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第2話 創造の槌

 巨大犬は、べろりと孝太郎の頬を舐めると、そのまま半透明になって消えた。


「え?」


 状況が飲み込めない孝太郎だが、まずは情報収集だと気を取り直す。


 とはいえ、情報を引き出せそうな相手は残った武装集団しかいない。


 コミュニケーションが取れるかどうかが問題だ。


 どう見ても日本人ではない。


 武装集団は、孝太郎が近づくのを見ると負傷している一人を除いて、居住まいを正し、片膝を着いて頭を垂れた。


 孝太郎の知っている限りの知識を総動員しても、対等の相手にとる態度ではない。


 武装集団の一人が片膝のまま話かけてきた。顔は伏せたままである。


「恐れながら光の方にお尋ね申し上げます。御身は神獣エルダーフェンリル様を眷族とされる精霊神様にあられましょうや」


 明らかに日本語ではないが、意味は理解できる。

 脳内で勝手に翻訳される感覚は、不思議な感覚だ。


 意味が解ったうえで、話の内容は反芻する必要があった。

 ただの高校生の孝太郎には、些かぶっとんだ質問だからだ。


 精霊神とやらに成りきってみる案もよぎったが、ばれた時の危険を考えて思い直す。

 謙る相手の更に下に出ることにした孝太郎は、両膝を着いて返答する。


「お手をお上げください。私は、確かに先程の巨大犬と同じ世界に生きる者なのかもしれませんが、只の人であります。その様な礼を受けるような者ではございません」


 口から出る言葉も、知らない言語である。

 思考は日本語だが、喋る言葉は聞き覚えのない言葉だ。


「左様でございますか。然りとて我らの危機をお救い頂いた事に変わりはありませぬ。この度はありがとうございました」


「訳も解らずやった事です。お気になさいませんように。私は孝太郎と申す者です。只の人ですので敬語は不要に願います」


 固すぎる会話をなんとか終わらせたい孝太郎である。


「失礼しました。私はハンターパーティー《創造の槌》の神官スリオラと申します。私の後ろにいるのは、戦士のメルドとボクソン、魔法師のオステア、レンジャーのフェル」

 負傷しているボクソンと呼ばれた戦士以外、紹介された者が銘々に立ち上がった。


 立ち上がった姿を見て、孝太郎はここが地球以外の何処かである事を確信した。

 そもそも四本腕の化物がいる時点で確信に近いものがあったが。


 スリオラと名乗った神官は、非常に整った顔立ちをしており、ブロンドのロングヘアをかき分ける様に先の尖った耳が横に向かって伸びていた。


(エルフなんだろうなぁ。本当にいるんだな。物語よりは島戦記寄りだよなあ。)


 などと、孝太郎は取り留めのない感想を抱く。


 他にも、レンジャーのフェルと紹介された女性は狐耳が付いているし、負傷している戦士のボクソンは、その身体的特徴が彼の知るドワーフという想像上の種族に酷似していた。


 スリオラに向かいフェルがなにやら囁いている。


「そろそろ剥ぎ取りの権利の行方を尋ねなさいよ!早く!」


 身体能力向上の効果もあってか、はっきりと聞こえた。

 四本腕の装飾品の事だと思い至った孝太郎は笑顔で答える。


「剥ぎ取りは、そちらの自由にして貰ってかまいませんよ」


「え?それではこちらが恐縮してしまいます」


 スリオラが答えた時には、フェルは既に剥ぎ取りを開始していた。


 孝太郎とスリオラが苦笑する間に、戦士のメルドも剥ぎ取りに加わり、四本腕の毛皮を剥ぎ、肉を切り分けていく。そこに魔術師のオステアが加わり、慣れた手つきで内臓を散していく。


 その様子を眺めながら、孝太郎はスリオラに尋ねた。


「この後は、どうなさるのですか?」


「どうとは?」


「あぁ、剥ぎ取りが終わった後の行動をどうなさるのかな?と」


「はい。負傷した者もおりますし、剥ぎ取りもかなりの量になりますので、この後は帰ることになりますね」


「そうですか。ひとつお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」


「恩人のお願いとあれば、何なりと」


「いえ、エルダーフェンリルと同時に帰れませんでしたので、帰る方法に心当たりがありません。とりあえず近くの街か何処かまで、同道させていただけないかと」


「え?帰れないんですか??」


 孝太郎が、自分の意思で来たと思い込んでいたスリオラは、その申し出に驚くと同時にエルダーフェンリルを召喚した時に巻き込まれて現れてしまったのだと思い至る。


 ということは、孝太郎が帰れないのはエルダーフェンリルを召喚した自分自身の責任だという事になる。


「も、申し訳ありません」


スリオラは、深い謝罪の意思を示す。


「孝太郎様の当面の面倒は、この創造の槌が見ることをお約束いたします」


 自然な流れで、自分一人の責任をパーティーの責任に転嫁したスリオラであった。


 孝太郎にしてみれば、純然と人里への案内と移動手段を確保したいがための交渉であったが、幸運にして食事と寝床の心配もしてもらえるかもしれない所までサクサクと交渉が進んだことになる。


