第12話 鴉と鵲 からすとかささぎ
孝太郎は、ギルドでの常時依頼の報告のあと、大通り沿いの布を商う店を三度訪れていた。
注文してあった残りの風呂敷受け取り、木綿の反物で薄く幅の狭い物を買う。
次は、服屋だ。
布屋が懇意にしていると言っていた店にする。
いくらなんでも着たきり雀という訳にはいくまい。
街にいる間に着る普通の服を買うことにしたのだ。
既製品で合う物があればいいが、なければこれもオーダーかと、基本生まれてから服関係は既製品で済ませてきた孝太郎は何か凄い贅沢をしている気分になった。
綿製の胸の部分を紐で編み上げたロンTと同じ素材のインディゴ染めのようなパンツを買う。
下着の類は、気に入った物がなかったが、半袖のシャツとステテコとトランクスの中間の様な男性用の下着を一枚づつ買った。
近くの雑貨屋では、裁縫用の針と石鹸を買い入れる。
針と石鹸が思いの外高かったが、幸い懐には余裕がある。
先日と同じ宿やに向かい、一泊で宿をとる。
2階の突き当り、前回と同じ部屋だ。
買ってきた服と石鹸、反物を短く切って水場へと急ぐ。
身体を洗い、服を着替える。
随分とさっぱりした。
反物は更に裂いて手拭いにして使った。
着ていた服を洗濯する。
身体にしても、服にしても、1回目は泡立たない。
2回目でも泡立ちが悪いのは、石鹸の質の性だけではないだろう。
部屋に戻り、長柄に洗濯物を干し、1階の酒場に向かう。
大半の客は食事を終えたのか、
肉とパンとスープ、それにエールを頼む。
エールの甘みが体に染み渡る。
少し濃い塩味のスープにも癒やされる。
思った以上に疲れていたんだなと自覚する孝太郎。
エールを追加で頼み、全て平らげると部屋へと戻る。
ベッドに倒れ込む様に寝転がると、そのまま深い眠りについた。
翌朝、まだ薄暗いうちに目が覚めた。
睡眠時間は十分だ。
洗濯物を外し、長柄を持って早朝の街を風の様に走る。
目指すのは中央広場だ。
広場に着くと杖の型を浚う。
呼吸、運足、突き、打ち、払い。
簡単でゆっくりとした大きな動作で始まったそれは、次第に複雑さと速度を増していくのと同時に最小限の動きへと変わっていく。
最後に一際激しく縱橫に突きを繰り出し、左右で回転させ払う動作を行うと杖の先端は静かに止まり、孝太郎の呼吸が落ち着くまで微動だにしなかった。
「いやあ、みごとなもんだ。その動作には、全ての武器の扱いが入っていると言ってもいいな」
拍手と共に話しかけてきたのは、白髪の男だった。
壮年を通り越した見かけながら、その身体は鍛えられており、所作にも隙がない。
武術の心得があるであろうことは容易に想像できる。
「随分と厚かましいお願いなのは重々承知の上でお願いするが、その型をご教授願えないだろうか?」
聞けばその男は道場を営んでいるらしい。
道場というからには、元となる門派なりなんなりあるはずだ。
「残念ですが、ご希望には添えかねます」
「そうですか。いや、残念」
汗を拭いながら、失礼の無いように答える孝太郎
白髪の男は、特に食い下がることもなく立ち去った。
孝太郎は、宿屋へともどり、作務衣に着替えて荷物をまとめ宿を引き払った。
予定通りならば、ボクソンに頼んでいた武器が出来上がるはずだ。
武器を受け取ったら、その足で依頼を受けるつもりでいた。
新しい武器を手に入れたら、それを試したくなるのが人情というものだ。
ボクソンの店へ着いた孝太郎は、急く気持ちを抑えるように一度深呼吸してから店内へと入る。
「おう、コタロー。できてるぜぃ」
自分でも納得のいく仕事ができたのか、待ち構えていたボクソンの目は輝いていた。
「まずは、トビクナイが5本だ」
新品の飛苦無を受け取った孝太郎は、一本一本感触を確かめる。
今までのものと一緒に使っていくことになるそれらは、形状といいバランスといい申し分のない出来だった。
「凄い。今までの物と違いが分からないぐらいだ。完璧ですね」
「そりゃあサンプルを触らせて貰ったからな。それぐらいは出来るわい」
軽く言うボクソンだが、それがどれだけ高い技能なのかは孝太郎も解っていた。
「次に注文していたこいつだ」
布の包をテーブルの上に置く。
今度は、孝太郎の目が期待で輝く。
広げられた包みの中から現れたのは『長苦無』、所謂、浪漫武器なのだが、ボクソンの作ったそれは美しく、そして実用的だ。
鋼の黒色の刀身に刃を立てたところだけが銀色に輝いて見える。
剣と言えなくもないが、切っ先の尖った両刃の鉈といった方が的確かもしれない。
孝太郎は、それを手にとって振るってみる。
順手で、逆手で、縦に、横に。
重さもバランスも申し分ない。
「銘はあるんですか?」
「は、お前さんが頼んだお前さんの武器だ。銘を付けるのはコタロー、お前さんだ」
