第14話 依頼の裏側
未だ、疲労からへたり込んだままのベッツ。
「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」
孝太郎は、目の前にしゃがむと顔を覗き込むように話しかける。
「だだだだ、大丈夫ですっっ」
余りの距離の近さに、動揺し仰け反るベッツ。
その拍子にバランスを崩し、後頭部を立木の幹にしたたかぶつけてしまう。
今度は、頭を抱えるように蹲るベッツ。
「仕方ないな。一旦デーゼまで戻りましょう」
そう言いながらベッツを抱え上げる。
所謂、お姫様だっこという状態だ。
ベッツは、辺境の貧しい農村とも呼べないような集落の出身であり、成人して以降は自分の食い扶持は自分で稼がなければならない。
しかし、集落の周囲は採取にしろ狩猟にしろ飽和状態であり、故郷の土地を離れるしか生きる道は無く、自ら口減らしのためにカフェルへと職を求めて出てきたのである。
学も手に職もない田舎から出てきた女が、そう簡単に職に有りつけるはずもなく、その日の食い物にさえ窮するようになった彼女は、ハンターともう一つの職が、命を存える最後の選択だった。
そんな自分が、優しく大事に扱われている。
ベッツは、嬉しさと恥ずかしさの綯い交ぜになった感想を抱いていた。
呼吸が落ち着いて尚、顔の上気と鼓動が収まらないのは、極度の疲労のせいだけではないのは明白である。
「歩けそうなら言ってね。降ろすから」
気を利かせて言ったつもりの孝太郎の台詞も、今のベッツにしてみれば、逆に意地悪にしか聞こえないかもしれない。
森の入り口で待っていたリーナとラナの所へ辿り着くまで、歩けそうだと言わなかったのが何よりの証左であろう。
一方、待っていた方のリーナとラナは、孝太郎に抱えられながら戻ってきたベッツに驚く。
「な、何があったんだい?」
「狼の群れに襲われていた」
ベッツに代わって孝太郎が答える。
「怪我は?」
「怪我はないわ。疲れているだけ」
「コタローとか言ったっけ、ベッツを連れて来てくれた事には礼を言う。ここからは、アタシらで面倒見るから」
「そうですか。では、お願いします」
孝太郎は近くの切り株に、ベッツをゆっくりと座らせるように降ろす。
「あ」
ベッツが残念そうに呟く。
「では、これで。お大事に」
孝太郎は、ベッツに向けて微笑むと、リーナとラナに軽く頭を下げて、デーゼの村へと歩き出す。
その、後ろ姿を頬ひ手を当て、上気した顔で見送るベッツと、そんなベッツの姿を驚いた表情で見つめるリーナとラナであった。
デーゼの村に着いた孝太郎は、宿を取るとそのまま村長を訪ねようと考えていた。
依頼の詳細について尋ねるためである。
依頼そのものは、フォレストウルフを4頭討伐して達成はされている。
それよりも、孝太郎には引っかかるものがあった。
先程までは、フォレストウルフの強さ自体が明確ではなかったために朧気な考えであったが、4頭を倒した今となれば確証に変わりつつある。
フォレストウルフ10頭程度の群れであれば、村の腕自慢が20人とは言わず、弓矢などで狩れば、その数は群れとは呼べないレベルまで減らすことができるはずだ。
しかし、依頼として出されたと言うことは、村に対する何らかの脅威があるということであり、その脅威が取り除かれることこそが、依頼の達成であるのではないか。
孝太郎はそう考えた。
行政府と言うよりは、村役場といった佇まいの建物は、宿屋の斜向かいに建っている。
村長がそこにいるのかは分からないが、とりあえず訪ねてみる。
幸運にも、村長はいた。
そもそも、行政府は領主の派遣する代官が執務する場所であり、村長がそこで仕事をすることはないのだそうだ。
今日は、代官に用事があってたまたま来ていたらしい。
ギルドへの依頼の件で話がしたい旨を伝えてもらうと、応接室へと通された。
少し緊張した面持ちで、村長の入室を待つ孝太郎の前に現れた村長は孝太郎以上に緊張しているように見える。
