第34話 閑話・とある槍術使い
閑話です。
カフェルの街の中央広場、そこからそう遠くない場所に大きな館があった。
そこには、一人の男と子供が11人という大所帯が暮らしていた。
男の名はメイダスといい、その館は道場ということになっている。
メイダスは確かに道場主ではあるものの、その実は道場の一部を改装して開いた食堂を経営している料理人でもあった。
一緒に暮らす子供11人は、内弟子である。
そして、全員が孤児であった。
この世界で孤児が手に職をつけるのは容易ではない。
身元を保証する者がいないことや、最低限の教育を受けてもいないのでは、丁稚奉公にも出られないのが実情である。
メイダスは、孤児を内弟子とすることで、身元を保証すると同時に教育を施し、過去に数人の孤児を奉公に出していた。
出世した者はいないが、何かしでかして返される者も今のところいない。
メイダスの試みは成功しているといっていい。
とはいえ、全員が奉公できるわけでもない。
数年のうちに奉公をとる商家などは限られており、毎年のように奉公を募っている大きな商家は、数が少ない。
また、大きな商家へ奉公に出すには、教育が十分とは言えず他と天秤にかけられれば、逆側に傾くのもやむなしといったところである。
奉公できない子供たちはハンターとなる事が多かった。
いや、どちらかと言えば子供たち自体はハンターになる事を希望していた。
元ハンターだったメイダスは、ハンターの暮らしの厳しさを知っているが故に、できれば子供たちをハンターにしたくはなかったが、逆に子供たちは元ハンターの薫陶を受けて育った結果、ハンターとして成功を夢見る者が多かった。
手っ取り早くまとまった額を稼ぐのであれば、ハンターになるのが一番であるというのは子供たちにとって常識であり、その父とも呼ぶべきメイダスのかつての職業ともなれば、最も身近な英雄譚でもあり、子供たちがハンターを目指すのは当然と言えた。
子供たちは、父であり師匠でもあるメイダスの教えによく従ったが、道場には大きな問題があった。
道場には収入がないのである。
内弟子がすべて孤児では月謝が入ってくるわけもなく、逆に子供たちの生活かかる総ての費用もメイダスが支払うということになる。
ハンターとして一応の成功を収めたメイダスには、十分な蓄えがあった。
それは一家族とすれば十年以上が暮らせる額であっても、数十人の子供の面倒を見ていれば、その貯えも見る間に減っていく。
そこで、道場の一角を改装して開いたのが食堂であった。
店は繁盛とまではいかないが、メイダスがハンター時代に覚えた野趣に富んだメニューが好評で、それなりに常連客を掴んで、メイダスと子供達が食べていくには事欠かない程度には儲かっていた。
メイダスの朝は早い。
まだ暗いうちから、中央広場で槍代わりの長柄の棒を振るう。
ハンターだった頃のメイダスは、一部で「竜爪」の二つ名を冠される槍使いであった。
しかし、その頃の鋭さは既にない。
腕も腿も萎み、髪は既に真っ白になって久しい。
それでも、その辺の駆け出しには負ける気がしないし、中級程度までの相手なら良い勝負ができるはずだ。
中級が相手ならば持久戦にならない事が条件ではあるけれど。
益体のない事を考えながらも、体はその染みついた槍の軌跡を忠実になぞる。
一日でも長く、内弟子達の師匠としてあるために。
なにしろ一番最近取った弟子は7歳、最低でも5年は修行を付けなければならない。
自分の鍛錬が終われば、その足で市場へと向かう。
食堂の仕入れと弟子達の食事のための買い出しだ。
買い出しが終わる辺りで日の出を迎える。
その後は子供達の食事を作って、午前の修練の時間である。
修練と言っても、武術に使われる時間は半分程度で、あとの半分はもっぱら読み書きや算術に充てられている。
子供達に教える武術は、どうしても槍術が中心になる。
その他の武術が教えにくいというよりは、槍術が教えやすいからだ。
自分の使っていた武器であれば、どういった場面で、どう対処すれば良いかは膨大な経験によって最適化された動きが説明できるが、そうでない武器については、それを参考にした動きしか出来なかった。
それでも、戦闘の素人というわけでもないので、子供達には有効な説明ではあるのだが、もう一段階踏み込んだ説明ができれば良いのにと感じずにはいられない。
とはいえ、今更槍以外の武器の修練を自ら行ったとしても、槍のレベルまではとても上がるものではないことも分かっていた。
メイダスは、ここ数年そのジレンマの中にあった。
そんなメイダスは、ある朝衝撃を受ける出来事に出くわした。
メイダスは、いつもの早朝の修行を終え、館に戻ろうとした時に一人の男を見かけた。
自分と同じく長柄の棒を振るう男であった。
興味を持ったメイダスは、その男が長柄の棒を振るう様を眺めていた。
今まで目にしたことのない「型」で振るわれる長柄の棒
型の中に時折含まれる棒の長さを最大に使った「突き」や「斬撃」はメイダスのよく知る槍の動きに近いものであった。
その部分だけ切り取っても、その棒を振るう男が並々ならぬ武を保持しているのは明白だった。
時に長く、時に短く、持たれる長柄の部位の変化に合わせて、歩法、運足も変化している。
メイダスは、目が離せなくなった。
男の振るう長柄の棒が、槍の代用品ではない事に気付いたからだ。
それ程長い時間をかけたわけでもないが、槍、長剣、短剣の動きが、攻撃、回避、防御と目まぐるしく変化する。
一つ一つの動作が、独立して意味を持っている。
そして、繋がる二つの動作の間にも意味があった。
恐らくは、全体としての動作にも意味があるのであろうが、それがどのような意味を持つのかは、今のメイダスには解らなかった。
市場へと向かわなければならない刻限ではあったが、それどころではなかった。
メイダスは拍手とともに男に話しかけていた。
「いやあ、見事なもんだ。その動作には、全ての武器の扱いが入っていると言ってもいいな」
男は困惑したような表情を浮かべながらも、挨拶を返してきた。
畳み掛けるようにメイダスは、その男に頼み込む。
「随分と厚かましいお願いなのは重々承知の上でお願いするが、その型をご教授願えないだろうか?」
「残念ですが、ご希望には添えかねます」
しかし、男から帰ってきたのは拒否の言葉だった。
どこの馬の骨ともわからぬ老人に、門派の宝ともいうべき型を軽々に教えてはもらえないのは、当然と言えば当然である。
「そうですか。いや、残念」
ここで食い下がってもあまり事態は好転しないであろう。
教えてもらえないのであれば、見盗れば良い。
そう考えてメイダスは、早々にその場を立ち去り、遅れていた仕入れの買い出しに向かうのであった。
メイダスは翌朝から、公園での修練の後は、あの男を探すようになった。
もう一度、頼んでみたいと感じているのと、最低でも見盗るつもりでいる。
子供達の将来に、あった方がいい技術であろうからである。
あれから数週間が経とうとしているが、あれ以来その男は中央公園に現れてはいない。
メイダスは焦ってはいなかった。
今いないということはハンターなのだろう。
あの武であれば、早々死ぬ目に遭うこともないであろうし、この街に留まっていなくても、早晩名が売れる人物であろう事も予想できる。
いつか、この場所で再会できると根拠のない確信があった。
武の師は、必要な時に必ずやってくるものだと言われているからである。




