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第17話 大穴

 孝太郎とウィンディアの一行は魔狼の後を歩いている。


 その周囲を大きな円を描くように10頭のシルバーラインが追随していた。


 シルバーラインに護衛されているかのような隊形である。


 事実、何度かゴブリンの群れと遭遇しているが、孝太郎達が手を出す暇もなく、周囲のシルバーラインがその命を刈り取って行く。


 討伐証明である耳が採れていれば、結構な稼ぎになったはずだが、そんな余裕はない。


 魔狼は、ゆったりとした動作で進んでいくのだが、身体の大きさが違うため、遅れずに着いていこうとする孝太郎達は、かなりの速度を要求されるからだ。


 魔狼に休息は必要ないのか、歩きづめで既に半日近くが過ぎようとしている。


 日は中天を過ぎ、西の空へと傾こうとしている。


 周囲のシルバーラインの動きが止まる。


 辿ってきた小径は、緩やかながらも常に上り坂であったことから、森の中でもかなり高い場所へ出ているはずである。


 茂みを利用して身体を隠すように伏せる魔狼に促され、孝太郎は茂みの向こう側を覗き込む。


 小高い丘の頂上付近から麓を見下ろすこととなった孝太郎の視界に飛び込んできたのは、大きな穴だった。



 直径が数百メートルはあろうかという大穴が口を開いている。


 垂直に切り立ったその側壁は、乳白色に濡れており、そこが元は巨大な鍾乳洞だった事を物語っている。


 何らかの原因により、ドーム状の天井が崩落して大穴となったのであろう。


 穴の深さも数十メートルに達している。


 そして、穴の底の光景に孝太郎は再び息を飲む。


 傾きかけた陽光は、穴の底に犇めき合う無数のゴブリンを照らし出していた。


「まるで煉獄だな」


 孝太郎の隣で同様に大穴を見下ろしていたリーナが言った。


 地獄の釜の蓋が開くとはこのことかとリーナの言葉に共感する。


 更に目を凝らすと、大穴の中央付近には十数体のオーガらしき姿も見えた。


 そして、そのオーガに取り囲まれるように、一際巨大な個体が確認できる。


「あれはヒルオーガか?アタシも初めて見るが、聞いた話にそっくりだ」


 ゴブリンを率いることのあるオーガが徒党を組むことは少ない。


 オーガ自体が群れの主でいようとするためだ。


 しかし、そのオーガを束ねる者が現れることがある。


 オーガをして、圧倒的な力の差で屈服させ従属させる者こそヒルオーガという存在である。


 あれこそが、この煉獄の主なのだろう。


 左奥には、黒と緑の斑模様が亀裂の様に乳白色の壁面に張り付いていた。


 その斑模様の亀裂は壁面を攀じ登ろうとするゴブリンの集まりだった。


 その壁面を攀じ登ることに成功したゴブリンが徘徊することによって、遭遇するゴブリンが増えているように感じたのだ。


 攀じ登ってくるゴブリンだけでも、遭遇する確率が格段に跳ね上がるほどの数、穴底にいる者が壁面を超える手段を手に入れた時のことは想像すらしたくない。


 しかし、その手段はすでに作り始められていた。


 穴底の中央付近から左側に行くにつれ徐々に高くなっている。


 そうではない。


 高くされていっているのだった。


 穴底のゴブリン共は、ただ犇めき合っているのではなく、土木工事をしていた。


 材料は崩落した天井であり、横穴から運び込まれた石材である。


 それが積み重ねられ、盛り上げられている。


 階段か、あるいはスロープか。


 穴底を脱出する手段は着々と準備されつつあった。


「あれが出来上がった時の事とか、想像したくないな」


「ああ、このあたりは蹂躙されるだろう」


 穴底の集団はどう見積もっても一万は下らない。


 元の世界で朝の情報番組で見たアーティストのライブ会場でも数万人の集客と報じられていたのを思い出す。


「ざっと4万ってとこか」


「そんなにか。いや、あの規模になると正直数の予想すらつかない」


「少ない数で対処を間違うより、多目の数で対処した方が間違いはないだろう?」


「で、どうする?」


「俺に聞くのか?リーダーは君だろう」


「正直どうしていいかわからない。シルバーラインの事もある、コタローが決めてくれ」


「そうか……」


 ここで判断を誤れば、多くの人の命が奪われることになるだろう。


 ベストとはいかなくても、モアベターな選択をしなければならない。


