第8話 ニューカマー《新参者》
ギルドに向かう途中、孝太郎は服飾の店を見つけた。
そこで薄手で丈夫な布を買い求める。
布の大きさは縦横が孝太郎の伸長程度の正方形の物。
反物よりも幅が広いため、縫い合わせて縁を縢って貰うことにした。
50シズだというので銀貨を一枚渡して2枚作って貰うことにした。
受け取りは明日だ。
ギルドへ向かう孝太郎の足取りは軽い。
自分の好みで武具を作って貰える。
しかも、ドワーフに。
厳しい修行の合間のゲームやラノベが心のオアシスだった孝太郎にしてみれば一大イベントである。
自然とにやけるのを自覚しながらも、嬉しさを隠す気もないようだ。
ギルドには、幾つかのパーティーが屯していた。
めぼしい依頼がなかったり、次の方針を話し合う者、依頼の報告が終わって報酬を分ける者、様々である。
長柄の木の棒を入口の脇に立て掛けるとカウンターへと向かう。
屯している者達からクスクスと笑いが漏れる。
(おいおい、いくら何でもただの棒ってのはないだろ)
(服もただの布だろ)
(ハンターの仕事をを嘗めてるとしか思えない)
クスクスは、ヒソヒソに変わり、その一部はプンスカにまで変わっていく。
孝太郎はというと、状況から見て、そう言われるのも尤もだと感じているので、特に態度を変えるでもなく、カウンターへと進む。
カウンターには複数の受付が座っていたが、その中にボクソンが初心者講習を申し込んだ時の女性を見つけた。
「カーシャさん、初心者講習が終わったので報告に来ました」
「あ、コタローさん。無事のご帰還おめでとうございます。では、鉱石と証明書を提出してください」
「はい、これでいいです?」
孝太郎は、ボクソンの署名の入った証明書とやや小ぶりな鉄鉱石を提出する。
「はい、けっこうです。初心者講習の完了を承認します」
「4日ぐらい時間があるんですが、何か手頃な依頼はありませんか?」
「生憎と初心者向けの依頼はありませんね。常時依頼のゴブリン討伐と薬草の採取はいかがですか?」
常に在庫が必要な薬草の採取や、常に間引く必要があるゴブリンなどの繁殖力の高いクリーチャーの討伐はギルドが常に依頼を出している。
「常時依頼ですか、そうしてみます。ところで、薬草のサンプルってあります?」
「サンプルといったものはありませんね」
「そうですか」
孝太郎はカーシャに軽く手を振るとカウンターを離れる。
(新人のくせに、カーシャちゃんと親しげに話してるんじゃねえよ)
(俺がカーシャちゃんに名前覚えてもらうのにどれだけかかったと思ってるんだ)
ただ初心者講習の完了報告をするだけで、気づかないうちにギルドにいる男の約半分を敵に回した事になった孝太郎であった。
「薬草を採取するにしても、どんな草かもわからないんじゃなぁ」
呟くようにごちる。
「スリオラに聞いてみるって手もあるか」
(あぁ?新人の分際でスリオラさんを呼び捨てとは、どういう了見だよ)
(スリオラさんの手を薬草の説明ごときで煩わせるつもりか)
(カーシャちゃんだけでなく、スリオラさんとも親しいってことか!どうなってんだ)
怪我をした時に神官であるスリオラに世話になった事がある者も多く、そのエルフである美貌と相まって絶大な人気があるのだが、孝太郎にそんなことが分かる道理もない。
これで残りの男の大半が敵に回すことになったが、勿論孝太郎が気づくことはない。
どうしたものかと思案を巡らせながら歩く孝太郎の前に、男が立ち塞がる。
スキンヘッドのひょろりと背の高い男は、革製の防具を身に付け、腰には短めの剣を佩いている。
「おい新人。先輩の方々に挨拶はどうした」
完全に因縁である。
「え?あ、挨拶と言われれも……」
困惑した表情を浮かべる孝太郎、勿論演技である。
こんなド定番のイベントが自分の身に起きている事を喜んですらいる。
「そうかい。挨拶の仕方が分からないなら、教えて…」
スキンヘッドの男の重心が僅かに落ちる。
「…やるぜっ!」
男は腰に佩いた剣ではなく、剣帯の後に仕込んであった短剣を孝太郎の目の前に突き出した。はずだった。
しかし、既にそこに孝太郎の姿はない。
突き出される右腕を潜るように抜け、回り込んでいる。
スキンヘッドの右足の踵と密着させるように左足を踏み込む。
これで何時でも仰向けに倒せる状態だ。
更にショートフックのモーションで額へ手刀を寸止めで突きつける。
手刀の掌には親指で押さえるように飛苦無が持たれていた。