「突然の訪問、失礼いたしました。ギルドへの依頼の件で伺いたい事がありまして」
「な、何でしょうか?」
挨拶もそこそこに、本題を切り出す孝太郎。
「フォレストウルフの群れの討伐を依頼されましたが、その群れの正確な情報が知りたいのです」
「どういうことでしょうか?」
村長は、孝太郎の真意を摑み倦ねているようだ。
「私がギルドから聞いた情報では、10頭程度のフォレストウルフの群れということ立ったのですが、この村の規模であれば、依頼など出さずとも村で人を募れば解決できると思うのです。そこで、この依頼自体に何か裏があるのではないかと考えました」
「フォレストウルフの群れの討伐は、それ以外の意味などありません」
断言する村長。
「そうですか?この討伐依頼が完了されたら、同じ依頼がすぐに出されるのでないですか?」
「そ、それは……」
言い淀む村長。
「安心してください。特に依頼の内容が違ったなどとギルドに告げ口するつもりはありません。私にできる範囲で、何か力になれる事があればと思っただけです」
「そ、そうですか……」
「あと、追加で報酬を要求することもありません」
「そ、それならば」
やはり金銭的な阻害事項があって、本来の依頼内容とは別の依頼という形で依頼。出していた事が知れる。
「実は、村の周囲の森の様子が変なのです。何がと聞かれると困るのですが、森の雰囲気そのものが大きく変わってしまったのです」
「雰囲気が?」
「デーゼは農村ですが、農作物だけで暮らしてはいけません。森から採れる薪や、狩ってくる動物の肉や毛皮が必要なのです。言い換えれば農作物以外は、森に頼っていると言ってもいい」
村長の言うことも尤もだ。
現代の日本ように物流と貨幣経済が発達していれば、あるいは農業だけで暮らしていけるかもせれないが、そんな現代の日本において尚、農村における山の恵みというのは無視できるものではない。
「確かに森は危険な場所ですが、それなりに住み分けはできていたはずなのです。しがし、危険な動物や、魔物と遭遇することが増え、女子どもだけでも行けた場所ですら行けなくなりました。森は危険だが恩恵をもたらしてくれる場所から、ただ危険な場所へと変わろうとしているのです」
「その変化があったのは、いつ頃からですか?」
「二月前からです。調査の依頼も出しましたが、あれは費用が別請求になる上に、時間も掛かります。別のハンターに森に入ってもらえば、何か解るかもしれないという苦肉の策なのです」
「今まで見かけなかった魔物の類が出たということはありませんか?」
「あります。オーガなんぞは今まで見たこともなかったのですが、頻繁に目撃されています。それに魔狼まで出たという噂も聞きます」
「魔狼ですか」
「はい、フォレストウルフより二回りは大きい狼の魔物で、背中に白い線があったと聞いています」
「わかりました。どれだけ力になれるか解りませんが、できる限りの事はしてみます」
「ありがとう。よろしくお願いします」
村長に深々とお辞儀をされて、話を終えた。
孝太郎は、宿へと戻る。
デーゼは大きな村とはいえ、訪れる人はそう多くはない。
デーゼの村にある宿屋は、一件のみである。
当然、そこには行商人の二人組が泊まっているはずだ。
探すまでもなく、二人組は1階の酒葉で既に呑み始めていた。
「ちょっといいですか?」
「お、コタローじゃないか。まあ、一杯どうただ?」
「あ、あとでいただきます。それより、丈夫な紐は売っていませんか?」
「紐か。今回の荷の中には無かったな」
「おお、あるぜ。幌の補修用のやつで良ければ」
「それを分けて下さい」
「おう、待ってな。今取って来てやる」
「ありがとうございます」
「他に要るものはあるかい?」
「あとは、干し肉と水筒ですかね」
「そいつは、隣の商館に卸しちまったから、そっちへ行った方が早いな」
「わかりました」
言うがはやいか、孝太郎は宿屋を飛び出していく。
「忙しねえな、まったく」
ひとり酒葉に残された二人組の片割れは、そう言いながらエールを呷った。




