第16話 魔狼
5体のゴブリンが歩いている。
少し距離がある。
戦闘にはならない距離だ。
その時、ゴブリン達の脇の茂みから5頭の狼が飛び出した。
それぞれが、ゴブリンの喉や頭に噛みつき、一瞬でその生命を刈り取る。
大きい。
フォレストウルフより二回りは大きいであろう。
頭の高さは孝太郎の胸あたりまである。
特徴的なのは、背中から尻尾の先まで銀色の毛が生えいて、それが一本の銀色の線となっている。
「まずいね。シルバーラインじゃないか。一旦退くよ」
指示を出すリーナの声が上ずっている。
全員が一斉に後ろへ下がる。
視線は外さず、物音も発てないように細心の注意を払いながら、出来る限り速やかに。
ある程度の距離が取れたであろう所で、今後の方針について話し合うことになった。
「すまないが、シルバーラインの危険度について確認させてもらいたい」
この世界の生き物の知識に乏しい孝太郎が説明を求めた。
「姿形は大きい狼だけど、あれは別物だ。強さのレベルが違う」
「そんなに違うのか」
「ええ、仮にウィンディアの3人でフォレストウルフの群れを狩ったとして、5頭同時ぐらいなら、なんとかする自身があるわ。でもね、シルバーライン相手だと良くて1頭ってとこね」
「下手を打てば、全滅もありえます」
「獣人の集落の一部では、神獣扱いの所もあるぐらいだ。ベッツ、あんたの処は違ったのかい?」
「私のいた集落では神獣扱いということはありませんでしたが、遠くからでも見かけたら絶対に近づくなとは言われてましたね」
「なるほどな。しかし、フォレストウルフと何がそんなに違うんだろうな?」
「あれは狼の姿をした魔獣だ。魔狼ってやつだな」
「獣と魔獣は何が違うんだ?」
「アタシもそんなに詳しくは知らないけど、身体の中に魔石があるのは魔獣で確定、魔石のないのもいるんだけどね」
「身体を動かすのに魔素とか魔力とか使ってるって聞いたことがある。だから強いし、素早いんだって」
動物というのは、骨格とその上に付いた筋肉で動いている。
従って、保有する筋肉の量以上の力やスピードは出すことができない。
一方、魔獣と呼ばれる存在は、筋肉に加えて魔力を操ることで保有する筋肉以上の力やスピードを出す存在だということである。
魔獣の危険性を認識しながらも、常時依頼のゴブリン討伐の時に生じた「この世界に魔石はあるのか」という疑問の解答を思わぬところで得た孝太郎であった。
「よくわかったよ。で、どうする?探索はここまでか?」
「そうだね、シルバーラインの群れが森にいると判っただけでも十分な成果だ。討伐までは依頼されちゃいない」
「そうね。ここは退いてシルバーラインの情報をギルドに伝える事の方が重要だと思うわ」
「決まったね。探索はここまでだ。一番安全なルートで森を出て、村とギルドに報告することにする。コタローもそれでいいね?」
「ああ、依存はない。ゴブリンの大量発生の原因も気に掛かるがね」
「どういう訳だか、シルバーラインがゴブリン共を狩ってるんだ、そのうちゴブリン共はこの森からいなくなるさ」
「それもそうか」
孝太郎とウィンディアの一行は、もと来た道を戻るのが一番安全だと判断した。
野営をした地点の手前から森を出るのが安全であり、村への距離も近くなる。
この先は来る時とは訳が違う。
明らかに自分たちより格上の脅威が存在する状態での撤退行動となる。
ベッツは矢を番え、リーナとラナは抜剣している。
上体を低くし、足早に来た道を辿る。
先頭を行く孝太郎も金剛杖を担ぐこと無く、右手に水平になるように保持している。
屈身で駆ける孝太郎の速度は徐々に上がる。
徐々にではあるが、ウィンディアのメンバーとの距離が開き始める。
ベッツの嗅覚が何かを捉える。
「止まって!」
ベッツの後に続いていたリーナとラナはその場に止まることができた。
孝太郎は、勢いが余り小径からとび出てしまう。
左右を倒木によって塞がれ、ポッカリと森の中にできた、小さな広場のような空間。
そこには、孝太郎を待ちかえるかの様に4頭のシルバーラインの姿があった。
「ちっ」
己の迂闊さを呪いながら、金剛杖を水平に振り、風呂敷をとばすと、身体の前で一度大きく回すと正面に構えて自分がとび出てきた小径を塞ぐ。
対人戦闘であれば左半身に構えるところだが、多対一で更に動きの読めない魔獣相手では左側への対処が遅れるのは致命的だ。
金剛杖を垂直に構える。
頸部のガードを最優先するためだ。
4頭のシルバーラインは距離を保って左右に歩き回る。
こちらを値踏みするかの様な動きだ。
