第28話 熊狩り
ちょっと間が開いてしまいました。
その分ちょっとボリューミーです。
武技テストの試験官であったカッファこそが、「熊の手」をほぼ独占していると言われているハンターパーティーのリーダーであるようだ。
「熊のいる場所までは、俺が案内してやる。その後、熊を倒して「熊の手」を摂るのはコタロー、お前の役目だ」
「わかった。出発は明日の朝でいいか?」
「ああ、それでいい。ところで、随分と素直なんだな。少しはゴネるかと思ったんだが」
「別に問題ない」
「そうか……」
「明日の朝、夜明け頃にはここに来る。何か必要な物はあるか?」
「いや、ない」
「では、明日の朝に」
要件の済んだ孝太郎は、早々に宿へと取って返し、武具を点検する。
木製の鞘が些か湿っぽいが、明日の朝には問題ないレベルまで乾いているであろう。
他に特段、準備する物もない。
他のハンターであれば、初めて訪れた商都でぽっかりと空いた半日ともなれば、買物や遊山に時間を充てるのであろうが、孝太郎は早目の昼食を摂った後は宿屋の寝台に潜り込んだ。
日も高く、すぐには寝付けなかったが、やがてその呼吸は規則正しいものへと変わっていった。
翌朝、十分な睡眠をとってスッキリと目覚めた孝太郎は、武具の最終的な点検をすると、カッファの待つ宿へと向かう。
宿の前では、カッファが馬車の用意をしていた。
「おはよう」
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
「おう、よろしくな」
「何日ぐらいかかるんですか?」
「運が良ければ今日中に戻ってこられるが、まあ3日ってところだ」
「食料を買ってきますよ」
「いや、もう準備してある。言っただろ?準備するものは何もないってな」
孝太郎は促されるままに馬車に乗り込む。
食料と水の入った樽が、それぞれ4つ馬車の前方に積まれていた。
2人であれば10日分はあろうかという量である。
「あと場所は秘密なんでな。乗ったら目隠しをしてくれ。そこにある布を使え」
「熊の手」をほぼ独占していると言われるパーティーだけの事はある。
サポートはするが、情報は渡す気はないつもりなのだと理解して、孝太郎は素直に目隠しをした。
「うえ、ホントにしやがったか。こりゃ、危ねえな。コタロー、冗談だから目隠しを外しな」
「え?」
「お前は人を信用しすぎだな。このまま売られたり、襲われたりしたらどうするんだ?」
「カッファさんは、そういうことをする人ではないでしょう?」
「あーもう、わかったよ。とりあえず出発するぞ。俺の目的は、お前が熊とどう戦うか見たいだけだからな」
カッファという男は、良くも悪くも自分の欲望に忠実であった。
特に戦闘方面において、その傾向が顕著であり、たまにランクアップテストの試験官を買って出ては見どころのある者とテスト以外で模擬戦をしてみたりしている。
そのカッファをして、ランクアップテストで一方的にやられたの初めての経験であり、ましてや自分のパーティーの金脈とも言うべき熊狩りをさせてみたいと思ったのも初めての事だった。
しかし、同時にカッファは孝太郎に奇妙な違和感を感じてもいた。
それ故の目隠しの件である。
そしてその違和感は、疑問へと変わり、目隠しの件で確信へと変わった。
とはいえ、確信したからといって、本人にそれを告げるかどうかというのは、全く別の話である。
カッファは宣言のとおり、孝太郎が熊とどう戦うかを見たいだけであり、その他の疑問や気付いた点の重要度は低いのである。
カッファの操る馬車は、ホーンズビーの生息するテールズ沼地を回り込む様に、更に北側の渓谷地帯へと進んでいた。
「この辺りで馬車は終わりだ」
カッファは馬車から馬を外すと、その尻を叩いて、今来た道へと走らせる。
「帰りはどうするんだ?」
「あいつは、手前にあった草原付近にいるだろうよ。そこへ行って連れてくるのさ」
「1日、2日なら繋いでおいてもいいんじゃないのか?」
「熊に襲われると、マジで足がなくなるぞ」
「そういうことか」
「そういうことだ」
「ここからは探索になる。逆に襲われないよう気をつけろよ」
「わかった」
馬車を停めた位置から、獣道へと踏み入る。
丈の高い草が掻き分けられた様に倒れている小径である。
大型の獣が通った後なのは間違いないだろう。
それを辿り、遂には川原へと出た。
渓谷とは言え、周囲が断崖ばかりというわけではなかった。
水量が豊富な川は魚影も濃く、それを食す生物も多くいるということだ。
「お、いたいた。あれだ、見えるか?」
カッファの示す方向には、渓流の中にそびえる巨大な岩の影に、赤黒い体毛を具えた巨大な塊が動いている。
無言で頷く孝太郎。
「結構、強力な魔物だからな。気をつけろよ」
未だ、その全容は見えない赤黒い塊を、視界から外さないように、渓流の中の巨岩を回り込んで移動する。
巨岩の左側に見えていた赤黒い塊は、岩を右に回り込む事によって一度全体が岩に隠れる。
更に足を進め、再び見えるようになった赤黒い塊は、二足で立ち上がり、両腕を上げて、こちらを威嚇していた。
「あら、見つかっちゃってる」
孝太郎としては、奇襲を掛けたかったところだが、既に相手には存在が知られているのは自明の理だ。
赤黒い塊が振り上げている腕の先端は、孝太郎の身長の倍に届こうと言うほどの巨体。
