第27話 ホーンズビー
「では、ホーンズビーについての講義を始めるとしよう。ホーンズビーは危険とも言えるし、そうでないとも言える。その理由は彼らの生態にある……」
ネールサス薬店のカウンターでホーンズビーの講義が始まった。
夕刻までのたっぷりとした時間を使い、ホーンズビーの生態、生息域、身体的特徴は言うに及ばず、素材としての有用性から出来る製品の薬効まで、孝太郎達が手にした情報は多岐に渡った。
二人が薬店での講義から開放された時には、日はとっぷりと暮れており、翌日の早朝から商都に一番近いとされる生息域を目指す事を決めて解散した。
翌日の早朝、日は未だ地平の下にあり、照らされた東の空は朝焼けに染まっている。
商都の西門の前で待ち合わせた二人は、テールズ沼地を目指して歩き始めた。
テールズ沼地は商都の北西に位置しており、商都に一番近いホーンズビーの群生地である。
商都からそれ程の距離はなく、日が中天にさしかかる随分前には沼地の見える場所に到着していた。
ホーンズビーは沼地と森林の境界部に、沼地の泥を利用して巣を作る。
ホーンズビーを探しながら、沼の岸を歩く。
「それにしても、臭いな」
テールズ沼地は水の流入と流出量が少なく、周囲の森林の樹木から落ちた葉などが堆積して腐り、岸付近は腐葉土と小動物の死骸などで悪臭を放ち泥濘化していた。
「でも、ホーンズビーはこの泥を使って巣を作るんだろ?」
ネールサスの講義で確かそう言っていたはずである。
更に岸を歩くと、ずんぐりとした樹木が迫り出す様に生えている場所でそれらしい個体を発見した。
「あれがそうなんじゃないか?」
「うん、聞いた特徴とも一致する」
すぐさま、孝太郎が距離を詰めて金剛杖で叩き落とす。
当然、潰さない程度に手加減はしている。
叩き落としたホーンズビーは、死んでいない事が多いので、水に漬けて殺すようにと説明されている。
「群れで行動しているらしいけど、1匹しか見当たらないな」
ホーンズビーは体長が大人の掌ほどもある大型の蜂の魔物である。
そしてその体長の半分が角の長さであり、小さくて見落とすような大きさではないし、他の虫と見間違えるような特徴のない形でもない。
それでいて、二人の目には発見した個体以外のホーンズビーは発見できていない。
「そういえば、死ぬ時に強力な匂いを出すと言っていたな」
「人では解らないらしいけどな。でもあれは、群れが興奮状態になって攻撃的になるから危ないって話だったろ?」
「いや、逆を返せば、見えない所にいる奴らもおびき出せるということなんじゃないか?」
「おお、なるほど」
ロークスの提案に孝太郎が乗った形で、水に漬けずにその場で解体する。
頭部を胸部から切り離し、その後、角を切り取る。
これで、近くに他の個体がいれば攻撃に来るはずである。
待つこと、しばし。
突如、周囲に低い振動音が響き渡る。
「何の音だ?」
周囲を観察すると、どうやら振動音の発生源は周囲に生えているずんぐりとした木の幹である。
孝太郎の顔が青ざめる。
「まさか」
木の洞«うろ»から、次々とホーンズビーが飛び出してくる。
ずんぐりとした木と見えていたのは、木の幹の周囲に泥で作られたホーンズビーの巣であった。
ネールサスの説明によれば、巣一つに200から500のホーンズビーがいるということだった。
周囲のずんぐりした木は10や20では利かない数が生えている。
「やばい、逃げるぞっ!」
孝太郎の声より早く、ロークスは走り始めていた。
沼の岸を来た時の方向へ走る。
体積した腐葉土や、張り出した木の根が走るのを邪魔するが、そんなものに構っている余裕など無い。
脱兎の勢いで岸を走る二人、森の中と沼の上空はすでに黒い靄がかかったようになっている。
その攻撃方法は、普通の蜂と同様に腹部にある毒針、特徴である角での突進、それに腐肉を食らうために発達した顎による噛みつきである。
靄の様に見える程の大群、追いつかれたらの事は想像すらしたくない。
しかし、迫る羽音は確実に近づいてくる。
群れに襲われた時の対処法についてのネールサスの言葉を思い出す。
『巣は大事だからね。巣と同じ匂いになれば攻撃されにくくなるよ』
それはすなわち、沼の泥を利用しろということ。
説明を受けた時は、簡単な事だと聞き流していた。
その泥がこんなに臭いとは、欠片も考えていなかったから。
「ロークス!泥だっ!」
3歩程先を走る、ロークスに声をかける。
