さえも失い。骨と皮ばかりの骸骨の様な姿になった安東を見下ろして、面倒臭そうに声を上げた。


「……これで、ケリはついたな。取りあえず、命乞いだけは聞いといてやるが?どうする?」


「まだ……。まだだ…………」


 圧倒的な力の差に屈服した安東は、血を吐くような言葉でそう呟くと、鶏足の様に細まった右手を握り込み、今持てる力の全てを尽くしてアスファルトの地面を殴りつけた。


「まだ、僕は終わっちゃいない!!」

 

 か細くかすれた声で、安藤は絶叫した。


 すると、その瞬間にアスファルトの地面はドロドロのコールタールの様に溶けて、まるで生き物の様に蠢きだした。


「 これが僕の最後の切り札だあああああ!!!番長ハンターごときが僕を止められると思うなよおおおおおおお!!!!」


 最早、立ち上がる力すら失い、膝立ちになって漆黒の粘体を操るその様は、執念や妄執を通り越して、狂気を感じさせるのには充分だった。


「あいつ?!まだこんな力があったのか!?つーか、芳一彫りで使える魔術って、一つの系統に絞られるんじゃなかったのか!」


「……尸霊術ネクロマンシーの拡張だ。無機物を死体の範疇に加える事で操る。例え死に際の悪あがきとは言え、普通、使えるものじゃない。……凄えな、まさかここまでの術者だったとは」


 尸霊術の枠を超えて物質を自在に操る安東の魔術を見て、目を見開いて驚く友美とは対照的に、富士美は他人事の様に感嘆の声を上げると、そんな安東の様子に小さく溜息をついて、軽く頬を掻いた。


「だからこそ、理解できねえな」


 富士美の魔術によって力を失い、膝立ちになりながらも命を根ずるようにして魔術を使用する安東の姿は、痛々しさを通り越して鬼気迫るものがある。


 それは、文字通りに命を懸ける程の覚悟を持って事に当たる男のそれであり、高々はした金欲しさに犯罪を行う様な考えなしのバカのそれではない。


「ここまでの術式を見れば否でもわかる。テメエそこそこ名を上げたハッカーだろう?だったらこんな下らない犯罪に手を貸してんじゃねえよ。ハッカーは存在を知られねえうちが華なんだろう?テメエのやってるこたあ、ハッカーじゃなくてただのバカじゃねえのかよ?」


 富士美の軽口じみた質問に、安東は口の端を歪めながらそれに応えた。


「……構わないさ。僕のハッカー人生が終ること等、…………いや、僕自身の命でさえ、ここに入っている情報に較べれば、チリの様に軽い」


「…………テメエがそこまで欲しがるほどの情報ってのは、何なんだ?」



 死を覚悟する程の安東の態度に、富士美は険しい顔つきをしながら、友美を庇う様にその前にに立ち、札を一枚取り出して構えた。


 一方の友美は、手にした銃の弾丸を重攻撃用のものへと切り替えると、安藤の頭に狙いをつけた。


 張り詰めた緊張感の漂う中で、安藤は切れ込みを入れた様な薄笑いを浮かべながら、ゆっくりと空を仰ぎ、


 


「君たちには分からないだろうさ…………。此処には、あのブルー・アンデッドの情報が眠ってるんだよ!」



 焦点の合わぬ目でそう言った。


「……………は?」

「……………え?」


 まるで、陶酔したように語る安東の言葉に、富士美と友美は間抜けな声を上げて、困惑して沈黙するが、そんなこと等気にも留めずに、安藤は堰が切れた様に滔々と自分の目的について語り始めた。




「正体不明の電脳世界のカリスマ!それが、ブルーアンデッドだ!芸術的なハッキング技術と、創造的なプログラミング技術。常に先進的で先鋭的。彼の技術と知識に、一体何度世界が変革したことか。それなのに、世間一般の人間はそんな事すら知らない。これまで数多のプログラマーとハッカーが彼の正体を突き止めようとしても、その影すらもつかめなかった謎の存在。その、そのブルーアンデッドが作った人工知能のプラグロムが!ここに!この銀行に眠っているんだよ!ここの情報に触れれば、ブルーアンデッドの正体に触れられるかもしれない!そうでなくても、」

 