「黒く光る刀身に白く光る刃部か……」
しばし考える孝太郎。
「決めました。『鵲』にします」
とあるオンゲの作法に則り、鳥の名前を付けることにした。
「ふむ、カササギか意味は解らんがいい名だ。あと、これは注文されていないんだがな……」
そう言いながらボクソンは別の包をテーブルの上で広げた。
「こ、これは……」
「同じバランスになる様に玄鉄で作ってみた。材が軽い分ちょいと長くなっちゃあいるが、カササギと比べても遜色はないと思うぜ」
出された『長苦無』は玄鉄によって作られ、黒い刀身部分は『鵲』と同じだが、立てられた刃部すらも黒い。
先程と同じように、順手、逆手で縱橫に振るってみる。
「凄い、これはいい物ですね」
「気に入ったかい?」
「ええ、とても。『鵲』が気に入ったので、もう一振り打って貰おうと思ったとこでした」
「そうか、打った甲斐があったよ」
「銘も決めました『鴉』にします。
漆黒のその姿に他に名は浮かんでこなかった。
死を呼ぶとか不吉なイメージも付きまとうが、敵にしてみれば正にそのとおりである。
「あとはこれだな」
金属で補強を頼んだ長柄だ。
その補強も孝太郎の期待を裏切り、玄鉄が使われていた。
「見たとおり玄鉄で補強しといた。長柄の方もボーダン材ってえ硬い木材だ」
「にょいぼ……いやいや……黒…ブラック……」
黒とブラックで、世紀末覇者の馬と某チョコレート菓子しか浮かばなかった孝太郎である。
真鍮製の補強を予想して、金剛杖という名を予め考えていた孝太郎だがイメージと違ってしまってる。
しかし良い名が思いつかない孝太郎は、それをそのまま使うことにした。
「『金剛杖』でいいか」
その後、『鴉』と『鵲』用の鞘を受け取り、飛苦無を腰の辺りで止めておく剣帯を注文してボクソンの店を出る。
新し武器を手に入れ、ニヤニヤが止まらないといった風の孝太郎は、足取りも軽くハンターギルドへと向かう。
「カーシャさん、いい依頼はありませんか?」
掲示板に貼られている依頼書が読めない孝太郎は、窓口嬢のカーシャに尋ねる。
「読めないなら、読める子供に頼んだらいいわよ。銅貨1枚かかるけど」
そう言えば掲示板の脇にある椅子に子供が座っていた記憶がある。
掲示板を読む仕事をしているのかと、振り返るが今は空の椅子があるだけだった。
「孤児院の子が交代で来てるのよ。救済の意味もあるから、なるべく使ってあげてね」
「でも、今日はいないみたいですよ」
「あら、珍しいわね。何か急な用事でもできたのかしら」
どうしたものかと、フロアを見渡すと見知った顔があることに気付いた。
「あ、センパイっ!頼りない後輩にひとつ依頼を見繕って下さいよ」
孝太郎がセンパイと呼ぶのは、先日、孝太郎に絡んできた男だ。
「お、おう。仕方ねえな」
センパイはこれまでにない程、真剣に掲示板を睨んでいる。
やがて一枚の依頼書を剥がすと、孝太郎に手渡した。
「お前なら、これぐらいなら余裕だろ。あと一人なんだから受付で近場に他のハンターがいないか聞いておけ。情報を持っているかもしれないからな」
「ありがとう。センパイっ!」
素直に礼を言うこ孝太郎に、照れたような表情を浮かべるセンパイ。
「キースだ。何かあったら言ってきな」
「コタローです。分かりました。よろしくお願いします」
センパイに深く頭を下げると、依頼書をカーシャに差し出す。
「これを受けます」
「はい。フォレストウルフの討伐ですね」
受付のカーシャの声にフロアがざわつく。
フォレストウルフの討伐自体は、そう難しい依頼ではない。
しかし、討伐依頼が出るとなると、群れで行動している可能性が高い。
時には10頭を超える大きな群れになる場合もある。
そうなれば確実にランクが上がる。
率いてるボスの能力次第では、更にもう一段階ランクが上がる程だ。
「デーゼの村の近くでフォレストウルフの群れが目撃されています。被害が出る前にこれらを討伐するのが今回の依頼です。4頭以上の討伐か、村長の依頼完了証明書の提出で依頼達成となります。目撃された群れの情報は少なくとも4頭以上とのことです」
「近くに他のハンターはいますか?」
センパイの忠告に従って他のハンターのことを尋ねる。
「フォレストウルフが目撃された森の中での調査依頼を受けているウィンディアというパーティーがいますね」
「わかりました」
「では、ご武運を」
「デーゼは比較的大きな村だ。立ち寄る行商人もそれなりに多い。門の近くで乗せてくれる奴を探すのがいいだろうぜ」
「ありがとうございます、センパイ!いい人だったんですねっ!」
聞こうと思った事を先回りして告げるセンパイの事を、イイ人だと認識を改める孝太郎であった。
2017/1/29 杖の銘を「黒雷杖」から「金剛杖」に変更