ロークスも、意図的にそれを考えないようにしていたのかもしれない。
意を決して、沼に向かって頭からダイブする。
沼の濁った水が鎖帷子の中に流れ込む。
更に、転がりまわって身体全体に泥をつける。
髪と言わず、耳と言わず、首、手首、顔面と素肌の出ているには、手で掬って泥を擦り付ける。
直近まで、迫っていた靄のごとき大群は新たな標的を求めてその方向を変えた。
「ふえー、何とか間に合ったか」
「ううっ、臭え」
その後は、群れから外れたホーンズビーを狙い叩き落とし、集めて一箇所に集めて水に漬ける。
その時に、身体に更に泥を擦り付ける事も忘れない。
夕刻、商都の西門をくぐった二人は数百のホーンズビーの角を手にしていた。
途中の水場で、武具、着物、下着まで洗ったが、夕刻の商都の大通りで、人を避けなくてもいい程度の臭いは残ってしまっていた。
その足でハンターギルドへと向かい、ホーンズビーの角を納品する。
ロークスは、これで2次テストクリアとなった。
「コタロー様は、あと「熊の手」の納品がありますので、頑張ってくださいね」
窓口嬢にそう言われ、正規に「熊の手」がテストに追加されている事実を再確認する。
その後、ネールサス薬店へ向かい約束だった残りのホーンズビーの角を売却した。
店主のネールサスは生憎と留守であったが、約束の内容は店番の男性に伝えられており、残り全てのホーンズビーの角を相場で引き取って貰うことができた。
その金を山分けし、その日は解散となった。
それぞれ塒«ねぐら»に戻ってやる事は決まっている。
水に漬かった武具の手入れである。
金属製の物は、水を拭き取って油を塗り、その油を拭き取って、もう一度油を塗る。
革製品は水分を拭き取って、乾いた布で挟むようにして干す。
防具の紐や蝶番の部分に入り込んだ泥を取り除くのにも随分と時間を取られるだろう。
孝太郎が全ての手入れを終えて、寝台に潜り込んだのは真夜中の事だった。
翌朝、ハンターギルドに顔を出した孝太郎は、作務衣に金剛杖を携えているだけであった。
それに、懐に飛苦無がが3本だけである。
長苦無は鞘が乾かず、特に使う予定もないので宿に置いてきていた。
無論、宿の部屋とそれを入れたチェストにはがっちりと鍵が掛けられている。
孝太郎がハンターギルドを訪れたのは、「熊の手」に関する情報収集のためである。
依頼を受けに来る上位ハンター、シルバー以上の者に「熊の手」について片っ端から聞いていこうという作戦である。
数組のハンターパーティーから話を聞くことが出来たが、どれも同じような情報ばかりであった。
曰く、熊の手は高級素材である。
曰く、ほぼどこかのパーティーが独占している。
曰く、独占しているパーティー以外は、狩れる場所なども解らないと思う。
情報とも呼べないような情報が並ぶ。
しかし、最後に独占しているパーティーに心当たりがあるというハンターがいた。
恐らくはと前置きをして語られた情報は、「銀の山羊亭」という宿屋を定宿にしているハンターパーティーがその独占していると言われるパーティーであり、そのリーダーは線斧使いの男であるというものだった。
孝太郎は、早速にギルドを出て「銀の山羊亭」へと向かう。
「銀の山羊亭」の場所を道行く人に聞きながら、大通りを東へ向けて歩く。
宿の場所はすぐに知れた。
「銀の山羊亭」は高級と呼ばれる上位ハンター御用達の宿屋で大通りに面して建てられていた。
宿の入口の構えからして、孝太郎の泊まっている宿の数倍はあろうかという構えである。
入口を入ったロビーと呼ばれる空間には、絵画や彫刻などの調度品が飾られ、飲食のできる場所は別棟になっていた。
「こんな宿を定宿にできるとか「熊の手」どんだけ儲かるんだよ」
妬みにも似た悪態をつきながら、飲食棟を覗いてみる。
店の奥にテーブル席に、朝からエールを煽っている男を見つけた。
入口に背を向けて座る男の傍らには、テーブルに巨大な戦斧が立てかけられており、その身体はそれを操るに足る筋肉を具えている。
情報で得たパーティーのリーダーに違いないと踏んだ孝太郎は、おそるおそる声を掛けた。
「あの、すいません。「熊の手」に関する情報をお持ちだと聞いたのですが?」
「おう、思ったより早かったな。さあ、一緒に熊狩りに行こうぜっ」
そう言いながら、満面の笑顔で振り返った男は、武器テストの試験官だったカッファであった。
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