孝太郎は、ウィンディアのメンバーだけでも逃がさなければならないと考えていた。
そのためには敵わないまでも時間を稼ぐ事が必要だ。
敢えて、殺傷能力の高い長苦無よりもリーチの長い金剛杖を構えているのがその証左である。
防御に徹する。
4頭のシルバーライン全てを視野に収める。
4頭のシルバーラインの耳が一斉に動く。
右後方、孝太郎からは左前方だ。
何かの気配を感じたシルバーラインはうろつくのをやめ二・三歩後ずさる。
棒立ちというわけではないが、明らかに雰囲気が違う。
左前方の太い倒木を飛び越え、広場の中央へ着地したのは、巨大なシルバーラインだった。
その頭の位置は孝太郎よりも高い所にあった。
まさしく魔狼と呼ぶに相応しい、風格さえ漂うその姿に孝太郎は息を飲む。
(この大きさはヤバい。ガードごと噛み砕かれそうだ)
必死になったとして、稼げる時間も知れているだろう。
(逃げの一手だが、逃げるにしても何とか向こう側だよな)
あくまで追手をウィンディアの方へは行かないように仕向けたい。
構えるでもなく大型の魔狼はゆっくりと孝太郎の方へ近づいてくる。
孝太郎は垂直に立てていた金剛杖を左半身で構える。
全力で大型の魔狼に対処しなければならない。
金剛杖の先端は魔狼の目へと向ける。
魔狼はゆらりと身体を右へと揺らす。
それを追う様に孝太郎が金剛杖を巡らせた時、すでに魔狼の姿はそこになかった。
音もなく、爆発的なステップで左側へ跳んだ魔狼の口先は、既に孝太郎の左の喉元まで迫っていた。
そしてそのまま孝太郎の顔をべろりと舐めると、着地した位置へと飛び退る。
魔狼の涎で顔がびしょ濡れだが、目を閉じるわけにも、顔を拭うわけにもいかない。
孝太郎は魔狼から視線を外さない。
構えていても顔を舐められる程に速度に差があるのだから、目を離すことはそのまま死に繋がっても不思議はない。
そう考えている孝太郎の目の前で信じられないことが起こる。
魔狼が伏せたのである。
孝太郎の方を向き、前脚をべたりと地につけている。
困惑する孝太郎。
「敵対する気はないってことか?」
孝太郎の口から思わず思考が言葉になって漏れる。
魔狼は、頭を縦に振った。
「人の言葉が解るのか?」
魔狼の頭は、再び縦に振られる。
どうやら魔狼は人語を解するらしい。
孝太郎も倒木に腰を下ろす。
近くに落ちていた風呂敷包みを開け、中の水筒の中身を煽る。
一緒に入っていた、焼き締めたパンと干し肉を齧る。
パンと干し肉を千切り、魔狼に差し出してみる。
のそりと起き上がった魔狼は、フンフンと鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ。
そして、干し肉だけを咥えて伏せの状態に戻ると、味わい楽しむように咀嚼をはじめた。
(塩気がキツイから与えちゃまずかったかな)
身体も大きいから大丈夫だろうと自分を納得させる。
その後、小径からもつれるように広場に飛び出てきたのはウィンディアの面々だった。
見れば後ろを3頭のシルバーラインが追っていた様子で、この広場へ誘導されて来たということだろう。
「なんだってシルバーラインがコタローに懐いてんのよ」
「私にも訳がわからんよ」
半ばキレながらリーナが状況の説明を求めるが、理由を知りたいのは孝太郎の方だ。
とは言いながら、孝太郎は魔狼が懐く理由に思い当たる。
「エルダーフェンリル関係か?」
魔狼の大きな尻尾がぶんぶんと振られる。
予想は的中したようである。
しかし、足止めの理由は挨拶などではないはずである。
おそらく何か伝えたいことがあるのであろう。
「何か伝えたいことがあるのか?」
魔狼は肯首した。
「大量発生しているゴブリンのことか?」
肯定される。
「狩るのを手伝えということか?」
魔狼の首は横に振られた。
こちらの言うことは解るが、向こうからは意味のある言葉が帰ってくることはない。
伝えたいであろうことを予想して口に出し、肯定された言葉を繋いで組み上げる作業を続ける。
かなりの時間を費やし、魔狼の伝えたい事にたどり着く。
「ゴブリンの大量発生の原因を伝えたいんだな?」
肯首と共に魔狼達が一斉に立ち上がる。
「ひっ」
ウィンディアの面々は、未だ慣れないらしく、魔狼が動くたびにビクリと身体が跳ね上がる。
「その場所に案内してくれるということか?」
魔狼は肯定し、尻尾を振るとゆっくりと歩き始める。
「行くぞ、ゴブリンの大量発生の原因の場所まで案内してくれるらしい」
「わわ、わかったわ。行けばいいんでしょ、行けば」
一行は、魔狼の後ろを森の奥へと向かうこととなった。