 当面の最低限の生活保障はなされたのだから。


 剥ぎ取りの作業が進む中、負傷してその場に残っていた戦士ボクソンが孝太郎に声をかける。

「勝手なお願いだというのは十分承知の上で、敢えてお願いする。剥ぎ取りが終わるまでの時間でいい、儂の代わりに採掘をしてはもらえんだろうか?」


「ボクソン、あなた何を言ってるの!」


「ああ、いいですよ。鉱石には詳しくないので指示をしてもらえますか」


 スリオラが嗜めたが、当の孝太郎は軽いのりで引き受けてしまう。

 スリオラの頬が一瞬引き攣ったことに孝太郎は気づかなかった。


 その後、約三十分程度の短い時間だったが、ボクソンの支持で洞窟の壁面を縦横無尽に這い回り、ボクソンの期待以上の鉱石の採掘に成功した孝太郎であった。


 剥ぎ取った宝飾品と毛皮や牙などの素材と一緒に、鉱石も一箇所に集積が終わった。

 これ程の量を運ぶとなると、いったい何回往復しなければならないのかという孝太郎の心配は杞憂に終わった。

「では、ダンジョンから出ます。」


 スリオラが、透明な球体を取り出して意識を集中する。


 一瞬の浮遊感のあと、急に周囲が明るくなった。


 気がつけば孝太郎は林の中にいた。


 無論スリオラ達、創造の槌のメンバーと大量の荷物も一緒だ。

 スリオラの持つ《オーブ》による魔法であった。

 本来は、軽々に体験できるような物ではなく、オーブにしても一族の秘宝といった物であるが、ファンタジー世界だと受け入れる努力真最中の孝太郎には、魔法って便利なんだなという漠然とした感想を抱かせるに留まった。


 転移をした場所で暫く休憩した後、パーティーは二つに分かれ、メルド、オステア、フェルは近くに停めてあるという馬車をとりに行った。

 残ったスリオラ、ボクソン、孝太郎は荷物の見張りだ。


「孝太郎様、お願いがあります。《フェンリルオーブ》と《転移のオーブ》の事は他の人に絶対に話さないでいただきたいのです」


 孝太郎は、スリオラの真剣な表情に、オーブ自体にかなりの価値があるか、魔法自体が特殊なのかもしれないと考えた。

 元より自分の生活を保障してくれるという人が望まないことをするという選択肢があったわけもない。


「わかりました。誰にも言わないと約束します」


「ありがとうございます。これが他人の手に渡ると大変なことになってしまうので」


「大変な事?」


「一族を、いえ種族をあげて取り戻すことになります」


 この場合の取り戻すは、武力的な意味合いとしか取れない。孝太郎は絶対にしゃべるまいと心に誓うのだった。


 孝太郎は、細かいことは気にしないタイプである。

 今回の転移にしても、そうなってしまったのは仕方がないと達観している部分もある。

 いつ帰れるかは分からないが、ここが異世界というのならば、その異世界を楽しむつもりでいた。


 メルド達が乗ってきた馬車に荷物を積み終わり、全員が乗り込んだところで馬車は出発した。

 御者はメルドで、フェルがその脇で警戒にあたっている。

 馬車の荷台には四人、荷物番の三人と魔法使いのオステアがいる。

「これから、私達の拠点であるカフェルに向かいます。メンバーは全員別に仕事を持っているので、孝太郎様はなにも心配いりませんよ」


「そう言っていただけると助かります。よろしくお願いします」


「とりあえず住むところは、うちでいいじゃろ。歳の近い弟子もおるしの」


「そうね。じゃあボクソンお願いね」


「後は、素材なんかの分配かの」


「そうだね。彼が必要な素材ななさそうだけど、お金に換算して配分すればいいんじゃないかな」


 街での予定を話し合う一行の中で、孝太郎の身体に変化が現れた。


 エルダーフェンリルと同じように身体に纏っていた光が消えたのである。


 と、同時に孝太郎の全身を今まで経験したことのないような猛烈な痛みが襲った。


「ぐ」


 幼少からの武道を元とする修行により、一般人よりも痛みに対する耐性は高い孝太郎をもってしてもその痛みには抗えず、思わず声が漏れる。


 何とか耐えようとする孝太郎の精神力よりも、身体と精神の保全を図る脳の機能によって孝太郎の意識は闇へと沈んだ。

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