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第四話 ワイルド・サイドを行ったら。


「力と格の差を教えてやる。か、随分と大きなことを言うようだけど、その『霊刀』程度で僕に勝てるつもりでいるのかい?刀と言うにはそもそも随分と見た目がみすぼらしいようだけど?」


 富士美の啖呵を聞いた安東は、冷笑を軽い嘲笑に変えながら、富士美の手にした刀を見た。

 安東の言う通り、富士美の持つ刀はおよそ刀としてあまり充分な形をしていなかった。

 富士美の持つ刀には、鞘はおろか、鍔も柄も無く、ただ剥き身の刀身に包帯の様に真っ白な柄糸を巻いただけの、刀というよりも刃物という形状をした物だった。


 柄も無いので、当然持ち手などあるわけがないはずであるが、なかごと呼ばれる柄に被われる部分を直接握っている。その所為で、優に一メートルは越えるであろう長さの長刀を、日本刀の常識に外れて片手剣の様に持たねばならず、明らかに使いにくく戦いにくい代物であった。


 けれども、富士美はそんな刀を危うげない態度で握りしめると、正眼に軽く構えて安東を睨みつけ、小さく笑って見せた。




「そうかい?そう見えるんだったら、テメエの眼は節穴だぜ?」




 富士美がそう言った瞬間だった。


 富士美の姿がその場から搔き消えたかと思えば、銀行強盗の一人の前に現れ出て、筋肉と異形に満ち満ちた化け物じみた肉体を左袈裟懸けに切り裂いた。


「一つ!」


 その大声が聞こえた時に漸く怪物化した強盗の体から血飛沫が噴き出て地面に倒れたかと思うと、次の瞬間には別の強盗が胴薙にされてアスファルトに倒れ込む。


「二ーつ!」


 そして、その声と共に三人目の銀行強盗が倒れ込む。


 数える声よりも倒れ込む強盗達の方の数が多いのは、声よりも早く強盗達を倒しているからだ。


 最早、戦闘というよりも一方的な暴虐であった。


 音速を越えた速度の斬撃には、怪物化した強盗達でさえも太刀打ちできないようであり、富士美の姿はもはやアスファルトの陽炎に揺らめく影のように消え去っている。


「三つ!」


 そんな中、また一人強盗が倒れ込み、残りの人間が二人を切ったところでその暴虐は不意に終りを遂げた。


「四つ!…………とはいかなかったか」


 富士美の刀はゾンビ化した強盗達の凝固した筋肉に止められており、富士美は少しばかり残念そうな顔をすると、肉に食い込んだ刀を力づくで引き抜いて、そのまま安東とその周囲に居るゾンビ化した強盗達から距離を取った。


「……流石に、そこまで舐められるのは心外だ。これでも技を鍛えて来た魔術師なんでね。ある程度やられれば、それなりに魔術の種は見える」


 そんな富士美に対して、安東は少しずり下がった眼鏡を直しながら富士美を睨みつけた。

 

「見た目に騙されてただの『霊刀』かと思って舐めてたよ。その刀は『霊装』だろう?」


 富士美は安東のその問いに対して、短く口笛を吹いて「正解」と、端的に答えた。

 そんな余裕そうな富士美の態度に対して、安藤は忌々し気に鼻を鳴らすと、面白くもなさそうに指を鳴らした。

 その音ともに、富士美に斬られてアスファルトに倒れ込んでいた強盗達が起き上がり、再び安東の周囲に集まり出していくが、そんな強盗達の様子を気にもせずに、安藤は富士美に話しかける。


「特定の効果が付与されただけの魔導具の一種に過ぎない『霊刀』と違って、『霊装』は魔術を行使するために複数の回路を組み込んだプログロムだ。例えるならば、固定電話とスマホほどに役割も、その能力も違う。