それでいて、羆や灰色熊のよりはスマートな印象を受けるのは、決して筋肉の量が少ないわけではなかった。
前後の脚が孝太郎の知る熊に比べて長い事が、スマートな印象を与えていることに気付く。
孝太郎は、油断なくそのリーチを見極めようとしていた。
牽制に飛苦無を投げて、後方へ跳躍し距離をとる。
赤黒い塊は、威嚇をやめて四足の態勢で走り始めた。
「速っ」
四足の獣は、当然の如く人よりも走る速度は速いが、それを差し引いて尚、孝太郎を驚嘆せしめる速度で迫ってくる。
先ずは直攻、走ってくる赤黒い塊の頭上を飛び越えながら、首筋に鵲での斬撃を叩き込む。
長く太い体毛が、斬撃の威力を殺し、その内側への刃の侵入を拒む。
加えて、ごつりとした硬い手応えを感じて、怪訝な表情を浮かべる孝太郎。
体毛の下には甲羅のような装甲があることが窺える。
「あしらさまかよ」
やや離れた場所から孝太郎の動きを観察しているカッファには意味不明の言葉を残して、孝太郎は再度間合いを切るべく跳躍する。
赤黒い塊は、地面を滑るように停止しながら、その進行方向を孝太郎の方へと変えた。
なおも突進してくる赤黒い塊に向けて、孝太郎も走り出す。
その進路が交錯する瞬間、孝太郎は右へと跳ぶ。
そこへ迫るのは、赤黒い塊のから伸びてくる左腕。
その先端には、凶悪な太く鋭い爪が並んでいる。
すれ違いざま、カウンター気味に伸びてくる腕の速度は、孝太郎の予測を超えていた。
「ちっ」
舌打ちをしながら、鋭い爪を左手の鴉の腹で受け流しながら、更に外側への跳躍で衝撃を緩和する。
右手の鵲を手首を目掛けて突き立てるが、反対側への跳躍の最中とあっては、勢いも乗らず、効果は期待できない。
それでも、手首付近には甲羅がないことが判った。
鵲の鋒からは、血が滴り落ちている。
致命傷には程遠い傷だが、傷つけられた事に怒ったのか、赤黒い塊は再び立ちあがって威嚇のポーズを取る。
その隙を見逃す孝太郎ではない。
威嚇のポーズで咆哮する赤黒い塊に向かって急速に間合いを詰める。
そのまま身体を回転させ、突進に遠心力を乗せて
鵲の刺突を腹の中央へ繰り出す。
狙い通り、腹には甲羅のような装甲もなければ、背中側に比べて体毛も薄く短い。
ぞぶりという感触とともに鵲の鋒は腹腔の深くまで潜り込む。
そのまま刃で裂くように鵲を滑らせ、赤黒い塊の腹を横に裂く。
腹腔からは内圧によって、血と消化器官が流れるように出てくる。
人であれば致命傷だが、獣はその程度では止まらない。
ましてや魔物ともなれば。
そのまま放おっておけば、死ぬだろうが、今すぐに動かなくなるかと言えば、それは否だ。
孝太郎には、野生動物のしぶとさの知識があり、怒りで見境のない攻撃を仕掛けてくることもあることも予想できた。
二足で立ちあがった状態から、振り上げた前脚によるストンピング。
当たれば骨が砕け、掠ればにくが抉られるであろう。
その攻撃を孝太郎は迎えに行く。
カッファは目を疑う。
意味がわからない。
孝太郎の今までの戦いは理に叶っており、目を見張る箇所も幾つもあった。
だが、強力なストンピングに向かって身体を寄せていく意味がカッファには解らなかった。
しかし孝太郎は、ストンピングを敢えてギリギリで避ける。
そして前脚が地を打つ直前に、その手首部分と地面の間に鵲を立てるように入れ込む。
置いてくるといった表現が適当かもしれない。
ストンピングの勢いで、鵲の鋒は掌側から手の甲側へと突き出る。
痛みと力が入らないことによって、赤黒い塊は横倒しに転がった。
孝太郎は、鵲を傷口を広げる方向に抜き、鴉で追撃を加える。
ぼっという破裂音にも似た音は、腱が切断された時のものであろう。
切断された赤黒い塊の右手が宙を舞う。
それを引っ掴むと孝太郎は、離れた場所にいたカッファの背後へと回り込んだ。
一瞬、自分も攻撃されるのではないかと思ったカッファは冷や汗を流す。
「な、何を?」
絞り出すように尋ねるカッファ。
「いえ、納品の品も手に入りましたので、次は試験官殿の腕前を見せていただけたらなと」
事も無げに答える孝太郎。
「どの道、断ったところで、俺を盾に逃げ回るつもりだろう?」
「正解です」
「ち、まあいい。少し安心もしたしな。止めは貰っておく」
片方の手がなくなり、腹腔は避けてなお、三度立ちあがって威嚇のポーズをとる赤黒い塊。
カッファは突進すると、腹腔の裂け目を目掛けて、両手斧を振り下ろす。
同時にバックステップで一旦間合いを切った。
腹に大きなダメージを負った赤黒い塊は、両の前脚を地面に着ける。
そこへ大上段に振りかぶった両手斧の一撃。
斧の刃先は、頭蓋骨を割り、頭部を両断する勢いで突き立った。
腹はともかく、頭を半分に割られて、その後も動ける者など、魔物と言えどもそうはいまい。
赤黒い塊は、そのまま潰れるように崩れ落ちた。
「ふう。いやいあ、いい勉強になったぜ。ありがとうなコタロー」
「?」
カッファが何について言っているのか理解できない孝太郎は首を傾げる。
「ははは、解らねえか。あははは」
追い打ちをかけるかのようなカッファの笑い声に、なぜ笑われているのか、理由がさっぱり解らない孝太郎であった。
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