「「ちょっと、タンマ!」」


 熱に浮かされた様に息もつかずに語り出した安東にそう言って背を向けるや否や、二人は今までの緊張感も忘れて後ろに下がると、顔を突き合わせて状況の整理を行う。


「……おい、テメエ。どういうつもりだよ?ってか、どうする?こいつこんな盛り上がってるけど、本当の事言って良いの?どうする?」

「……ああ、マジでどうしよう。ってか、俺こんな所に何か預けた記憶ってねえんだけど?」

「え?マジで?お前なら銀行に金を預けるふりして、銀行にハッキング仕掛けてそうだから何か因縁ありそうだと思ったけど」

「いや。それ一回やりかけたけど、途中でバレてパクられかけたからそれ以降やっていない」

「いや!やってんじゃねえよテメエッ!私ら一応、犯罪を取り締まる側だろうが!テメエの方から犯罪をしてんじゃねえ!」

「いやあ、あの時ねえ、丁度おカネが無かったんだよ。千円ほど」

「おいいいい!千円程度で職を失うつもりだったのかよ!バカかおめえは!」

「そんなことを言ってもしょうがないじゃないか。出来心なんだから」

「で。そうしてテメエが起こした厄介ごとのしりぬぐいするのは私なんだよ!つーか、今のこの状況も一から十までお前の所為じゃねえか!」

「えー?そんなことねえだろう。だって、俺ここに何も預けてねえのよ?なんでこんなことになったのか、俺が一番聞きたいんですけど?」


 最初はひそひそ声でしていた相談は、やがて大声の口喧嘩になった挙句に、ただの痴話喧嘩になって友美が富士美の胸倉をつかんで振り回す結果になった。


「……………あの、何をしてるんですかね?というか、今までの話から痴話喧嘩に?」


「痴話喧嘩じゃねえよ!どこに目ん玉ついてんだテメエ!」


「え?あ、ハイ。すみません」


 そんな、余りに突然に起こった夫婦漫才に、今まで戦う意思を見せていた安東でさえ、敬語になって二人に話しかけるが、その言葉をすさまじい勢いで友美は否定し、安藤は思わず素で謝った。


 素直に謝る安東の姿に、富士美は真顔で友美に胸倉を掴まれながら思わず呟く。


「おー怖。何か強盗さんも素直になってんじゃん。今日はもうこれで良くね」


「ウルセエな!いいから、とっとと吐けよ!今度は何をした!取りあえず、原因をはっきりさせねえとどこに頭を下げていいのかもわかんねえんだよ!」


「あ、頭は下げてくれるのね。お前のそういう所、本当に素晴らしいと思います。あ、ちょっと待って思い出した。ケータイ貸してくれ友美」


 と、そこで富士美は胸倉を掴まれたまま何事かを思い出して友美からスマホを借りると、そのまま電話番号を入力して、耳に当てた。



「おー。ゲンさん?実はちょっと聞きたいことがあるんだけど、聞いていい?」



※※※※※



 今日、一番のレースが始まる直前。


 ざわめく観客席の中でゲンさんの持つスマホに電話が入り、ゲンさんは見覚えのない番号に首を傾げながらも、やや緊張してスマホを耳に当てた。


『もしもしゲンさんか?』


 スマホの通話口から出て来た声は、競馬場でよく聞く若者の声であり、その声に胸をなでおろしつつもゲンさんはいつもの調子で声の主に応えた。


「おー。フジちゃんか?なんだあ?」


『ゲンさんにさぁ、この前USBメモリを預けたじゃん?あれってどうなった?』


「おーおー。貰ったなあ、アレ。USBメモリ。あれか?ああ預けた預けた。よくわかんねえけど、すっごい物なんだろ?ちゃんとデータに戻したからよ。銀行に渡したぜ?」


『あー……。そっかあ、ところでさ、メモリの中身については流したの?』


「んん?そんなことしねえよ。誰が好き好んで自分の通帳の中身を教えるか」


『だよなあ。じゃあ、俺の気のせいか』


「でもよお、何だいメモリに書いてたブルーアンデッドっつーのは。一応、調べてみたけど、誰も知らなくてなあ。ネットに思わず写真を上げちまってぜ」


『うーん。それだねえ。はっはっは』


「はっはっは。何がおもしれえのか分からないが、とりあえず切るぜフジちゃん。今から、ゴーカイオウジャが走るんでな。じゃ、また今度な」


 ひとしきり軽く笑いを上げた富士美に軽く笑いかけたゲンさんは、そのまま挨拶もそこそこに電話を切り上げ、本命の出走に備えた。





✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎



 

 一方。


 電話を切られた富士美は、スマホを耳に当てながら目の前で胸倉を掴みながら氷の眼差しを送る友美に向き直った。


「……ゲンさんが預けてた」


「そうか。それで、どうするこの騒ぎ?」


「取りあえず、あの眼鏡くんには俺様から話すからさ、まずは胸倉放して?」


 スマホを返しながら言う富士美の言葉に、友美は溜息と共に今まで掴んでいた胸倉を放し、富士美はすぐにその場から逃げ出そうと駈け出し、


「待てい」


 すぐに首根っこ友美に捕まれた。


「何面倒ごとから逃げ出そうとしてんだよ!」


「嫌だー!後で社長に怒られるー!あの人、滅茶苦茶怖えんだよー!」


「私も嫌だよ!お前だけ、逃がすわけねえだろ!」


「…………あの、さっきからなんなんですか?結局、何をやりたいんですか?」


 最早、夫婦漫才というよりも即興コントのやり取りを見せる二人のやり取りに、堪え切れずに今まで中途半端に突っ立ったままの安東が質問し、そこで富士美はとうとう観念した様に友美に首根っこを掴まれたまま話しだした。



「ああ、そのアレだ。えェーと、ゴメン。実はさ……、テメエの言うブルー・アンデッドっつーの、あのさあ、言いにくいんだけど…………





 ……………………………………………………………………………………俺なんだよね」






 






 



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