 …………まさかここまで本気の術者を相手にするとは思っていなかった。完全に油断してたよ」


「できればそのまま油断してくれたら助かる。俺だって、本気で魔術師同士でやり合うほど物好きじゃねえんだ。特に、命までは取っていないとはいえ、ゾンビ化をここまで操れるほどの尸霊術者(ネクロマンサー)とはな」


「あんまり褒めないでくれ。敵対者が手ごわいことも予想しながら、力を温存することを考えて不覚を取ったんだ。魔術師としては十分に失格だ。戦いに負けたら目的も何もないのに、その事さえも忘れてしまっていたよ。だから、」


 片手だけで正眼の構えを取りながら安東に向き直る富士美に対して、安東はそう言って言葉を切ると、



「―――――――これからは全力で行かせてもらう」



 そう言った安東は、不意に自分の着ているシャツを胸元から引き裂いた。

 安東が夏の日差しに晒し出した体は、まるでホワイトアスパラの様に青白く、アバラの浮いた細い体は骸骨を思わせた。 

 その身体は、貧相というよりも虚弱そうであり、その身体を晒されたところで、恐怖や脅威を感じるよりも、むしろ憐憫と憐れみを感じる様な姿であった。


 だが、その身体を見た富士美は、思わず驚愕に目を見開いて声を荒げた。



「『芳一彫り』か!お前何つーもんを入れてやがる!」


 

 富士美の言葉通り、安東のシャツの隠れていた全身には、お経の文字のような呪文が胸元から手首や足首に至るまで隙間なく入れ墨が入れ込まれていた。

 それはさながら古典の耳なし芳一のような姿であり、ハロウィンの仮装にでもすれば笑いでも取れる様なその姿に、しかし富士美は恐れおののく様に半歩ほどのその場を下がった。

 そんな富士美の様子に、安藤は少し満足そうな様子で目だけを笑わせて、その両手を広げた。


「やっぱり知っていたか。流石は『番長(ハンター)』ってところかな。身体中に呪文を刺青として彫り込むことで、『超能力スキル』と『霊能力スタイル』を暴走させることと引き換えに巨大な魔術を行使する『科学特区』きっての『禁忌魔術(タブー・スペル)』。通称、芳一彫り」

 

 その言葉と共に、安藤の身体は急激に筋肉が膨れ上がる様に盛り上がると、そんな安東に続く様に他の強盗達の肉体も巨大化していく。

 だが、その変化は肉体の巨大化だけにとどまらなかった。

 血管は網の目の様に肉体の上に走り、骨は太く肉の薄い部分を突き破り、爪や皮は硬度を増して鎧の様に変化していく。

 それは長身の部類に入る富士美の三倍ほどの巨大な大きさになってその変化を止めると、最早、元の顔が想像できないほどの醜悪な肉の巨象のような姿になって、富士美の前に立ちはだかった。

 

 そうして、元の姿からはかけ離れた姿をした安東は、富士美にその醜悪な顔を歪めて笑みを見せる。


「一度暴走したら、生皮を剥がない限り止まることのないその危険性から、第一級禁術指定を受けているこの魔術の恐ろしさ。骨の髄まで味わうと良い」

 

 富士美を見下ろすその姿は、さながら肉のゴーレムとも言えるべきほどに厳つく威圧的な姿であり、富士美は軽い舌打ちと共に右手に握る刀を構え直すと、左手にいつの間にかトランプのカードの様に取り出した何枚もの御札を広げた。


「クソッタレめ!!厄介な物を持ち出してきやがって!ただでさえ面倒くさい『尸霊術(ネクロマンシー)』を相手にするのによ!」


 悪態をつく暇もなく富士美に対して、巨大化した強盗達が富士美に向かって襲い掛かり、富士美はそんな強盗達に対して左手に持った御札をばらまいた。


「救急如律令!」


 富士美の言葉と共に、御札は稲妻へと変化を遂げて強盗達に一斉に襲いかかるが、雷の直撃を食らったはずの強盗達はまるで効いた様子も無く、富士美へと突っ込んでくる。


だが、富士美はそんな事に気を止める事も無く、雷の光を煙幕がわりにして強盗達から逃れる様に常人では届かないほどの高さに飛び上がると、懐から一枚のお札を取り出し、それを刀の刀身に貼り付けて小さく真言を唱えた。