スキンヘッドにだけ飛苦無が見える状態だ。
勿論スキンヘッドも本気ではなく、孝太郎もその辺りは織り込み済みである。
「すまない、先輩。つい反応してしまった。許して欲しい」
「あ、ああ、本気じゃねえし、遊びみたいなもんだからな、気にするな」
スキンヘッドの男は精一杯の虚勢で台詞を絞り出す。
「先輩が心の広い人で助かったよ」
孝太郎はゆっくりと離れる。
飛苦無は既に袖の中へ落とし込まれている。
「じゃあ先輩、お礼はまた今度ってことで」
手をヒラヒラと振りながら出口へと向かう。
もう一悶着起きるかと背後に気を配るが、その気配はない。
というよりは、誰かが無言の内に止めたようだった。
ギルドを出たところで、長柄を担ぎ門の方へ歩き始める。
「ま、5人ってとこか」
その呟きは、先程の動きの中で『先輩』以外に掌の飛苦無を認識していたであろう者の数である。
宿を取ろうと門への道を歩いていると、先程布を注文した店の店員に声をかけられた。
「あ、お客さん。丁度今、ご注文の布が一枚縫い上がったんですけど、確認して貰えますか?」
寸法も縫製と問題ない。
「先に一枚受け取ってもいいですか?」
「ええ、構いませんよ」
布を一枚受け取って、残りは4日後に来る事を伝える。
最前まで宿を取る気で探していたが「風呂敷」が手に入ったことで、孝太郎の方針は変更された。
来た道を逆に辿り、中央広場へと向かう。
日用品を買うためだ。
広場には、治療院から退院した時と同じように、露店が連なっていた。
反時計回りに広場を回りながら、これはと思う物を買って行く。
調理器具を扱う店では、深いフライパンの様な鍋。
糸や紐を扱う店では、生糸と小指の太さ程のしなやかな赤紐の束を買う。
中古の刃物を扱う店では、ボクソンのところで買いそびれた大小のナイフ。
升のような木工品を扱う店では、微妙に大きさの違う縦長の木製の箱を買い入れる。
鍋はそのまま、鍋として使うが、風呂敷の中の底にするのに丁度よい。
微妙に大きさの違う木箱は、小さい方に大きい方を被せて蓋にする。
それを赤い紐で網目のように括って、箱の上で結ぶようにする。
ナイフの大きい方は解体用、小さい方は調理用にするつもりだ。
とりあえずは箱の中に入れておく。
風呂敷を広げ鍋の中に箱を入れ、隙間に生糸をいれ風呂敷で包み込み、長柄の先端に括り付ける。
孝太郎は満足そうに頷くと、長柄を担いで再び宿を探して歩き始めた。
日が大きく傾くまでには、もうしばらくかかるだろう。
大通り沿いある宿屋はどれも高級そうで、孝太郎としては二の足を踏む佇まいだった。
これはと思う宿屋を見つけることができないまま門の近くまで来てしまっている。
通りの筋を変えて戻るしかないかと考え始めた頃、庶民的な宿が目に入る。
門から入ってきた行商人が、通い慣れた道の如く自然にその宿へと入っていく。
「こりゃ、当たりかな?」
中は1階が食事をするスペースになっていて、客室は2階になるようだ。
「いらっしゃい。お食事ですか?お泊りですか?」
赤毛を緩めの三つ編みにした。女性から元気な声がかかる。
「泊りで。一人で1泊だ」
「ありがとうございます。今ご案内しますのでしばらくお待ち下さい」
そういうと抱えた料理をテーブルに配っていく。
配り終えると小走りに孝太郎まで駆け寄る。
「おまたせしました。2階へどうぞ」
案内されるままに2階の突き当りの部屋へと通された。
「こちらのお部屋でいかがでしょうか?」
ベッドと簡易なテーブルがあるだけの部屋だが、寝るのには十分だ。
「ああ、ここでいい」
「では、貝貨8枚になります」
孝太郎は銅貨を一枚手渡す。
「釣りはいい。使える水場はあるか?」
「ありがとうございます。井戸が裏手にありますので、そちらをお使い下さい」
「わかった」
鍵を受け取り、長柄を部屋に置くと水場へ。
身体を拭き、肌着類を洗う。
「ああ、靴下とパンツも買わないとか」
洗濯を終え、部屋へと戻ると、長柄を部屋の梁に引っ掛けて洗濯物を干す。
今更のように干された洗濯物を見つめる。
(こうなってみると、これってすごく貴重な物だよなあ)
ナノチューブ合成繊維素材のシャツに、伸縮素材でできたボクサーパンツ、綿製でありながらゴムの織り込まれたソックス。
まず、この世界では手に入らなそうな物ばかりである。
洗濯物をしみじみと見つめる自分がなんだか可笑しくなり、クスリと笑うと夕食を摂りに階下へと降りて行く。
無論、部屋にはガッチリと鍵を掛けて。