 しばし最善の一手は何か考える孝太郎。


「ウィンディアで一番逃げ足の速いのは誰だ?」


「コタローほどじゃないの知ってるだろうけど、うちで一番足の速いのはベッツだね」


「そうか、ではベッツを残してもらいたい。リーナとラナはギルドに伝えて、できるだけ多くの応援を連れてきてもらいたい」


「わかったわ」


「そういうことだから、一番近い森の出口まで案内をしてや

ってくれないか」


 孝太郎の言葉に肯首するのは魔狼である。


 魔狼が促し、3頭のシルバーラインがリーナ達を案内するように歩き始めた。


「時間の余裕はない。頼んだぞ」


「わかったわ。コタローがどうするのかは敢えて聞かない。くれぐれもベッツの事は頼んだよ」


「ああ、頼まれた」


 リーナとラナは手早く荷物を纏めると、必要のない分の水と食料をコタローに渡し歩き始める。


 軽く手を挙げ合い、二人を見送る。


 ほんの短い時間で、二人の姿は木々の間に見えなくなった。


「私は何をすればいい?」


 ベッツが問う。


「ベッツは村への連絡を頼む。村長に、この事を伝えてほしい。その後、村が避難するのか村防衛のための戦闘を準備するのかを決めるはずだから、その決定を聞いて教えに来てもらいたい」


 孝太郎の答えは、ほぼベッツの予想通りだった。


 軽い溜息をついて、ベッツは答える。


「また独りで戦うのね。解ってたけど、無理しないでね」


「ああ、一人と言っても今回は魔狼もいるしな。無理だと思ったら退くよ」


「そう。じゃ私も急がないとね」


「ああ、頼んだ」


 1頭のシルバーラインが、こっちだとばかりに首を振る、村までの案内役は既に決まっていたようだ。


 ベッツとシルバーラインもその場を立ち去り、見えなくなった。


 ギルドに知らせるまで2日、準備に1日掛かったとしても、応援が到着するまでに最短でも5日はかかる。 


 長ければ10日は掛かるだろう。


 ベッツの方も、村長が即断したとしても、3日以上かかるはずだ。


 その間に自分がしなければならない事を考える。


 自分にできる事を考え、それに優先順位を付けていく。


 過去の経験、本で得た知識、果てはとんでもラノベ知識まで己の知識を総動員して最善の一手を考える。


 しかし、少しばかり戦技に長けただけの孝太郎にできる事は多くはなかった。


 孝太郎が導き出した答えは二つ。


 一つは、魔狼と協力して這い出てきたゴブリンの数をできるだけ減らすこと。


 もう一つは、定期的に大穴を観測して、その動向を掴むこと。


 特に、中央付近で作られている階段かスロープの進捗状況を観察して、完成までの時期をできるだけ正確に予測することだ。


 出来上がる時期が遅くなればなるほど、応援が間に合う可能性が高くなる。


 応援が来る前に完成した場合は、どうするのか。


 数万のゴブリンを相手に一人で戦うのは、余りに現実的でない。


 壁面へ辿り着く場所で待ちかまえれば、効果的に狩ることは可能だが、そこが崩落しない保証はない。


 いかな孝太郎とはいえ、数万のゴブリンに囲まれて無事でいることは不可能であろう。


 孝太郎は、一定の距離を保ちつつ大穴の外周を巡るように観察を続けた。


 見えない場所の壁面に、見落としたことがないか確認するためだ。


 新たに判明したことが二つあった。


 一つ目は、壁面はどこもほぼ垂直に切り立っていて、穴底の軍勢が動き出せるようになるには、やはり階段の完成を待たなければならないであろうこと。


 朗報という訳ではないが、事態が悪化することにはならなかった。


 もう一つは、先ほど見えていた場所とは別に、ゴブリン共が攀じ登るのに適した場所があったことだ。


 無事に攀じ登る事ができるゴブリンは、登り始めた数の半分程度だろうが、底に犇めくゴブリンから見れば、失敗して動けなくなる者の数は微々たるものだ。



 孝太郎は、シルバーラインを2つに分け、ゴブリンが攀じ登ってくる場所の周囲に配置させた。


 一方を魔狼に率いらせ、ゴブリンを掃討させる。


 もう一方を孝太郎が担当し、討ち漏らしたゴブリンをシルバーラインが狩ることにする。

 

 孝太郎が作り上げたシステムは、上手く回った。


 攀じ登ったゴブリンはシルバーラインの包囲網を抜けるができず、以降森の中へゴブリンが放たれることはなくなった。

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