オン不動尊カカカビサンマイエイソワカる!!」


富士美がその言葉を唱え終わった瞬間、富士美の持つお札から無数の火粉ひのこと火花が飛び散り、たちまち巨大な炎と雷になって周囲に巻き上がったかと思うと、その炎と雷は富士美の身体に纏わりつき、髪は逆立ち、瞳は紅蓮の右眼と金色の左眼に変化する。



「そっちがその気ならーーーーー」


そうして、空中で瞬く間にその姿を変えた富士美は、眼下にたむろするゾンビ達を睨みつけながら落下し、



「ーーーーーーこっちも全力で行く!!」



その落下点にいるゾンビを唐竹割りに斬り裂いた。



と、



富士美に真っ二つに斬り裂かれた筈のゾンビは、そのまま筋肉が腐った豆腐の様にグズグズに溶けて解け落ち、地面には先ほどゾンビにされた筈の強盗の一人が倒れ伏した。


それを見た安東は、驚愕と感嘆の入り混じった声を上げた。


「凄いな。真言と陰陽道と僻邪の武を同時に使ったのか。同じ日本系の魔術とは言え、ここまで系統の違う魔術を同時並行で使用できる人間なんて初めて見た」


「そうかい。そりゃ運が良かったな。どうもお前らはこんな下らない事をする為に命を懸けてきたらしいが、俺が相手になった以上は殺す事はねぇから安心しろ。

ーーーーーー殺してくれと懇願するまでボコボコにしてやる」


「怖いねえ。安心できる要素が一つも無い。だから、出来ればそのままやられてくれるとありがたい」


 安東がそう言った途端、アスファルトの地面を突き破って複数の骸骨の腕が現れて富士美の脚を掴み、まるで地獄に引きずり込もうとするかの様に富士美の身体を引っ張り込む。


 それと同時に、安東に付き従って居たゾンビの内の二体が、富士美の背後から食い殺さんばかりの勢いで富士美に向けて襲いかかった。


 するとその瞬間、数発の銃声と共に富士美の背後に居た強盗達の頭が撃ち抜かれ、その衝撃でその場に膝から崩れ落ちる様にして後ろに倒れた。


 だが、そこは流石にゾンビと言うべきか、すぐ様に回復して再び立ち上がり、怒りに燃えた声で絶叫する。


 富士美はその隙をついて足元の骨を切り砕いてその場を脱すると、その銃撃を行った人間である友美の元へと飛び込んだ。


「チッ!!全然効いてねぇな。ゾンビだったら、頭に風穴空いたら死ぬのが相場じゃねぇのかよ!」


 一方の友美は、確実に急所に当たった筈なのに、一向に効いた様子の無いゾンビを見て軽く悪態を吐くと、すぐさまその苛立ちを消して富士美に向き直り、頼まれていた事の報告をする。


「富士美。人質の救出と避難は終わった。戦闘許可は出てないが、正当防衛としてこれからはアンタの後方支援に徹する。『銃撃格闘クロース・バレット・アーツ』は得意じゃねえけど、多少は助けになるだろ?」


「助かる。悪いが、周辺住民の安全の確保と、緊急医療の手配も頼む」


「それはもうとっくにやっといた。それより、アンタは自分の心配しときな。私はこれ以上手が出せねえんだから、あれと戦うのはアンタだけだぞ?」


「ははは。流石、頼りになるぜトモミン。まあ、安心しろよ」


 手際よく事後報告をする友美の言葉に、富士美は軽く口笛を吹くと軽口を叩きながら友美を庇う様にその前に立つと、不敵な笑みを浮かべて安東を見た。


「問題無い、仕掛けは終わった。後はあいつが命乞いするだけだ」

 

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