第4話 鍛冶屋ボクソン
七日目の朝、治療院を出た孝太郎は、ボクソンの営む鍛冶屋へと向かうことにした。
治療院のある神殿を出ると、目の前にはカフェルの街が広がっている。
カフェルの街は、小高い丘を利用して造られ、円形の防壁に囲まれている。
その防壁の外側には、農地と思しき草地が広がっているのが見て取れる。
石造りの防壁の中は、やはり石造りの建物が並んでいた。
防壁は、黒っぽい石が使われているが、建物に使われている石は防壁のそれと比べると幾分色が薄い。
「黒い方が堅いのか、それとも室内が明るくなるように白っぽい石を建物に使うのかってとこだな」
誰に聞かせるでもなく、孝太郎は感想を呟く。
孝太郎が今しがた出てきた神殿は、丘の頂上にある中央広場に面して建てられていた。
丘の頂上を利用して造られた広場は、街の集会所を兼ねていて、戦いの時などは非戦闘員の避難所としての役割を持っている。
中世ヨーロッパの城壁都市と作りが似ているなと、孝太郎は感じていた。
戦時において、突出した部分は、多方向からの攻撃に晒され弱点となるため、防壁は円形に近くなる。
同時にそれは、この世界での戦いは銃や大砲が発達していない事をも物語っている。
「生の対人戦闘ってのも、やることになるのかもな」
眼前に広がる未だ見知らぬ街を眺めながら、孝太郎は呟く。
しかし、今は戦時ではない。
広場には様々な屋台や露店が並び小さな市を形成してた。
急ぐ必要もない孝太郎は、広場をぐるりと見て回ることにした。
広場には様々な屋台や露店が並んでいた。
広げた布の上に無造作に並べられた、短剣やナイフを売る店。
不思議な幾何学模様の紋様を染め抜いた布を売る店。
何の肉かは判らないが、独特のソースの香りで食欲をそそられる串肉屋。
試しに買ってみようと思ったが、一文無しであることを思いだす。
武器や防具にも興味はあるが、先立つ物がないのでは、冷やかしとはいえ興が乗らない。
「そういえば武器屋に行くんだったか」
これから訪ねる場所が武器鍛冶屋であったことを思い出す。
それでも一通り広場を見て回ると、ボクソンの鍛冶屋を目指して歩き出した。
「扉や窓は木なんだな。ガラスとかないのか」
「落ち着いたというか、暗いというか」
呟かれる感想は、どうしても近代日本との比較となる。
街全体が暗く感じたのは、カラフルな看板や建物の装飾が皆無なせいであろう。
「人はほぼ、外人だなぁ。金髪碧眼が標準なのか」
行き交う人の肌の色は白く、髪の毛は金や茶がほとんどだ。
中央広場から街の東側へ抜ける街道を歩くと、中央広場と外壁の中間あたりに目指す店はあった。
剣と槍が交差したデザインの木彫り看板が、軒から下げられている。
バナーと呼ばれる旗のような布も下げられていて、ボクソン鍛冶店と書かれているが、残念ながら孝太郎には読むことができない。
武器屋であることは中に見える商品を見れば確実なのだが、ボクソンの店かどうか確信が持てないまま、店内に足を踏み入れる。
一文無しな事もあって、おそるおそる店内に入る孝太郎、その態度は不審なものであったようだ。
「何者だ!」
店内では、語気を荒げた店員が剣を構えていた。
「あ、怪しい者ではない。ボクソンさんに用があって来た」
「怪しいかそうでないかはこっちで決める。親方に用なんだな?今呼ぶから、動かずに待て」
「分かった」
まだ若い店員の構えは、どう見ても素人であり、素手でも負けることはないと思われるが、孝太郎は両手を挙げて動かないことにした。
「親方!親方ーーーっ!」
店員が親方を呼ぶ声に、店の奥から聞き覚えのある声が聞こえた。
「おう、今行く」
程なく、恐らく鍛冶場であろう店の奥から屈強そうなドワーフが現れた。
鎧を着ていたときには見えなかったが、鍛冶をするのに着ている革の前掛けの中の半袖シャツから伸びる孝太郎の太腿と変わらぬ太さの腕が屈強さを物語っていた。
「あ、ボクソンさん」
孝太郎の呼び掛けに、ボクソンは急に笑顔になった。
「おう、コタロー!もう良くなったんだな!『さん』とかやめてくれ。ボクソンでいい」
剣を構えたままの店員は、親方の上機嫌ぶりに驚いている。
「おう、ユイック、剣を引かねえか。こちらのコタローさんは、わしの命の恩人だ」
慌てて剣を引く店員。
「ああ、スリオラさんからここへ行く様に言われてね。武器にも興味があったんで、治療院から真っ直ぐ来たんだよ」
「おう、そうか。ちょっと待ってな。分け前持って来るからよ。店ん中の武器でも眺めててくれや」
そういうとボクソンは、店の奥へ消えて行った。
気まずそうな店員を残して。
剣や金属製の鎧、盾などが並べられた店内に、今更ながら日本ではないことを深く実感する孝太郎であった。
ボクソンが戻るまで、商品を眺めることにした孝太郎は、呆然としたままの手人に声を掛けた。
「悪いけど、商品について聞いてもいい?」
「はっはい!ど、どうぞ」
自分の師匠の恩人に刃を向けたことを気にしているのか表情が強ばったままだ。
「親方の腕前は、この街で何番目だと思う?」
「お、俺はっ!この街で一番だと思うから弟子入りしたんだっ!」
「そうか、そうだよねぇ。この剣なんか何の飾りもないのに美しささえ感じるものな」
店に並ぶ商品が、この世界の標準なのか、高品質な物なのかが重要だった。
陳列されている剣は直剣、所謂ショートソードやロングソードに近い。
しかし、陳列されている数ならば圧倒的にダガーやナイフの数が多い。
数が売れるということなのだろう。
しかし、日本刀やシミターのような曲剣は見あたらなかった。
他にも槍、ランスではなくスピアであり、柄の短いショートスピアが主力のようだ。
数が少ないながら格闘用のバグナウのような手甲爪や、ウォーハンマーやバトルアックスといった商品が並べられていた。
防具では、金属製の盾と鎧、といってもフルプレートのような全身鎧ではなく、胸当てやヘルム、籠手などの部分鎧がバラ売りされていた。
大きめのナイフがあれば、何かと便利かと考え物色していると、ボクソンが奥から戻ってきた。
「おう、気に入ったのがあったかい」
そう言いながら、店の中央に据えられた木製のテーブルに二つの革袋を置いた。
「これがコタローの取り分だ。1774コルある。金貨17枚と銀貨74枚。検めてくんな」
孝太郎は、金貨の価値が今ひとつ解りづらいと思いながら、袋の中を覗いた時に、スリオラの言った言葉を思い出した。
『金貨が10枚もあれば、家が買える』だったか。
「ええと、ボクソンさん……多すぎない?」
「はっはっは、多くて文句を言う奴も珍しい。俺の分け前も入ってる、命を救って貰った分だ」
孝太郎は、ボクソンに相談を持ちかけた。
この街で、というよりはこの世界で暮らしていくための手段である。
とりあえずは食事と寝床の確保、それを得るための収入が必要だ。
ボクソンは意外そうな表情で答える。
「コタローがそんな心配をしてるとはな。てっきりハンター身を立てて行くもんだと思ってた」




