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弁慶  作者: Kan
3/3

書写山の大騒動

 若き日の弁慶は、その後も三井寺との抗争に度々貢献し、強靭な僧兵として知られていたが、その乱暴さには目に余るところがあった。

 時は、平家一門が政治の実権を握っていた頃である。敗れた源氏は方々に流されていた。

 平清盛は、保元(ほげん)平治(へいじ)の二度に渡る合戦で功を立てて、いつの間にか、平家が官界をも支配するようになってしまった。

 弁慶が、比叡山を追い出されたのは、まさにそんな時であった。

 弁慶は、ある時、比叡山でまわりの僧とひどく喧嘩をして暴れまわった。そしてこの時、うっかり乱暴がすぎて、ついに弁慶は比叡山を追放されることとなったのである。

 弁慶は、生まれながらにして、僧侶というよりも武者であった。だから、弁慶は僧兵としては優秀であったが、心静かにじっとしていることのできぬ男だった。

 弁慶は、比叡山に未練などなかった。

(比叡山は、わしのような男には小さすぎるわ)

 弁慶は、もっと大きな舞台で戦うことを望んでいた。

 弁慶は志がなかったわけではない。むしろ、あったのである。

(この世をひっくり返すような、そんな大舞台で生きてみたいものよ)

 しかし、平家は好かなかった。弁慶にとって、既成の権力にとどまることなど、糞食らえであった。

(なに、面白いものが見つかるまで、わしは流れ者よ)

 その後、弁慶は四国にゆき、そして、播磨へと住処を転々とした。

 その後に、播磨の書写山円教寺に世話になることになって、結局、弁慶はここでも大騒動を巻き起こしてしまうこととなったのである。

 円教寺に来てからというもの、弁慶は珍しく心静かであった。

(これが仏門ってものかねぇ、ああ、静かだ……)

 柄にもなく、坊主ぶって、静かに座禅している。

(あら、鳥の声が聞こえる……)

 弁慶は、さも悟りきった仏のような気持ちで、自然の声に耳を傾けて、ただ座っていた。

「あれが、あの恐ろしいことで有名な比叡山の弁慶かねえ」

 円教寺の若い僧侶たちは、半信半疑でその様子を見ていた。

「どれ、少し試してみよう」

 少したちの悪い若者がそう言って、ある日、寝ている弁慶に、墨の染みた筆を持って近づいた。

 そして、弁慶の顔に馬の絵と下駄の絵を描いたのである。

 笑いをこらえながら、若い坊主は戻ってきた。

 さて、弁慶が起きると、みな顔を見て、何か必死に笑いをこらえているようなので、

「なんだ、わしの顔がそんなにおかしいか」

 と不機嫌そうに尋ねると、

「いえいえ、滅相もございません」

 と妙に丁寧なので、そんなおかしな顔に生まれたかと少し母親を恨みながら、井戸に顔を映しにいった。

 ……その直後。

「大変だ!」

 ひとりの坊主が血相を変えて、若い坊主がたむろっている中に走り込んできた。

「どうした!」

「弁慶が怒って、薙刀を握ってこっちへ走ってくるぞ!」

「なに、そいつはまずい。すぐに武器を持って来い!」

 若い坊主たちは薙刀、日本刀、火のついた木の棒を持ってきて、鬼のような形相で走りこんでくる弁慶に一斉に打ちかかった。

 それらを、弁慶はするりとかわすと、相手の薙刀をぽんと掴んで、風に任せて、屋根の上に放り投げてしまった。

「あっ……」

 その直後に、弁慶の薙刀がその僧侶の首を切り飛ばしてしまった。

 続いて別の僧侶も、弁慶に太刀で斬りかかったがするりとかわされて、かえって斬り殺された。

 次々と僧侶たちは弁慶に打ちかかるが、みな一瞬の内に弁慶の薙刀の刃に斬り殺されて、死体は瞬く間に五十体に及んだ。

 こうなると、残りの僧侶は、震え上がって逃げ出してしまった。

 弁慶は、一人になってようやく、

(しかし、ちょっと怒りすぎたかもしれぬ……)

 と少し反省すると、この場にいるのもなんとなく心地が悪いので、その寺を出ることにした。

 さて、戦いの中で使われた火のついた木の棒が、僧侶の死体の中に落ちていた。この火は伽藍に燃え広がって、円教寺の建物をことごとく焼いてしまった。

 弁慶は、このことに深く反省すると、円教寺の再建の為に必要な釘を用意しようと思って、千本の刀を集めることを誓った。

(千本も刀を集めれば、釘ぐらいはどうにかなるだろう)

 弁慶は、その為にも京へゆくことにした。

 さて、ちょうどこの頃、京の北、鞍馬山には牛若丸という、平家打倒を誓う美少年がいたそうな。

 ……二人が出会ったのは、この後の話であった。

        お詫びの言葉

 これまでご愛読ありがとうございました。

 この後、弁慶が義経と出会い、源平合戦、弁慶の立ち往生まで、描きたいと考えておりましたが、筆者の力不足の為、本作はここで一旦完結としたいと思います。

 当分は再開の見通しが立ちませんが、またいずれ連載を開始することもあるかもしれません。

 その時は、またよろしくお願い致します。

 本当にありがとうございました。

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